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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第3章 ファム・ファタールたち
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第21話 ラベンダー・アメジスト(下)

 瞬は、空腹だったこともあり、次々と口に入れた。


「美味しい! いつもお世話になっているのに申しわけない言い草だけど、長介の食事も、霞んでしまうくらいだよ。宇多川さんって本当に、何でも、できるんだね」

「私は恵まれているだけ。何でも、上には上がいるわ。きっと私は、もうすぐコンバットでも、朝香君に、勝てなくなる」


 瞬は首を横に振りながら、苦笑した。


「僕には、君のAPの動きさえ、見えないんだ。サイも使えない僕は、当分、君の足元にも及ばないよ」


 鏡子は口許にまた、さびしげな微笑みを浮かべた。鏡子の優しさが凝縮されたようで、瞬の好きな表情だ。


「亡くなった兄は、ボギー教官より少し下の九期なんだけど、同期で最強の空間操作士と呼ばれていたの。でも、予科生時代は、サイがろくに発動できなかった。朝香君ほどじゃないけど、ね。それでも兄は、上位に食い込んでいたわ。やがて兄のサイが開花した時、兄に勝てる者は、誰もいなくなった。時間操作士でさえも」


 しんみりとした鏡子の口調に、瞬はうなずくことしか、できなかった。

 

「さっき朝香君が体験したマシンね、父が兄のために特注で作らせたものなの。兄も、あれを使って、朝香君と同じハンディを克服しようとした。兄でさえ、四台で三〇〇キロをクリアーするのに、半年近くかかったわ。それも予科二年の秋にね。でも、朝香君はもう、クリアーしてしまった。あなたなら、あの兄よりも、強くなれる」


 鏡子のくれる言葉が嬉しいとは、思った。

 だが瞬は、それほど強くなって、いったい何をしようというのだろう。本当にボギーが言うように、世界でも救ってみるのか。


「宇多川さんのお兄さんは、クロノスになって、何をしようと思っていたんだろう?」

「愛する人を守りたいって。そのために、≪終末≫を回避したいって。兄はそう、言っていたわ」


 天涯孤独となった瞬には、恋している女性はいても、まだ愛する人はいない。だから、世を救いたいと強く思わないのだろうか。

 例えば明日乃を、あるいは鏡子を、心から愛し、また愛されるなら、瞬もまた、この世を残したいと強く願うのではないか。


 過去を奪われた瞬が、未来へ向けて歩みを進めていく意味は、これからの人生にしか、見出せはしないのだろう。


「ありがとう、宇多川さん。オブリビアスは、未来を生きるしか選択肢がない。その未来で、君に会えて、よかった」


 鏡子はまた首筋まで、真っ赤になった。


「そうだ、デザート、忘れてたわ」


 鏡子は、急いで立ち上がり、空になった皿をキッチンに戻すと、代わりにデザートを持ってきた。

 勧められて一口食べると、瞬はがばりと、顔を上げた。


「何、これ? ムチャクチャおいしいんだけど」

杏仁豆腐(あんにんどうふ)よ」

「それって、味気なくて、それほど評価してなかったんだけどな……。これは、全く別の食べ物だね。しっかりとした甘さがあるのに、上品だ」


 鏡子のようだと、言いながら思った。


「ぶりんとして、食べごたえがあるでしょ 。兄が好きだったから、レシピの改善を重ねて、完成形にたどり着いたの」


 鏡子にとって、亡くなった兄は、よほど大切な存在だったのだろう。瞬に、亡兄の面影を重ね合わせているのかも知れない。


 鏡子は話題が豊富で、一緒にいると、話がつきなかった。

 特訓をしていたせいで、食べ始めた時間がすでに遅かったこともあり、時計は、午後十一時を回っていた。


 瞬は、制服に着替えた。

 寮までテレポートで送るという鏡子を、「申しわけないから」と断ると、鏡子が最寄りの等々力駅まで、送ってくれる話になった。


 宇多川家の大邸宅は、等々力渓谷の至近にあるらしかった。

 駅までは、多少の距離があった。時空間操作が可能になると、駅近であることは、それほど重要でなくなった。環境のよい場所で広い敷地を確保できるほうがいいわけだ。


 訓練室を出て、石畳(いしだたみ)を歩くと、鏡子のハイヒールがコツコツと鳴った。すっかり大人の女性のようだった。本当は十八歳近い精神年齢なのだから、おしゃれをするのも、ごく自然なのだろう。


 近すぎず、遠すぎない距離で、二人は歩いていた。


(僕たち、なんか……恋人、みたいだな……。

 鏡子さんは、何を考えているんだろう……)


 鏡子のことを、心の中で「鏡子さん」と呼んだことに、瞬は複雑な思いを抱いた。


(明日乃さんに、恋するって、決めたのに……

 僕は実に、浮気っぽい男だな……

 でも同時に、すてきな女性が、二人も現れたんだから、しかたないよな……)


