03.任務
低く重い爆発音が遠くで生まれ、私の足元まで響いてきた。
大砲によるものなのか、地雷によるものなのか、それとも他の兵器が原因なのか。もはや考えることが面倒くさい。
背中を鉄製の扉に預けて、そのままずるずるとずり下がっていき、冷たい床に座り込む。
何年も使われてない部屋なのだろう。散らかった資料や武器が、埃を被って沈黙してる。
いくら敵に見つからないためとはいえ、こんな光も当たらず忘れられたような場所にいると、気分が落ちる。
というか、敵に見つかってもいいから出て行きたい。
敵なんて倒せば問題ない。こんなところ今すぐ出て行きたい。
だけど、私はここにいなければならない。
その原因を、ディスプレイの光に青白く照らされている藻の背中を、思い切り睨みつける。
「はい、夏南さんがルート確保しました……みささんとりのさんは既にターゲットと接触しています」
ヘッドホンについたマイクに答えながら、いくつものモニターと電子機器を前に、休むことなく手を動かし続けている。
天才と呼ばれているのは、伊達じゃないらしい。
全モニターに様々な映像や文字が映し出されては、消えていく。
恐らく敵のコンピュータを支配し、大量の情報を飲み込みながら、ララに最善の作戦を伝えているのだろう。
絶え間無くキーボードを打ち続け、次々とプログラムセキュリティらしきものを突破していってる。
コンピュータのことを全く理解できてない私でも驚いて、思わず唖然としてしまった。
尊敬の想いが芽生えかけたけど、それはすぐに不機嫌な感情で塗りつぶされる。
ますます気に入らない。
身勝手な怒りと嫉妬心だとは理解してるけど、把握できたところで、自分の感情を沈めることなんてできない。
藻とララの会話からして、既に皆は敵と戦闘に入っているのだろう。
藻が入隊しなければ、私も、戦ってるはずなのに…。
苛立ちと悔しさが、体のなかに重く溜まっていく。
この場所に光はなく、あるのは青白いディスプレイの光と、埃と、大嫌いな奴。
黙っていると私まで埃を被りそうだったから、気を紛らわすために、立ち上がって藻の近くに移動する。
私が近くに来ても、見向きもしないでモニターを見つめる姿に、ますます腹が立った。
「ねぇ」
非常に不機嫌な声が出たけど、藻は反応を示さない。
無視か、この野郎。
「ねぇ、聞こえてるんでしょ?」
「ララさん、そこの部屋が武器庫です。りゃなさんがいま向かってます」
こめかみに青筋が浮かぶと同時に、遠くから爆発音が聞こえた。
腹の中に響いてくる音と共に、怒りを飲み込む。
「ねぇ、藻さん?聞こえてるんでしょう?」
今度はとても優しい声が出たけど、どす黒い怒りも表してしまった気がする。
自然と拳に力が溜まっていくのを感じながら、藻が応えるのを待つ。
藻は、こちらに背を向けたままだ。
私の我慢が、限界を迎える。
「ちょっと、こっち向きなさむぐっ!?」
怒鳴った私の口に、何かが張り付けられた。
驚く私を無表情で見つめて、藻が淡々と言った。
「うるさい」
目を見開く私と、無感情な藻の目が合う。
静止した私の口から手を離し、藻が再びディスプレイに向き直る。
「すみません、少し聞いてませんでした。それでターゲットは…」
ララとやり取りする姿を、呆然と見つめる。
口に、星のシールが貼られていて、開かない。
怒りのままにシールを剥がし、藻に怒ろうとした時、任務終了を告げる声が、扉の向こうから聞こえた。
「もーーーいやっ!!!あんなパソコンが恋人みたいな奴だいっきらい!!!」
不満を吐き出して、勢いよくベッドに倒れこむ。
天井に拳を振り上げて、叫んだ。
「なんなのあの人!!むかつくーーー!!」
ぎゃんぎゃん吠える私に、包帯を持ったまもが、話しかける。
「なんだよ、さっそく喧嘩か?」
「喧嘩じゃない!!喧嘩じゃないけど気に入らないの!!」
足をジタバタ動かす私に、治療中のくらげが質問してきた。
「どこが?俺喋ってないからわかんねぇ…いって!!まも、優しく!!」
「懲りずにとろと喧嘩した罰だよ。反省しやがれ」
「ひでぇ!や、優しくして…?」
「くらさん気持ち悪い」
くらげを一刀両断したりゃなが、宥めるように私の頭を撫でてくる。
ご機嫌斜めな状態で、りゃなに抱きつく。
「もおおおやだやだあいつのボディーガードなんて無理だよむかつくうううう」
「灰歌ちゃん何か言われたのか?」
「言われてない!!ただ任務中、話しかけても無視されたの!!終いには『うるさい』って言ってまた星のシール貼ってきたの!!口に!!」
「任務中に話しかけたのか?そりゃ無視されるだろ。藻さんはララさんに敵のアジトの状況伝えなきゃならないんだから」
「う……」
正論を言われて、言葉に詰まる。
返す言葉がなくて、ますます不機嫌になる私に、りゃなが苦笑しながら言う。
「確かに任務中に話しかけるのは不味かったかもね。次は任務中じゃない時に話しかけようね。そしたらきっとお話しできるよ」
「………」
子供を諭すように言われてむかついたので、黙って肩に頭を押し付ける。
私の様子をくすくすと笑いながら、りゃなが抱きしめてくれる。
「それでも仲良くなれそうになかったら私に相談してね。灰歌大好きだよ」
「ぐうぅりゃな好き…」
「……なにあのラブラブっぷり。俺悲しいよまも」
「じゃあ俺たちも」
「あ、僕そういう趣向持ってないんで…」
「消毒液多めにしてやるよ」
くらげの断末魔を背後に、ゆっくりと藻の姿を思い出す。
天才と呼ばれるその意味を、初めて理解できた。
敵のネットワークを支配し、大量の情報を飲み込みながら、ララに状況と最善のルートを伝えていく。
今回の任務は、とてもスムーズに終わったと、みんな絶賛していた。
初めての任務を終えて、既に藻の頭脳は、大きな戦力として受け入れられている。
…私は、今回何もしてない。
ただ、勝手にイライラして、邪魔だと言われただけだ。
そうしてるうちに、任務は終わっていた。
なんて、馬鹿馬鹿しい。
なんの役にも、たっていない。
「…私、この隊にいる意味あるのかな」
ぽつりと呟くと、りゃなが何か言った?と聞いてきた。
別に、と答えながら強く抱きついて、目を閉じた。