前世は召喚された勇者でした。けどわたくしは天才じゃないです4
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ありがとうございます。それを活力にして張り切って考えてみました。
では、第4弾。お楽しみください。
迫り来る鉄拳。
それを冷めた目で眺めながら、俺、エレイン・ヘルツォーク・グリードは慌てることなく自らの小柄な身体をその場で横に反らして拳を回避し、そのまま流れるような動作を必要最小限の動きで実行。向かってくる男の懐へと侵入を果たすと同時にその胸に両手を沿え、全身のバネを使って1歩踏み出した。
「ぐおっ!?」
ただの小娘だと思っていた相手にしてやられた男は、驚愕とともに息を詰まらせ後続を巻き込んで吹き飛んでいく。「大丈夫かおいっ!」なんて騒いでる奴等には興味がないとばかりに次の対戦相手を求めて視界を巡らせたが、今の状況では必要は無さそうだった。
「メリスっ!ローカスっ!」
「下がってくださいましお嬢様っ!」
何故なら俺の側には頼りになる侍女と執事が居るのだから。
「こっのぉっ」
黒と白のコントラストを活かした清楚なメイド服を着こなし、蜂蜜色の髪を上手に結い上げたやや勝ち気な美女の名はメリス。彼女が気合一線とばかりに叫んで程好い大きさの円形の調理器具、フライパンを振り払えば、ぱこん、ぱこんと小気味の良い音を立てて接近してきていた一味の二人組が情けなくも直撃を受けた顔を自転にして、ぐるりと背中から地面に叩き付けられ虚しく喘いだ。
「えいっ」
可愛い一声と共に無慈悲なぱこんと言う音が2回響き、一味の男どもは情けなくも蛙が潰れたような悲鳴を上げて、もう一人は手を天に伸ばしながらうわ言のように何かを呟き、そして沈んだ。
遠目にも顔を調理器具の底の模様と同じ真っ赤な痕をつけて白目を向いている、悲惨な光景に俺は思わず内心で合掌を捧げておく。
うん、あれは痛いわ……きっと彼らは今、流れ星観測ツアーにでも出かけてるんじゃないだろうか――
「このガキぃいっ!」
おっと復活が早いね君たち。
でも減点だ。注意散漫な相手に攻撃するなら声を上げずに襲いかからなきゃダメじゃないか。まあ声を上げてなくても気配で分かってたけど。
それに例え俺の隙を突いたからと言っても――
「お嬢様、油断なされますな」
――大丈夫っ、我が家の執事、ローカスえもんがちゃんと何とかしてくれるっ(※人、それを他力本願と言う)
何だかんだでメリスが仕留めた男どもの安否を確認していたのに、次の瞬間には目の前に戻ってきていた俺の執事は一切乱れることの無い灰色のオールバックと同じ色のカイゼル髭を携え、俺を背に隠した。
我が家の最終兵器の出撃っ。これは見逃せないっ!
奥で木箱に突っ込んだまま伸びている先ほどの襲撃者を除いた4人の野郎共に相対するのは、黒の燕尾服をパリッと着こなす渋い初老の男。普段は穏やかなはずのその眼光は今や猛禽類を思わせるほど鋭くなっていらっしゃる。
「ふむ、当家の家訓を御存じでしょうか?」
穏やかな口調ながら笑みも見せない彼の胸元からしゃらりと取り出される複数の銀のナイフ。見た目は食事に使われるようなちゃちなものだが、それを見て相対していた彼らはびくりと動きを止めてしまっていた。
「目には目を。歯には歯を。そして武力には武力を。にございます」
「ひっ!?」
く、喰われるっ!!?