「朝香君の霊石 って、憶えてないよね?」


 鏡子のソプラノは、無条件に心を明るくしてくれる気がする。


「うん。どうせまだ発動できないけど、どんな色、なんだろうね。何か、たのしみだな……」

「朝香君L組にクラス分けされたんだから、青系の発動色なのでしょうね……」


 瞬にも、まだわからない。


「一度、宇多川の預言者に見てもらいましょうか。私の自慢のお祖母様。たまにしか、家に戻ってこないんだけど」


 六河川ほどの名家になると、預言者、つまり、時流解釈士を一人くらいは抱えているものらしい。

 鏡子の祖母に当たる時流解釈士は、高齢を理由に体制の預言者を辞した後、八〇歳を過ぎても、世界を一人で放浪しているという。クロノスには色々な生き方があるものだ。


 そのまま車道を歩いて駅へ向かうこともできたが、鏡子の提案で、少しだけ迂回(うかい)し、等々力渓谷を歩いて駅に向かうことにした。

 奈落の底に向かうような長い階段を、二人で下りた。谷底まで行くと、せせらぎが聞こえた。夜も遅く、あたりには誰も、いない。

 川べりには、頼りない街灯が一つ、申しわけ程度の明かりを灯していた。


 歩くたびに、ぴちゃぴちゃと音がした。


「このあたりは、水がとても豊かでね。昔から湧水がたくさん湧き出ているのよ。だから、いつも濡れているの」


 街灯を離れると、すぐに暗くなった。慎重に歩く。橋の下に入ると、真っ暗だった。橋の上を走る車の走行音だけが、三台ほど、した。


「宇多川さん、けっこう、暗いね」

「だいじょうぶ。私が、いるから」


 すぐに、鏡子の身体が、優しいラベンダー光を発し始めた。鏡子の香りがする。

 鏡子の胸元には、ペンダント型のエンハンサーが輝いていた。

 

 小さな橋を二人で渡った。夜中だから、誰とも行きちがわない。


「幼いころ、この川でよく遊んだの。私が一番小さかったから、正確にいえば、遊んでもらったんだけど」


 鏡子が両手を広げると、ラベンダー光がさらに広がった。


「アユも、ドジョウも、メダカもいるのよ。昼間に来たら、とってもすてきな場所なの」


 鏡子が言葉を切ると、渓谷を流れる清水の音だけがした。


「朝香君も、昼間に、ここへ来てみて。きっと、好きになるから」

「そうだね。新人戦が一段落したら」

「私が、案内してあげる」

「ありがとう」

「約束よ」


 切り株の形をした踏み台を、鏡子が、妖精のように跳んでいく。普通に道を歩けばいいのだが、鏡子の意外に子供っぽいところが、ほほえましかった。

 行く手に、朱い脚の橋が見えた。


「ゴルフ橋っていうのよ。百年以上前に、ゴルフ場が近くにあったらしいの。駅はもう、すぐそこだから」


 鏡子とは、気が合うのだろう。道すがらも、話題はつきなかった。

 駅に着くと、鏡子が別れ際にウィンクをした。


「明日の朝早く、朝香君の部屋に、起こしに行くからね。朝香君はもともと、トップレベルの基礎体力を持っているけれど、もっと上を目指しましょ。生身で戦うハンディが、あるんだから」


 列車に乗り込んだ。線路沿いにある背の低い柵ごしに、鏡子の姿が見えた。列車が動き出す。たがいの姿が見えなくなるまで、手を振り合った。


 女性の夜歩きは心配だが、女学生を襲おうとする不届き者がいるとしても、間違って鏡子をターゲットにすれば、逆襲されて、ただでは済むまい。心配は無用だった。


 瞬は早朝、鏡子と二人で、井の頭池を一〇週する。

 鏡子は、最初の五週をいっしょに走る。残りの五週は、自転車でつき合ってくれた。


 一周が、約一・六キロだから、一六キロを小一時間で走るわけだ。ただし、瞬は、鏡子が来る前と、大浴場に入る前に、研究所への一往復ずつを走っているから、一日、二十数キロを走る計算になった。


 朝、走った後、寮のトレーニング・ルームに戻り、鏡子の指導に従い、ハードな筋肉トレーニングをする。主として瞬発力を高めるメニューだった。

 自室でシャワーを浴びて、鏡子と寮の食堂で、朝食をいっしょに食べる。


 登校は直太と長介も入れて四人で行く。昼休みはランチを五分で食べ終えて、訓練場で鏡子を相手に、何度も立ち合いを繰り返した。


 放課後は、宇多川家の訓練場で夜まで、鏡子の猛特訓を受けた。

 さらにハードなメニューになり、初日のような「歓待」こそなかったが、鏡子手製の弁当などを特訓の合間に、二人で食べた。


 帰りは、電車での移動時間がもったいないという鏡子の提案で、テレポートになった。

 ただ、移動のために二人で抱き合っている姿を、皆に目撃されるとうまくないから、瞬の寮の自室にテレポートした。一度、長介には目撃されたが、口止めしてある。


 鏡子もすぐにはテレポートで戻れないから、三人で宿題をしたり、コーヒーを飲みながら、雑談をした。


 くたくたになって眠ると、もう朝だ。過労で倒れそうな日々だが、瞬はまだ若い。それに、鏡子といる時間は、胸が時めいて、愉しかった。


 次第に、ゴールデンウイークに開催される新人戦が、近づきつつあった。



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■用語説明No.21:実効年齢

実年齢に異時空間滞在期間を付加した年齢で、精神年齢に近い。時間操作により異時空に滞在する場合、肉体的な成長・劣化は生じないが、精神的な変化が生じる。実効年齢が一八歳になると、成人と見做され、飲酒等が可能となり、親権者の同意なく結婚ができるようになる。

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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。


※パワーストーンが好きで、資格も持っています。素敵な石を厳選して、物語に使っています。ググってみていただけると、きれいな画像をご覧いただけると思います!


次回、第二二話「一枠の価値」

新人戦エントリー枠から漏れた瞬。その時、鏡子は……。 

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