2:襲撃
既に場所は住宅街に近い。
車通りは無く、もちろん安全を期して佐渡が運転してきたジープは居酒屋の駐車場である。
「形成者か?」
伊達が呟いた。
「いや、わからねえな……だが、今のは多分、ケンさんだろう」
「だとしたら」
「ああ。いくらケンさんでも、すっかり潰れてたからな」
優秀な兵隊を殺すなら、相手が油断している状況で襲撃するのが定石だ。
だから睡眠時や、飲酒時などを狙われることが多く、そして事故死にみせかけられる事が多い。
敵は形成者。だとすれば、伊達らを狙いに来たと考えてもいい。
そこで佐渡の存在を察知し、厄介な彼から消そうと考えた。
妥当だ、と思う。
弾かれたように駆け出していた二人は、音がしたらしい曲がり角を曲がってから、思わず足を止めた。
「良いッ、所に、来たッ!」
顔を真っ青にする佐渡が、その向こうから走ってきていたのだ。
歳と体格に見合わぬ俊足。
必死の形相で彼らへと向かってくる大柄の中年男性は、まるでオヤジ狩りから逃げてきた所のように見えた。
むろん、オヤジ狩りであったならばよっぽど良いのだろう。
「タマがねえ、伊達ッ!」
「はい」
野戦服に取り付けたポーチから予備弾倉を引きぬいて投げ渡す。入れ違いで二人が前にでて、次いで伊達は自動拳銃を後ろに放り投げた。
「トシ」
「ああ」
道は、二人が並んで歩いて少し余裕がある程度の路地だ。軽自動車がギリギリ通り抜けられるような幅で、それを隔てる塀は跳躍して上を掴めるかどうかの高さ。
圧迫感、閉塞感溢れる路地だ。夜だから、月明かりしか頼りにならない薄暗い空間。
二人は、その深淵に青白い輝きを見せる影を見た。
伊達は一歩前に出て、高城は腰から手榴弾を引き抜く。安全ピンは手榴弾のポーチに固定されているから、取り出すだけでそれは作動した。
「見ていてください、先生」
「オレたちも、強くなったんすよ」
路地の曲がり角に身を隠した佐渡に告げた二人は、即座に飛んで近くの電柱の影に身を隠した。
途端に爆発。
手榴弾が炸裂し、けたたましい爆発音と火焔、衝撃を撒き散らす。破片が鋭く塀に突き刺さり、焔が地上三メートルほどの高さまで噴き上がる。
闇が消え去り、天を焼きつくすほどの爆炎が空間を熱した。
直撃すれば、破片と焔、衝撃で肉体はズタズタ。爆発のショックで心臓が停止していて当然の、すなわち必殺の武器だった。屋内であれば威力はさらに絶大であったろうが、このように逃げ場のない閉所じみた場所なら効果は同じだ。
凄まじい煙があがる先を見ながら、再び路地に踊り出る。
「なあトシ、あれは《兎人》か?」
「違う。だが感じるだろう? この肌を突き刺すような殺気……独特の金属音」
それは歩み寄る音。
やはり手榴弾では、足止めにすらならない。
「敵だ」
高城は舌打ちをして、声を張った。
「てめえをぶち抜く」
「貴様を翻弄する」
伊達は敵影を睨みつけ。
高城は片手で軽々と持ち上げた対物ライフルを、目標に突き出した。
『形成!』
宵闇の中で肉体が崩壊する、かに見えた。
肌が瞬間的に失せて、剥き出しになった褪せた桃色の筋繊維が、突如として黒く染まる。
全身が闇に包まれた――渦巻くその表面が、ゆるやかに硬化する。肩口から手の甲まで、瓦を逆さに貼りつけたような段が出来る。ちょっとした返しになるそれは、抉る、擦れるだけで破滅的な破壊力を与えるだろう。
流線のような滑らかな直線。腿は太く盛り上がったかと思えば、足首はキュッと細まり、足先は釣り針のような鋭い鉤爪を二つずつ備えていた。
瞳の部分はV字に繋がり溝を穿ち、そこは紅に染まり、輝いた。
そのV字の尻から縦へ、後頭部に掛けて赤いラインが走り、形成はそこでようやく終える。
《隼》が、彼の認識記号だった。固有名称でもあり、それは唯一初期構想型で『速度』を重点に置いた形成者であった。
対する高城――《鷹》は、ずんぐりと丸い頭部を持つ。半球をそのまま胴体に貼りつけたような顔面には、三つの瞳があった。顕微鏡の対物レンズのように三つが右眼の集中し、怪しい橙の輝きを誇る。