濃厚な殺意の圧力。目の前に立つ初老の男の周辺だけが別次元じゃないかと疑ってしまうほど、冷えきっていく。襲撃を仕掛けた側が捕食者から補食される側に変わった瞬間だった。
恐怖にかくかくと震えている彼等は間違いなくそう思っているはずだ。だって背後に居る俺も軽く恐怖に震えてそう思っているから嫌でも解ってしまう。
そう言えば昔こんな目で見られたことがあった。
憐れな被害者たちとの戦闘中にも関わらず俺は思わず遠い目をして今から行われる制裁からそっと目をそらす。
それはそう、まだ彼と出会って1年にも満たない秋口の日のこと。
あの日の俺が親父どのの『ドキッ♪倒れるまで終わらない大鬼族たちと戯れる無双訓練』などと言うふざけた理不尽な修行を終え、「次はどんな訓練にするかっ!楽しみだなエレインっ!!」なんてキラッキラッした笑顔の親父どのに少し嫌気が差したのは当たり前の出来事だった。当然、そんな心境だった俺はボロボロの状態にも関わらず、誰にも言わずにちょこっと気分転換がてら領内の探索に繰り出した。
当然親父どのに選び抜かれた護衛の何人かは着いてきたが、俺はグレる1歩手前だったせいか魔が差して、あの手この手を駆使して振りきっちゃったんだよね。
一人の優秀な執事候補を除いて。
それからご近所のエルフさんを尋ねて可愛がられ、贔屓にしているドワーフのおやっさんに頭を撫でられ、獣人族のケモミミに埋もれて一通り遊んだ後、亜人族の皆様の協力もあってしつこい執事候補までも振り切った帰り道。
護衛回避に心血を注いでいた俺の前に、ふらりふらりと歩く妙に小綺麗な細身の男が現れた。人気の無い裏路地、そんな場所で場違いな男に出会った俺は相手の正体を瞬時に悟り、焦っていた。
刺客だ。
そう思った時にはいつの間にか懐にすり寄られ、鋭い蹴りが俺の腹を捉えていた。それだけで命を刈り取れる威力を秘めた蹴りを咄嗟に衝撃を逃すために後ろに跳んで回避するが、気が付けば着地に失敗して無様に曇天の大空を眺めていると言う失態まで犯していた……。ああ明日は晴れると良いなぁーなんて考えている間にも事態は進展しており、視界に入ってきた暗器を横に転がって避け、出来る限り距離を取った……のだが、本日の訓練でガタガタになっていらっしゃる俺の肉体はさっきの一撃で限界を迎えていた。
「こ、これはいかんですよ」
と蚊の鳴くような情けない声を上げて、ぷるぷると限界を報せる身体の警報に動揺している俺は、回避一点とばかりに刺客と死のダンスを躍り続けた。しかしようやく人気のある場所に辿り着いたものの、天は敵に味方した。
雨が降りだしたのだ。降りだした雨は俺の求めていた人を遠ざけ、身体を湿らせて残りわずかな体力までも奪っていく。言うことの聞かない身体。焦りから再び人気の無い路地裏まで追い込まれていた俺はついに足をもつれさせ、その場にあった資材を撒き散らして派手に転んでしまう。
実力は俺の方が上だけどこっちは丸腰の上に瀕死、相手は万全。しかも手練れ、おまけに雨だ。
護衛を振り切った俺も悪いが、ここまでボロボロにしてくれちゃった親父どのも悪いと思う――なんて諦め悪く俺の上にのし掛かってタガが外れたように暗器を押し付ける野郎の腕を掴み、必死に抵抗を続ける。
どれだけそうしていただろうか、不意にふっと相手の力が抜け、そのまましなだれ掛かってくる。そして終いには俺の上で刺客の身体がびくんっびくんっと震え始るのだ。あれは精神的にちょっとキツかった。
