04.絶叫
敵地の中でも、できるだけ遠くに離れ、暗い場所に隠れて任務を遂行する。
皆が敵と戦ってる間、私は藻の背中を見ながら、敵が来るかもわからない無駄な時間を過ごす。
埃くさい場所に、嫌いな奴と一緒に閉じ込められて、苛立ちが募った。
青白い光に照らされながら、状況報告をし続ける背中を睨みつけても、こいつは振り向かない。
話しかけても、『静かにしてください』か、無視だ。
何を好んで、こんなやつを守らなければならないのか。
「あぁ・・・・・」
うんざりだ、とでも言うような溜息が出た。
扉の横で膝を抱えて、薄暗い天井を見つめる。
これからずーっと、こんな任務をするのか・・・・・。
そう思うと、更に大きな溜息が出た。
「はあああああああああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」
「ため息つくと、幸せが逃げますよ」
唐突に振り返った藻が、やはり無表情で言った。
自分から話しかけてくるとは珍しい。でも正直一言も話したくない。
不機嫌を隠さず、答える。
「うるさい。既にいま不幸せだよ」
「灰歌さんは私のことが嫌いみたいですね」
一瞬、言葉に詰まった。
藻は相変わらず、顔色ひとつ変えてない。
ロボットか、こいつは。
「別に嫌いって言ってない」
「顔と目つきと態度が『嫌いです』って露骨に表現してますよ」
「・・・・・・・・・・」
ぜんぶバレバレらしい。隠し事ができない自分に嫌気が差す。
答えないでそっぽを向いていると、藻は再びディスプレイに向き直った。
「ボディーガードという役割が嫌なら、隊長に申し出ればいいじゃないですか」
「そんなワガママ言えるわけないでしょ。それにあのララに言ったらどうなるか・・・・・」
ぶるっと身震いしながら言うと、藻が私を見た。
そして、口を開いた。
「なら、隊をやめればいい」
凍りついた私を見ても、藻は表情を変えなかった。
沈黙のなか、段々と熱い感情が湧き上がって来る。
よくも、簡単に言う!!!
「そんな簡単にやめられるわけないでしょう!!」
怒鳴った私に、藻が冷静に答える。
「何故ですか?確かにこの部隊は国が重視しているので、そう簡単にはやめられないでしょうが、不可能ではないと思います。
嫌なら、やめて、逃げてしまえばいい」
その正論が、淡々とした声が、無感情な顔が、ぜんぶ、私を煽った。
「ほんっとムカつく奴!!私はこの隊を辞める気なんてない!辞めたくないの!
頭がないから、戦いでは誰にも負けないように死ぬほど頑張って、やっとつかんだ結果なの!
なのに、簡単にやめろなんて、よく言うっ!!!」
壁を力のままに殴ると、鈍い痛みと痺れが走った。
荒く呼吸しながら、藻を睨みつける。
エリート様は、何も言わない。
自然と、低い声が漏れた。
「あんたは、いいよね。なんでもできる天才で、みんなに必要とされて・・・・私なんか、任務でも失敗ばっかりだし、馬鹿だし」
頑張ってきたのに、結果はこれだ。
嫌なやつのボディーガードなんていう、意味のない役を押し付けられて、前線から外された。
私はやめたいと言えば、きっとあっさりとやめられるだろう。
ほんと、ばかばかしい。
黙って藻をみると、やっぱり無表情だった。
思えば会う前から、私はこの人が嫌いだ。
だって。
「あんたが、羨ましい」
埃臭くて暗い部屋の中で、私は自虐的に笑った。
「大嫌い」
瞬間、真横の扉が勢いよく開いた。
全ての感情が吹っ飛んで、反射的に体が動く。
藻に向かって構えられた銃を蹴り上げ、男の頭を壁に打ち付ける。
白目を剥いた男を横目に、落下して来た銃をキャッチした。
迷彩服を着て、目出し帽を付けた外見は、今回の敵と一致する。
藻の居場所が、ばれた。
理解すると同時に、2人の男が突入して来た。
「藻!動かないで!」
叫びながら弾を避け、男の足を撃ち抜く。
膝をついた男の銃を踏みつけ、もう一人の敵の鳩尾に拳を叩き込んだ。
相手の重い筋肉質な体から、空気が吐き出される感触がする。
耳元で苦痛の声を聞きながら、先ほど倒れた男の腹に発砲し、目の前の敵の頭を掴んで、床に叩きつけた。
ゆっくりと、男の頭から血が広がる。
周りを素早く確認すると、動かなくなった3人の男たちと、唖然とする藻がいた。
そこでようやく、息をついた。
「居場所がばれるなんてね」
銃をぽいっと捨てて、男たちを調べる。
死んではいないけど、しばらくは起きないだろう。
すぐに増援が来るはずだから、早くここを離れなきゃならない。
「そこのエリート!早くこのほこりくっさいとこから出るよ!」
顔を上げて言うと、藻は目を見開いて私の左側を見ていた。
とっさに視線を追うと、気絶してたはずの男が、藻に銃を構えていた。
息が止まる。時間が止まる。絶叫が喉から飛び出す。
一秒にも満たない時間の中で、駆け出して、男の銃に手を伸ばす。
逃げてと、藻に叫ぶ。
藻と、目が合う。
そして私は、目を見開いて。
発砲音のあと、ゆっくりと、藻が倒れる。
今度こそ気絶させた男の手から、銃が落ちる。
「どうして・・・・・」
掠れた声に、藻は答えてくれなかった。