首はなく、肩から腕、腿、足先と全てが太い。挙動はあまりにも重く遅滞な雰囲気だが、それ故に極めて高い耐久性、強靭性があった。
肢体は黄土色に染まり、闇の中で唯一溶けぬ色を持つ。
それは《鷹》の名の通り、超遠望、温度探知、赤外線センサを持った鷹の目の男。
さりとて、重点においたのはその重量を軽々と身につける『怪力』だった。
彼ら形成者は、その内部を筋繊維と液体とで占めて凄まじいクッション性を誇る。故に全身が砕け焼けるようなダメージを負っても再起不能になることはない。
唯一死ぬ事となるならば、それは彼らの中にあるコアが破壊された時だ。
コアの場所は不明。されど、初期型のコアは他と異なり、移動することが出来ない。
《隼》は敵影を睨んだ。
側頭部にアンテナのような角をつけるシルエット。
肩には真上に伸びる鋭い棘。拳には、ナックルをつけたような手甲。
闇夜に浮かぶ蒼い二つの鬼火が、その関節から漏れる蛍光色の蒼い煙が、未知の形成者の存在を示していた。
彼らはコアに記録を刻む。故に、知らぬ形成者など、存在するはずもなかったが――。
「ありえない」
《隼》が呟いた瞬間。
敵が視界から消えたことを悟った。
背後で空間を引き裂くような銃撃音。衝撃が《隼》の背中を突き飛ばす。
振り返れば、目の前の《隼》を無視して《鷹》の眼前まで移動していた《蒼影》が、対物ライフルで土手っ腹をぶち抜かれていた。
宙空でにわかに身体を捻り、直後、耐え切れずに真後ろに吹っ飛んだ。
敵影は再び真横を通過するのを見る。
そんな敵の判断に、《隼》は怒りした。
己が無視された、という事実に。
初撃を相棒に奪われたことに。
これでは格好がつかないではないか。何よりも、先生に見損なわれるではないか。
だから《隼》は地を駆った。彼が居た場所に、深々と二つの溝が削られ――胸に大穴を開けて飛んだ《蒼影》の真横に、彼は出現する。
その速度は、そうとしか見えぬ速さで彼を移動させた。
敵の反応はない。ただ、瞳が《隼》に向いた気がした。
気がしただけで、しかしそれはどちらであっても問題はない。
彼が放った拳は既に横っ腹を穿っていたし、装甲が軋む間もなく砕け散る感触があったからだ。
《蒼影》の肉体はきりもみして塀に叩き込まれる。
塀はそこを中心に放射状の亀裂を走らせ、とどまらぬ勢いで崩壊した。凄まじい轟音に、降り注ぐ塀の瓦礫が《蒼影》に叩き込まれる。
煙が立ちこみ、《隼》は大地に爪を立てて瞬時に停止した。
《鷹》との距離はおよそ数十歩程度。そこまで離れては居ないが――。
「マズイな」
自動拳銃を構えた佐渡が言った。
「ここだと、被害がデカすぎる」
形成者の戦闘能力はゆうに一騎当千。その為、民家が立ち並ぶここではあまりにも被害が甚大になりすぎる傾向がある。
そして、形成者は先のとおり、コアを破壊されない限り、死なない。
戦いは、必然的に長引くのだ。
「そうすね。……おいトシ、場所を変えよう」
「了解」
《隼》は瓦礫に埋もれる《蒼影》を引き抜こうとして、息を呑んだ。
敵の影は、その中に無かったのだ。
「上だ!」
佐渡は叫び、照準、発砲する。
弾丸は見事宙空に跳び上がった《蒼影》の顔面を穿つが、火花が散っただけだった。効果はまるでなく、期待する者も、まるでいない。
まるで戦車に拳銃だ。豆鉄砲に等しい。
牽制にすらならない。嘆こうとした時には既に、《隼》は同じ高さに跳び上がっていた。
思い切り身体を捻り、そのバネを開放するように右腕を突き出す。下腹部に衝撃をぶち込むように、《蒼影》を殴り飛ばした。
「十時方向――あの遊歩道に誘導する! あそこは丘に続いている。舞台にはちょうどいいだろう。ついてこい」
「おうよ!」
《蒼影》の煙が尾を引いて宵闇に焼き付く。虚空を貫いて吹き飛ぶ《蒼影》の後を、紅い輝きの残像だけを残す《隼》が追っていった。
《鷹》が高らかに返事をして走りだす。無骨にして超重量な外見の割に、軽快に路地を抜けた。