何が起こったのかと刺客越しにちらりと奥を見れば、憤怒に目を鋭くさせた我が家の執事候補の姿が――その後、降り注ぐ雨の中正座させられ、懇々(こんこん)と言葉の雷を落とされまくった俺はローカスには二度と逆らうまいと心に誓ったのだった。
その時のことを思い出した俺が思わずガクガク震えているうちに、今では俺の専属執事へと昇格したローカスに気圧され、為す術も無く突っ込んできた不運な野郎共は一瞬で意識を刈り取れて地面に熱いキスを落としている。うへぇ……。
「終わりましてございます」
「ん、ご苦労様」
「お嬢様には後でお説教ですな」
「いやいや待ってっ!ローカスなら護ってくれると信じ――」
鳶色の瞳にぎろりっと見つめられ慌てて矛先を変えようと努力した俺の言い訳は、ねっとりとこちらを伺う殺意への察知に阻まれ、次いで耳に届いた僅かな風切り音によって中止を余儀なくされる。
瞬間。
全員が全員弾かれたように動き出し、まるで一つの生き物のように差し迫った状況に対応していく。
まず俺が音の接近してきた方向に移動、軌道上にある全ての矢を素手で弾いて自らの安全とメリスの進路を確保。続けてメリスが新たにナイフを構えたローカスを狙う矢を調理器具を使って巧みに矢を凌いでいく。
第一射を完全に防ぎきった頃にはローカスが既に投擲モーションを終えており、射線上、つまり屋根の上に潜んでいた複数の黒尽くめの、いかにもな格好をした刺客どもがごろごろと面白いぐらいに音を立てて、隣の路地へと消えていく様を俺は見送っていた。
うん、やっぱりうちの家臣は強いな全く。いやそうじゃないとやっていけないのがうちの家系の性なのかねぇ。
昔からこの手の襲撃は何度もあった。野盗に見せ掛けた襲撃、旅人を装っての不意討ち、なかには何も知らない子供を使って毒要りの手作りお菓子なんてものを作らせて渡すこともあった。
数えればそれこそ両手両足の指が足りないほど襲われ続けているのが、我が家の現状だ。
だから当然使用人たちの練度もそれに付随して上がっていく。
メリスは元伯爵令嬢だけど、我が家の訓練に耐え抜き、俺が7つ、メリスが13の時から側仕えとして共に居るし、ローカスは流れの暗殺者(親父どのはそう言ってたけど詳しくは知らない)でいつの間にか我が家に居着いて俺の執事をやるといって本当になってしまった変わり者だった。
そんな二人を共にしている状況で、そこらのゴロツキを使うような二流な暗殺者どもに負けるような育て方を親父どのにされたワケじゃない。
無論俺自身でも自らの肉体を虐め抜いてはいるけれど、それはそれ。
とりあえず俺を殺そうと思うなら手練れを数十人引き連れて来ないと無理だろうな。
今の宰相の勢力じゃ、そんな手練れ数人しか居ないけれども。
さてさてどうしたものか。転がってるゴロツキ共はきっとスラムで雇われた何も知らない奴等だと思うし、ホンモノの刺客は今の反撃で諦めて既に逃げ切ってるだろうな。恐らく今頃はローカスの投げナイフによって受けたダメージに悪態をついている頃だろう。あの当たり方だと今後しばらくは暗殺家業につくにはちょっと復帰が難しい可能性があるハズだ。そのまま足を洗って欲しいけれど、そんなことが出来るならとっくに洗っているだろうからあり得ないだろうな。
なんにせよ今回の用事はこれで済んだ。
毎回毎回呆れるくらいしつこい。
やはり根本から絶ちきらないとダメなのか。こんな生産性の無いことを考える時間すら惜しい気がする。
まあ、あちらがその気なら少し手を出しとくか。動かす手足を千切っとけば暫くは手を出せずに控えてくれるだろう。
