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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第3章 ファム・ファタールたち
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第20話 退学勧告(上)

 朝香瞬が、訓練場に顔を見せると、気づいた和仁直太が、駆けよってきた。


「瞬。ずいぶん、長いこと、話しこんどったな」

「ボギー先生と、何を話していたの?」


 鏡子と長介も寄ってきて、心配そうな顔で、瞬を見た。


「長かったのは、待たされたからさ。あの教官、平気で人を待たせるからさ。話自体は、すぐに終わったよ」


 放課後に、教官室から校内放送で、瞬の呼び出しがあった。

 瞬は、部活の始まる前に出頭したが、ボギーはなかなか現れなかった。

 ボギーは、待たせたあげくに登場するパターンが、好きな男なのかも知れない。周りの関係者にとっては、実に、はた迷惑な話なのだが。


「そ、それで用件は、何だったの? 朝香君」

「ほら、僕のサイの発動量が、相変わらずでしょ? 今のままだと、兵学校の在籍要件を満たさないんだってさ」


 直太が口をとがらせた。


「それで、何やねん。まさか、退学って話、ちゃうやろな」


「学校側としてはとりあえず、僕に自主退学を勧めるそうなんだ。勧告に応じない場合、学校長は、夏学期の成績を踏まえて退学させるかどうか、判断するって、言っているらしいんだけどね……」


 瞬は苦笑を漏らした。たしかに、サイを発動できないカイロスの養成に、血税を投入する意義は、乏しい。


「ボギー先生がはっきり言うには、『お前には、サイの発動がまだしばらく、無理だろう』って。僕も何となく、そんな気がするんだけどさ」


 だが一度だけ、瞬はサイを発動した覚えがあった。明日乃を守ろうとした時だ。ボギーの力が何かの形でうまく作用しただけなのかも、知れないが。


 どのようにコメントすればいいのか、三人の同級生が、戸惑っている様子だった。訪れた気まずい沈黙を、瞬が破った。


「でも、『俺が抜け道を作ってやったから、安心しろ』だってさ。今度の新人戦で勝って、全国大会に出られれば、退学処分にはならないそうなんだ」


 例によってボギーは、煙で輪っかを作りながら、しゃあしゃあと言ってのけたものだ。


 周りの三人が、いっせいに、引いた。


「そんな、殺生な……。最低でも、準優勝せなあかんやんけ。オブリに無茶ゆうたらあかんで、あの兄ちゃん」


 兵学校から全国大会に出場する場合、序列は問わないが、所属校内の新人戦で、上位二位までに、入らねばならない。


「し、新人戦のエントリー枠に、朝香君が入れたら、いいんだけど」


 長介の心配は、もっともだった。予科二年次に在籍する全員が、望めば必ず、新人戦に出られるわけではない。そもそも新人戦には、一二八人しか出場できなかった。


 天城明日乃のように、はなから学校行事に関心がなく、エントリーしない学生はめずらしい。だが、みじめな成績を残したくないと考えて見送る学生も、それなりにはいるようだが、エントリー数が多い場合、定員枠からあぶれ出た者は、新人戦には出場できない決まりだった。


 エントリーの優劣は、序列で決まった。したがって、サイを発動できず、最下位の瞬が出場できないおそれは、充分すぎるほどに、あった。


 新人戦で結果を残すように求めながら、試合に出場できないとすれば、もちろん不合理な話だ。だが、新人戦は本来、退学事由とは何も関係ない公式行事だから、兵学校側も別段、悪意があったわけではない。


 サイを全く発動できず、在籍要件を充足しない成績不良学生のほうに、非があると言っていい。


「エントリー枠は運次第だから、考えていてもしかたないわ。それよりも、朝香君。あなたは、この学校に残りたいの?」


 小柄な鏡子が、瞬を見上げている。


 そもそも瞬は、なぜ自分がこの兵学校に在籍していたのか、どんな家族がいて、いかなる将来を描いていたのか、憶えていない。


 だがもし、ボギーの言葉が本当なら、瞬は、救世のために、自分の命を使いたいと思った。また、新天地で出会った直太、長介や鏡子、誰よりも明日乃といっしょに、今の兵学校生活を続けたかった。