通りに飛び出した所で立ち止まり、動かぬ佐渡へと振り返った。
「何してんすかケンさん、行きましょう」
「形成者の戦闘におれは邪魔だろう。というか帰りたいんだが」
白々しく言う。佐渡は額に冷や汗を浮かべて、肩をすくめた。
「この状態のオレたちを散々ぶっ飛ばしてきた男の言葉ですか!? ほら、早く!」
手招きする泥の塊のような男が手招く姿に、
「くそったれ」
佐渡は毒づいて、《鷹》を追い抜いて走りだした。
十時方向――件の遊歩道へは、走っても十分はかかってしまう距離であるのだが、今は是非も無い。
《蒼影》をたたき落としてしまったのは、あの広場だった。
屋根伝いに殴り飛ばしながら来た遊歩道の広場に、敵は落ちた。ベンチを上から押しつぶして粉々に破壊し、腹の大穴を修復した形で倒れ伏した。
《隼》はその傍らに着地する。
短く息を吐いて――思う。
妙だ、と。
なぜここまで無言で叩きのめされるのだ。
結晶化が一切進んでないこの個体は、故に彼らと同じく意識があるはずだ。ならば襲う理由はともかくとして、悪態や何か、一言でも、息を飲む気配でも見せておかしくない。
だがこれまで、それは一切無く。
《蒼影》は、何の問題もないように再び立ち上がった。
「貴様は何者だ。俺たちを狙うのは、やはりコアか? 認識記号を名乗れ。俺も残りが短い命だ。任務さえ達成すれば、わざわざ戦闘などする必要はなくなる」
《隼》の言葉に、《蒼影》は立ち尽くしたまま沈黙を守る。
答える気配はない。
彼は短く舌を鳴らし、苛立たしげに言った。
「まだ若いのか。己の力を試したい、といった具合か。ならば分かっただろう、貴様はフェアではなく、故に俺たちもフェアではなくなった。死にたくなければ形成を解いて、失せろ。一度だけだ、俺達が目を瞑るのは」
形成をして出現した時点で、敵意があると言っても過言ではない。むしろ、その証明でもあるのだ。
さらに形成状態は寿命を削る。
その《蒼影》は未だ無言のまま――大地を弾いた。
腰に手を回す。振り抜いた何かが、長大な白刃だと悟った時には、《隼》は既にそれを腕で受け止めていた。
火花が散り、衝撃が振り上げた腕を叩き下ろす。
凄まじい腕力。恐ろしき膂力。
右腕を垂らした形で《蒼影》の前に立ち止まり、下から切り上げる逆袈裟が《隼》を襲う。
黒い刀身が、《隼》を斬り裂いた。
何が起こったのか、一瞬理解が遅れる。その衝撃に身体が僅かに仰け反る。
その隙に、斬撃が五度閃いた。
《隼》の胸部を中心に花が咲く。放射状に走った亀裂が、その肉体を勢い良く吹き飛ばす。
紅い液体が尾を引き、水面を走って飛沫を上げて、ゆっくりと沈むように池の中に落ちていった。
――疾い。
単純に油断していたという事もあるが、しかしその速度は《隼》に匹敵する。
否、身の丈の野太刀を"武装"しているのだ。単純な攻撃速度だけだったら、完全に上回っていた。
「名無しが……!」
怒りが猛る。
浮上してから水面に拳を振り下ろせば、爆音と共に森林を突き破るほどの高い水柱が上がった。
その勢いで《隼》は地上に舞い戻り、武装しかない《蒼影》へと立ち直った。
胸の傷は既に癒えた。
言うならば、
「初期構想型を舐めるな」
そう告げた瞬間である。
夜の静寂をけたたましい銃撃音が引き裂いた。
直後に、《蒼影》の頭がはじけ飛ぶ。
動きを止めたその影に、《隼》が肉薄。腰溜めに構えた拳を、鋭い貫手に変えて水月を穿った。
装甲に衝撃。一点にかかった凄まじい圧力に亀裂が走り、容易く砕ける。ぶちぬいた肉体を通過し、手のひらが"降りてきた"コアを受け止め、握り、勢いを乗せた拳が背骨がある背部の装甲へと抜けた。
引き抜けば、腕の返しが装甲をズタズタに砕いて散らす。
手に握られた鮮やか過ぎるほどに蒼く、鈍く輝くゼリー状のコアを、《隼》は握りつぶした。
垂れて流れたコアは、再び彼の足元でコアが固まる。まじりっけなく透き通るコアはやはり、破壊することは出来ない。
――コアの位置が把握できないなら、目的の位置まで促せば良い。