そもそも何故俺がこんな襲撃を受けているのか。
そこから説明しなければならないだろう。
あれは昨晩、俺が通う『ラグレイグ王立学院』女子寮の最上階にある自室にて文字通り、金髪爆乳幼女ことハルラ・デュク・カレイドさん13歳を絞め落とした時だった。
「お嬢様……」
ここでは普通聞こえないはずの呆れた声が背後から聴こえたことにより、俺の混乱メーターはマックスへと振り切られていた。
思わず腕の中で幸せの絶頂を迎えて締まりの無い顔で意識を飛ばしたハルラを見て、ぽいっと放置してしまったほどに動揺していたと言える。いつものポーカーフェイスを維持しつつ、たらりと冷や汗をたらしながら声の主を探しに窓の方へと移動する。
「ローカスか、なんだ?」
見渡す限りの暗闇のなか、鳶色の瞳だけがキラリと光っている様はいくら肝の太い俺でも心臓に悪い。おかげで一気に混乱が治まった気がする。
「いえ、ずいぶんと乱暴な落とし方をなされるな、と思いまして」
「勘弁してくれ……まさか俺があんな幼女に貞操の危機を感じるなど思いもしなかった――ああいや、今のは忘れてくれ」
そう、そうなのだ。貞操の危機だったっ。
メリスとハルラさんのメイドを加えた4人でキャッキャッとお喋りに興じ、そろそろお開きにしますかと客室に案内をしようとしたところハルラさんが急に涙目で――
「一緒に寝てくれないんですかお姉さま」
とかなんとか言い出して、なし崩し的に部屋への侵入を果たされ、仕方がないかと諦めたものの、日頃から様々な害悪にまみれた世界に浸かっていた影響のせいで彼女のことを信用していなかった俺は狸寝入り。すると数分もしないうちに動き出す彼女の気配を感じて、ああ、やっぱり人付き合いは考え直した方が良いな。なんてことを思いながらなにもしてこない彼女を疑問に思い、なんだろうと狸寝入りを続行していると――
「んっ……エレインおねぇしゃまあ……」
なんて艶やかな声と衣擦れの音が聴こえてくるではないか。普段からしつこいくらい積極的な攻勢を掛けてくる彼女の姿を思い出して、嫌な予感がと薄目で視界を確保すると上半身裸の幼女の姿が月光を浴びながら目を閉じてこちらに……こちら――
「ぬわあっ!?」
令嬢としてあるまじき悲鳴を上げ、飛び起きた俺はキスしようと接近してきたハルラを羽交い締めた。何か感動的な事でもあったのかハルラはぶるりと震えると恍惚とした表情で――
「あん、お姉さま大胆ですぅ」
なんてくねくねと身を捩らせて嬌声を上げ始める。そんな幼女に戦慄して思わず俺は終始無言でそのまま彼女の意識を落としてしまった。
俺は悪くねぇっ!
身を護っただけだっ!!
「て言うか見ていたなら助けてくれたって良いだろうがっ、主人の危機だぞ」
「いえ、てっきりお嬢様はハルラ様に興味がおありでこの部屋へと迎い入れたかと存じ上げておりました」
「ほ、ほう……そういうこと言うかね」
「違ったようですね。このローカス、浅慮にございました」
「まあいいや、んで、なんか用?まさかなんの用も無いのに女子寮に侵入したなんて言わないよな?」
もし、下衆な考えで此処に来ていたとしたらどうしてくれようか。
「ふむ、それはそれは魅力的な提案ではございますが、本日の用向きは前々から調べていた例の話にございます」
前半の言葉で思わず殺気を溢してしまったが、後半の言葉に耳を傾ける。例の話……つまりここ最近俺の周囲を悩ませる嫌がらせの数々のことだろう。彼には秘密裏に色々と調べてもらっていたからな。その捜査の進み具合だろうか?