 瞬は、鏡子に向かって、力強くうなずいた。


「残りたい。オブリビアスの僕に、戻る場所なんて、ないから。とりあえず更衣室で着替えてくるよ。地道に練習するしかないね」


 鏡子が、覚悟を決めたようにうなずき、瞬を見た。


「わかったわ。朝香君、新人戦が終わるまで、勉強はおあずけね。今から、TSコンバットに向けて、猛特訓よ。あなた、ルールもろくに知らないでしょ? 私が、個人指導してあげるわ。悪いけど、部長代行 の仕事、和仁君と鹿島君にまかせるから。朝香君、行きましょ」


 勝手に話を進めた鏡子は、有無を言わさず、瞬の腕を引っぱり、訓練場の出口へ、速足で向かった。


 瞬は、鏡子に連れられて、訓練場の裏に来た。しっぽの長い猫が散歩しているくらいで、あたりに人影はなかった。

 さっきから、鏡子は眼をつむったまま、立ちつくしている。


 ――話しかけないで、そこで待っていて。


と言われてから、十分近くになるだろうか。


 鏡子は、精神を集中しているらしかった。

 直太を始めとする男子予科生たちが、口をそろえて「学校一の美少女」と評するだけはある。鏡子の、目鼻だちの整った顔を見ていても、飽きはこないが、何をするつもりなのだろう。


 瞬がつい見とれていると、鏡子が眼を開いた。


「それじゃ、行きましょ」


 鏡子は、瞬に歩みよると、背に手を回して、強く抱きしめた。瞬の胸を、天国のような感触が、襲った。


「え? あの、宇多川さん?」

「私を、強く抱きしめていて。途中で落としたら、いけないから」


 お言葉に甘えて、瞬は鏡子を抱きしめた。無条件に、柔らかい。


「私は、昔からテレポートが得意なの。まだサイが弱すぎて、中距離移動にも、一〇分近くサイを貯める必要があるし、コンバットでは使えないレベルだけどね」


 鏡子と瞬を、ラベンダー光が覆っていく。まるで花の成分を調合でもしてあるかのように、優しいラベンダーの香りがした。


 数瞬の時を置いて、ラベンダー色の帳が消えていく。

 瞬は、鏡子と共に、ぶ厚いコンクリート壁に囲まれた大きな部屋にいた。天井も高い。五階建てビルほどの高さだろうか。ちょっとした美術館の凝った展示室のように、円形状になっていた。


 鏡子は、身を離すと、


「時間がもったいないから、腕の筋肉を鍛えていて。朝香君、逆立ちして、待っててくれる?」


と言い残して、出て行った。


 場所は知らないが、ここは恐らく、鏡子の実家、すなわち、宇多川家の私設訓練場に違いない。

 瞬は、言われた通りに、逆立ちを始めた。


 瞬は、頭にすっかり血が上っていた。一〇分以上、倒立状態にあるはずだった。

 やがて、道場の戸が開くと、鏡子が姿を現した。逆立ちのせいで、上下逆に見えるが、鏡子は、異様に魅惑的な姿をしていた。


「お待たせ、朝香君。もう、いいわよ」


 瞬は倒立から、身体を戻した。


 鏡子は、制服から、レオタードのような服に着替えていた。足には、プロレスで使うような、編み上げのリングブーツを履いている。配色は、白とラベンダー色が基調で、統一されていた。


 何とコメントすべきなのか、鏡子のボディラインをありのまま、いやむしろ、すでに充分ある凹凸をことさら強調するように、身体へ密着させた服だった。


 瞬は、内心じっと見ていたかったが、正視すべきでない格好だと思い、あわてて、あさっての方向に視線をそらした。


「ああ、そうか。朝香君、コンバット・スーツは初めてなのね。ちょっとエッチな感じもするけど、すぐに慣れると思うわ。宇多川家のスーツは慎ましいほうなのよ。もっと露骨なスーツなんて、いくらでもあるもの」

「そ、そうなんだ……」


「これ、見て。宇多川家の紋章」

 鏡子は豊かな胸元を指で示した。Cスーツには、小さな紋章が縫いこまれていた。

 名家は、霊石を連想させる事物を家の紋章とするらしいが、宇多川家では、世に珍しいラベンダー色の動作光を生ずるクロノスが多く出たため、ラベンダーの花を紋章としているそうだ。

 瞬は、見慣れない姿を見ながら、制服の袖でしきりに汗をぬぐった。


「朝香君は、自前のCスーツ、まだ持っていないでしょうから、これを貸してあげる。私、後ろ、向いていてあげるから、ここで着替えて」

「あ、ありがとう」


 鏡子から手渡されたコンバット・スーツは、鏡子のものとペア・ルックのように、白とラベンダーを基調とした配色だった。


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