それは形成者の戦闘で、定石とも言える手段だった。
二人一組で行動する理由の一つでもある。
《蒼影》の肉体が倒れ、そして蒼い輝きを放ったかと思えば、ぼうっと焔が灯る。蒼い焔だ。
それが装甲を焼き、溶かし始める。眺めていれば、やがて跡形もなくなった。
「トシ」
形成を解いた高城が走り寄って、《蒼影》のコアを拾い上げた。
伊達も同じく元に戻り、肩で息をしながら答える。
「すまない。助かった」
「気にすんな。にしても……」
「そうさな。妙だ」
遅れて、玉の汗を流す佐渡が言った。
「ありゃ、おかしいだろ。ぶちぬいても、砕いても、何も出やしねえ」
顔をしかめながら、膝に手をついてなんとか呼吸を整える。
二人は佐渡の言葉に頷いた。
形成者の中身は筋肉と血液だ。だからぶち抜けば筋繊維や鮮血が散るし、それが焼ければ治癒に通常以上の時間を要するのだ。
今回の敵には、それが全く無かった。
異常である、というのが彼らの意見だ。
「まったく。手応えすらありゃしねえ。こりゃ骨折り損だわな」
「ああ。それに撃破後の反応も異常だ。普通ならば、元の姿に戻って死体となるはずだが……」
形成者の最期は三通りある。
コアが穢れ『暴走期』に至るか、『安定期』のまま死ぬか。
前者は全身を結晶化し、破壊本能の赴くままに暴走する。それを危惧して行動を共にするもう一人の相棒が、それを撃破するのだ。
撃破すればコアもろとも全身が砕けて死ぬ。。
後者は人の姿が結晶に蝕まれ、全身が飲まれた時、自然に砕けて、コアだけが結晶化して残る。
そして今回のように、コアに異常が無いままそれを奪われた時、形成が解けてもとの人の姿に戻り、死に絶える。
だが《蒼影》は外骨格を燃やし、溶けて消えて無くなった。
残ったものと言えばこのコアと――武装していた、等身大の野太刀だ。片刃で、刀身が黒く、異常なまでに重い。拾い上げようとして断念し、結局は高城が担いで持ち帰ることにした。
「政府に報告するか?」
伊達の提案に、真っ先に佐渡が首を振った。
「馬鹿か。連中は、てめえの管理してる形成者に脱走する隙を見せるほど間抜けか? 明らかに、ここへ促してんだろーが」
「そうだぜトシ。下手すりゃオレたちゃ試されてたんだ。どうせ新型かそこいらの蒼影と戦って、そのデータが欲しかったんだろ」
苛立たしげに高城が言って、
「そうだ。ムカつくから姐さんにコアぶっ壊してもらおうぜ」
そう提案した。
犬飼ありすは第二期の形成者だ。同じく、今回の任務で追っている《兎人》もそうである。
彼女らは初期構想型のように特異能力を保有しないが、特殊な武装を持つ。
その武装は、最硬とされるコアを唯一破壊できる存在だ。決して破壊できないゼリー状のコアでさえも、不可能ではない筈だ。
「壊すな。いざというときの交渉材料にしよう。それにいざというとき、それを使えば良い」
いざという時――それは、コアの寿命が来た時。
平均寿命を十年とされる形成者は、その十年を堺に二つの期に至る。
伊達は八歳の頃から。高城は十五の時から形成者だ。
既にそれぞれ、九年と八年が経過している。
「お前らの立場は極めて低いが、だがその力は容易く政府を無力化出来る。だが行動をしたらしたで、お前らには生きては行けない世の中になる。世知辛えよな」
「まったくすよ」
「ええ。酷い世の中です。よりにもよって高齢の年寄り同然の俺たちを狙うあたり……随分と嫌われているようで」
「ホント、ひでえ話だ」
苦笑する佐渡をきっかけに、くつくつと漏れるような笑いが重なりあう。
緊張が解けて、自嘲めいた言葉が笑いを誘う。
本当にどうしようもない。どう足掻いても、どうしようもない。
まるで蟻地獄に落ちた蟻のように。
底なし沼にハマったように。
むしろあがけばあがくほど、深みにはまっていくようで。
何がおかしいのか、何がきっかけで笑い出したのかわからないくらい三人は腹を抱えて爆笑して、深夜の遊歩道の、ちょうど山と街の境目の辺りで盛大に反響した。