「やはり嫌がらせの主犯はアントン家のご令嬢のようにございます」
まあ彼女は第2王子と不純な交遊があったと言うしな、嫉妬に駆られてと言うのは当然の出来事だろう。
「それで、彼女の自室にあった手紙を拝見したところ――「え?室内に入ったの?」左様にございます。私めに掛かれば、この程度の部屋の鍵を開けることは造作もないことかと」
た、確かに今現在最も防衛力のあるはずの俺の部屋に辿り着いているのだ、たかだか男爵令嬢である彼女の自室に侵入することは簡単だろう。
俺が自身の執事のスペックに恐怖している間にも話が続く。
「それで、明日なのですが。どうやら例の令嬢から市街への買い物に誘われるかと思われます。そこで彼女らの実家が雇った者たちが襲い掛かってくるご予定らしいです」
「ほう、ずいぶんと急な話じゃないか。しかしあの子達の実家ってそこまで頭悪かったか?宰相派でも頭が良い奴等だったはずだけど」
「どうやら上からの催促があったようで、恐らく蛆虫からの指示かと」
ふーん、奴が動くのか。
きっと宰相派の人間にサクシャイン王子殿下の俺に対するアピールの情報が入ったのだろう。
確かに今の情勢で、王家とこの国で最も豊かな領土を持つグリード辺境伯が手を組んでしまうと、あっという間に宰相派閥が瓦解することになるだろう。
まあ俺んところは自由恋愛だから関係はないけれど。
「なるほど、俺が目障りになってきたから消すと。別に俺は構わないんだけどさ、俺が常日頃滅茶苦茶ないちゃもんつけられてる相手の誘いに乗るとか思われてんのかねぇ」
「は、その辺の考え方はなっていないかと」
「だよねぇ、さすがバカ宰相。金のやり取りとかそう言うのは上手いくせして人間関係には疎いよな。それとも罠か?」
「その可能性は低いかと思われます。まあしかし――」
「ここは乗ってやるか。ただ相手の誘いには乗りたくないから自分から出向くけど」
「ではその予定で動かさせていただきます」
「ああ頼むな」
その言葉を皮切りにスッと消える執事の気配。
毎回彼の行動には驚くが、ここって5階だよな?どうやって来たんだろうか?
うちの執事に対する疑問は尽きない。
まあそれよりもあれだ。いまだにベッドに沈む幼女の方をどうにかしないと眠れそうに無い……。
客室に運ぶかどうするか。
数瞬悩んだ俺は面倒になってそのまま寝たのだった。
そして朝一の騒動を終え(第3段参照)、俺たちの姿は王都市内の鍛冶屋の前にあった。
カンッカンッカンッと一定のリズムで打たれる金属の音色を楽しみながら、カウンターで暇そうに頬杖ついて明後日の方向を向いている青年に話し掛ける。
「こんにちはー」
「いらっしゃーせー、今日はどんな後用事で?」
「先日注文をしたグリードと言うものです。注文の品は出来ておりますでしょうか?」
「はいはいグリードさんね。引換券は御持ちで?」
「こちらです」
メリスが用意してあった割札を渡す。
「あー、あの調理器具頼んだ人かー。ちょいとお待ちを」
青年はクスクスと笑いしゅたっとカウンターから出ていくと、戸棚から円形の調理器具を取り出し、笑いが堪えられないとばかりにそれをメリスに手渡した。
「こちら、注文された調理器具でさぁ。一応親方も真面目に作った奴なんで、性能はピカ一でさぁ」
「受け取りました。また何かありましたらよろしくお願いしますね」
にこっと笑えば向こうもにかっと返してくれる。楽しい一時だ。
「ご利用ありがとうございましたぁー」
カンッカンッカンッと一定のリズムで金物を打つ音と青年の元気一杯な声が俺たちを送り出してくれる。うむ、あの店は良いな。うちの領で囲ってしまいたい人材だな。
心の中で連れて帰りたい人リストに人知れず書き込んでおく。
そんなことを考えながら、大通りを俺たちは歩いていく。
大通りは流石に人が多く、余所見をしていたらいつの間にか同行人たちとはぐれてしまいそうなほど危うい。
あちらこちらで人を呼ぶ声がし、この時代で必死に生きていると言う意味を考えさせられた。
「っと……」
後ろからぶつかられそうになったのでさりげなく回避すれば、その空いた空間を抜けていく3人のみすぼらしい少年たちが目にはいる。確かにこちらは見た目落ち着いた令嬢だが、狙う相手には気を付けたほうが良い。
そしてあからさまな舌打ちはあまり良くないと思うな俺は。
「お嬢様……」
「気にしてはダメよメリス。わたくしたちにはどうすることもできない」
暗に治世が上手く行っていないことを指し示せば、メリスが暗い顔をして路地へと引っ込んでいく少年たちを目で追っている。
そう、今王都は治世が上手く行っていなかった。中央を支配する官僚は不正にまみれ、その影響で正しきものは中央から自然と遠ざけられる。
国のトップが腐っているのだ。長い年月をかけて緩やかに王国が衰退していくのも仕方がないことだった。
せめて、傀儡となっている王が宰相たちを退けられれば話は変わってくるだろうが、今の王族にそんな勇気のあるものたちは存在していない。
先程の少年たちが消えた大通りの筋を1本くぐった先、壁の向こうを知れば、たちまちに虚栄の栄華は崩れ落ち、一つの真実が見えてくる。
この国はもう沈み始めていると。
当然人心は乱れ、暴力と権力の支配によって自由を奪われた、王都に仕事を探しに来た夢見る者たちは淘汰され続けている。夢が儚いものと気が付いた者たちは、四方を巨大な壁に覆われた鳥籠の中から出ることが出来ず、圧政によって苦しんで最期にはスラム街へと姿を消していく。
遠い場所から夢を運んで、役人たちに様々な税として搾られて落ちぶれて。
いざ王都を出ようにも、出るためには銀貨50枚と言うべらぼうな額を払わなければならないと言う理不尽な制度によって出ることが叶わず。逃げられない。
搾取と恐怖の政治によって何も知らない落ちぶれていくことに焦って他領から毎日のように王都へと人が募り、そして毎日のようにスラム街から人が消える。
ローカスが言うには最近他国にへとあるものを輸出して、資金をかき集めているなんて話を聞く。それは人。土地は有限で住める人間も決まってくる。日々膨れ上がる人々を中央はどうしたか。それは他国に売り出すこと。搾れるだけ搾られた人間は生きるためにはどうしても窃盗などを犯すことになり、そこで捕まった人材を、犯罪奴隷よろしく売るのだ。
男は労働力として、女は性奴隷として。
そうなるよう追い込んでおきながら救済しない、逃がさない。
彼らにとって他領から流れ込んでくる人員は働き蜂のような物にしか見えていないのだろう。ホント、どうしようもなく腐った国。吐き気がしそう。
そんなことを延々とつらつら考えて、わざと人通りの少ない路地を選んで進む。
するとどうだろうか。
俺たちの行方に屈強そうな男どもが5人、後ろに2人現れた。
警戒のレベルを1段階引き上げて足を止める。
「ちょいと待ちな嬢ちゃんたち」
へっへっへと下卑た笑い声と粘着く胸元への視線が鬱陶しい。不快感を顔に出さず、穏やかに返答してみせる。
「あら、ごきげんよう。お近くにお住まいの方ですか?」
あくまでも純真無垢に、彼等に警戒を与えないように令嬢らしく振る舞う。
すると男どもはきょとんと顔を見合わせて、今度は遠慮なく笑い出す。
「なんですの、失礼じゃありませんこと?」
「いやいや失敬失敬、なかなかとうして笑わせてくれる。この状況でも怯えることすらなく笑ってられるなんて、よっぽどの世間知らずかねえ」
「失礼ですわね、用がないなら先に行かせてもらいますわよ」
「おっと、せっかちは行けねぇな。ちゃんと用ならあるさ」
リーダー格の男がのっしのっしと近寄ってくる。
あくまでも不遜に、凛々しく、まるで男どもが汚したいと思えるような態度で俺は告げる――
「ではご用件をどうぞ」
「なら遠慮なく、てめぇらやっちまえっ!!」
そして腹めがけて繰り出される鉄拳を俺は冷めた目で眺めた――後は冒頭の流れである。
「さて、本当にどうしたものかしら」
「お嬢様、こいつらは捨て置いても良いかと」
「ずばっと言うわねぇローカスは、こんな所に置いてたら人攫いたちに連れてかれるか、他の住人たちに素っ裸にされてしまいますわ」
「襲ってきたのですから慈悲は無いかと」
「そうですお嬢様っ、わたくしのフライパンも傷物にされましたっ。慈悲はないですっ」
「えっ、怒るとこそこなの?」
「当然ですっ。わたくしはこのフライパンでお嬢様に教えてもらった『ぽてとちっぷす』なるもの作る予定でしたのにっ、初めての作業がこんな男どもの顔面を殴るものになるなんて思いもしませんでしたわっ」
「な、なるほど」
どうやらローカスもメリスもご立腹らしい。
しゃあない、捨て置くか。
「解った、行きましょうか」
伸びたまま動かない男たちを放って歩き出す俺たち。俺は彼らを避けながらおもむろに懐から金貨を1枚取り出して指で弾いた。それは陽光に照らされて綺麗な光を産み出し、物陰へと消えていく。それを視線で追いながら、俺は歩く速度を落としてふっと笑った。
迷惑かけたな、それでどうするかは君の自由だ。受け取ってくれ。
その思いが届きますように……。
「お嬢様……」
おや、なにやらメリスさんが感動的な目でこちらを見ていらっしゃる。少し恥ずかしくなった俺はさっきまでの雰囲気をかき消すと、足早に大通りへと向けて歩き出すのだった。
※
その金貨はキィンと静かな音色を立てて、路地の奥に潜んで彼等が居なくなるのを伺っていた少年の手にすっぽりと納まった。
ギョッとして金貨の飛んできた方向を見る薄汚れた少年は、いつの間にかこちらを見て静かに微笑む黒髪の美少女に気付き、逃げ出すことなくただ見惚れていた。
どくんどくんと脈打つ鼓動が、少年の胸をどこか熱くさせていく。
すると少女は歩く速度を落としつつ、足を止めることもなくスッと人差し指を口元で立てると声も出さずに『ヒ・ミ・ツ』と呟いてまた穏やかに微笑むのだ。一瞬の出来事だったが、少年にとっては永遠に等しい時間のように感じられたその邂逅は、彼女が後ろから誰かに話し掛けられたのか、頬を少し赤らめて慌てて去っていくことによって終わったしまった。
そしてその後を初老の男と、メイド服を着た美女が追っていく。
少年はただ、その場で動かず、じっと手にした金貨をぼんやりと眺め続けていた。
※
とある屋敷のとある一室。
無駄に税を凝らした悪趣味な家財が乱立する、それぞれが下級貴族たちが一生手に入らないような調度品にも関わらず、センスの無い並べ方をされたせいで逆に不快に揃ってしまった部屋の中央。そこで指輪や宝石をこれでもかと言うほど着飾った悪趣味な肥え太った一人の男性が羊皮紙に書かれた内容に顔を真っ青にして目を剥いていた。
「そんなっ、バカなっ」
そこにはここ数年で懇意にしていた裏組織の一部が、アジトごと何者かに葬り去られたと宣われていた。
その報告書を眺めて、その事を成した存在に当たりをつけた男は歯噛みする。
「どこまでもわしの邪魔をしおるっ!勇者の一族はっ!」
先程とは打って変わって憤怒に顔を赤く染め上げた男は弛んだ腹を抱え、税を凝らした悪趣味な椅子に乱暴に座ると、役人たちから秘密裏に、賄賂として渡された最高級ワインの注がれた杯を一気に飲み干した。
その最高級ワインはこの時期には滅多に手に入らない代物で、値段は時価で付けられるほど高級な一級品でもあったにも関わらず、男はなんの感慨もなく消費していく。そのワイン1つ作るのに掛けられた手間など、きっと考えたこともないのだろう。
実際、ここに届くまで、そのワインは小さな農家を営むとある夫婦が王都へと旅立つ一人息子に持たせたワインで、少年は王都で一旗上げようと意気込んでいた。
しかし少年の夢は都に入る瞬間に潰え、ワインは盗んできたんだろうとワケのわからない言い掛かりをつけられ没収、さらには税金として手持ちの金のほとんどを徴収されてしまう始末、少年は一文無しとなり、さりとて王都から出ることが出来ず、結局スラム街へと姿を消したのだった。
そしてそのワインを手にした門番は後でこっそりと楽しもうとしていたが、同僚にチクられて上官に見つかりその場で没収され、3日間の便所掃除の刑に処された。
部下に理不尽な刑を処したその上官は、たまたま視察に来ていた貴族の上役に顔を覚えてもらおうと、すすすとワインを差し出し、その貴族はワインの価値を知っていたため大喜び。最後にその貴族がゴマをする為に今ここで杯にワインを注ぐ男へと献上したのだ。
親の想いを乗せたワインは少年の手を離れ、男の苛立ちをただ抑える為だけに消費されていく。
理不尽で歪なこの国の闇の一端を見た瞬間でもあった。
その貴重なワインを丸々1本消費した男は、でっぷりと太った腹を抱えて一人の息子を大声で呼ぶ。
「カムイっ!カムイを呼べっ!!」
数分後、泥酔しそうなほどふらつく男に呼ばれた少年は内心うんざりとしながら、生物学的な意味で一応父上と呼んでいる男が待つ成金部屋に入室した。
「お呼びでしょうか父上」
「カムイっ、お前に頼みたいことがあるっ」
「何でございましょうか」
「おまえ、グリードの姫を落とせ」
「は?」
目の前の男とは似ても似つかないほど顔の整った秀麗な少年は、本気で何を言っているのかわからないと視線を宙にさ迷わせた。
先程までグリード辺境伯が憎い憎いと怨嗟の声を上げていた目の前の男は、次の瞬間にはその憎い辺境伯の娘を嫁にしてこいと宣っている。
カムイは目眩がしそうになりながら先を促す。
「どういうことでしょうか」
「おまえが、ィック……グリードの姫を落とせば……ィック……あの豊かな土地への…ィック……足掛かりとなるのだ。どうだ良い案だろう?」
「は、はぁ」
「それに……ィック…あやつの大事な娘を人質に出来れば……ィック…それだけで有利に立てると言うものだ…ィック」
「そうですか……」
いったいそれのどこが良い案なのか、切に問いたくなりながらカムイは思案する。
かのグリードの姫は今第2王子であるサクシャイン王子殿下から熱烈なアピールを受けている人物だ。(第2段参照)
いくらカムイが女性の扱いに長けていようとも、あの人誑しの殿下に落とせていない女性を振り向かせるのは、生半可の努力では難しいのでは無いだろうか?
カムイは性格上あまりに分の悪い賭けはしたくない質だったが、今の酔いで思考を鈍らせた目の前の狸に何を言っても無駄だと割り切った。
明日の朝にでもしっかりと話せば、この狸も諦めてくれるだろう。
カムイがそう思ったことを後悔したのは翌日の朝だったのは、想像に難くなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ぶっちゃけ2~4まで2日間の出来事と言う濃い内容。
果たして終わりはあるのか。
まあ構想は脳内で練ってはいるんですが……なかなか難しいですね。
では、またお会いいたしましょう♪