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Loose × Loop × roots  作者: ひさまた病
通常版
8/48

1:居酒屋にて

 やがて高城も合流して、三人は昼日中から居酒屋に場所を移した。

 既にまだ薄暗い内からCQB(近接格闘)の訓練を終えていたので、午後はその打ち上げや、景気のいい話題のみを上げての談笑を予定していたのだ。

 日曜だからか、小洒落た居酒屋にはいささか人が多い。

 薄暗い照明の店内は、大きく開けて個室が無かった。壁を前にするカウンター席が多く、入り口の両側に長机の席がいくつか並ぶ。どこか大衆食堂にも似た作りだが、観葉植物や間接照明を取り付けることで、いくらかサマになった。

「ご、ご注文は……?」

 野戦服の大男に、同じ服装の若い男が二人。内一人は、剥き出しのライフルと対物ライフルを席に立てかけている。迷惑極まりないのだが、しかしいかにもあらゆる意味でアブなげな彼らに意見できる者は誰一人としていなかった。

 特に反対側の席で盛り上がっている大学生風の集団は、いくら女子がいても格好をつけられない相手と見て、声をやや潜めていた。

「生ビールを大ジョッキで」

 佐渡が頼み、

「あと……塩やきそば、と麦焼酎ロックで」

「チキン南蛮タルタルと唐揚げ。それに……烏龍茶を。ライスはできますか?」

「は、はい」

「では大盛りを。以上で」

「はい。それでは繰り返します。生ビールの大がおひとつ――」

 ハングリーなふたりの獣じみた視線を受けて、まだ若い女店員は悲鳴じみた早口で注文を繰り返し、そそくさと厨房へ引っ込む。席についていても、怒鳴るような注文が聞こえてきて、伊達は「ふむ」と頷いた。

「優秀な店員だ」

「おめーの目つきがわりィからだよ」

「何を言う。貴様の飢えた目つきに貞操の危機を感じたのだろう」

 伊達とて、怯えた様子に気づかなかったわけではない。

 いがみ合うように言って、二人は同時にコップの水を飲み干した。

 そんな二人のやり取りをみた佐渡が、快活に笑った。

「変わらんな、お前らは。いや、昔を思い出して、昔みたいになったってトコか」

 二人は形成者になったのが一年違いである。歳こそ六つも違うが、記憶を失ってから過ごした期間が殆ど一緒だからその仲はほぼ兄弟だった。

 そして、佐渡のもとで地獄を見たのもそれに影響しているのかもしれない。

 それを思い出して、三人は思わず苦笑した。

 男水入らず。家族のようなものだ。施設の人間は、医師を除いて他は誰も信用できなかった。無論、政府から来る監察の人間を含めて。

「先生も変わりがないようで」

「そっすよ。歳はとったくせにむしろ強くなってるってぇのが、ちょい反則じみてるけどな」

「何言っているんだ。おれはまだ四三だ。お前とはまる二十しか変わらんだろう」

「そうは言っても先生、俺は十七ですよ。マイナス三になります」

「そーですよ。ケンさんがオレと同い年の時、オレまだ三歳っすよ?」

「くそ、どいつもこいつも年寄り扱いしやがって……部隊でも、まだ二番目の歳だぞ? 上は五十だ。ジジイだぞ?」

 伊達と高城程度の歳の差だ、とは誰も言わなかった。

 これ以上言うと、佐渡は本当に拗ねかねない。以前来た時もヒゲを笑いすぎて、三日も早い渡米になってしまった事がある。来て、その日に帰ったのだ。以前は居酒屋で軽食して、すぐに市内の飛行場に向かったらしい。

 PMCから要請して、移送ヘリを呼び寄せたのだ。

 まったく頭が上がらない。施設を出てから、ナイーブになってしまったのだろうか。

 形成者なんかよりずっと凄惨な修羅場をくぐり抜けているはずなのに。

「まあ、飲みましょう! ケンさんも、日頃の疲れをとって、ね?」

 さっそく運ばれてきたジョッキの生ビールとグラスの焼酎、烏龍茶を各々に渡して音頭をとる。

「ほら、トシも! 乾杯!」

「お、おう……乾杯!」

「カンパーイ」

 青年と、少年と、中年の音頭が不協和音のように重なって響く。

 そうして料理が運ばれ、伊達ががっつき、それを高城がおちょくって、佐渡が無言のままニヤニヤして酒を呷る。

 そんな時間が、始まった。


「きーてくださいよぉーケンさんマジでぇ、トシこいつガッコーに通ってんすよ」

「ああ聞いている。良くやっているらしいな」

「やってねーすよ」

 がん、とグラスの底で机を叩く。中身は洒落た彩色のカクテルになっていた。

「数学がバカなんすよ。割り算でつまずいてるんですよ」

「違う。二次関数だ。さすがに四則演算くらいは出来る」

 口にタルタルソースをつけながら断固抗議する。彼が頼んだチキン南蛮は、もう三皿目だった。

「二次関数も出来ねえのか、伊達」

「う……そもそも! 施設で義務教育すら受けさせなかったのが問題だと思いますが」

「おれァよ、施設で身体だけじゃなく頭も鍛えろっつったろ。図書室で、教科書や参考書が揃っていたろう」

「図書館では主に夏目や太宰を呼んでいました」

「いや、知るかよ」

 数杯目のビールを飲み干して切り捨てた佐渡は、しかしふわふわとした口調の伊達に食いつかれる。

「三島は難しかったです」

「だから勉強しろっつってんだ。つーかなんだ、お前烏龍茶しか飲んでないのに顔真っ赤だぞ」

 言いながら、高城が伊達の烏龍茶に手を伸ばし、一口含む。

 ほのかに鼻から抜けるアルコール臭。独特の後味が、酒だと知らせた。

「あ、これウーロンハイだ」

「なにぃ!? あれだけビールをバカにしておいてノウノウと酒を飲みやがってんのかこの阿呆が! お前から酒を飲む資格を剥奪したはずだぞ!」

 ばん! とテーブルを叩いて立ち上がる佐渡。「まあまあ」と彼を抑えてから、店員に黒ビールを追加する高城。

「吾輩は猫である。名前はまだにゃい。にゃははは」

 もぐもぐとチキン南蛮を食べながら脱力気味に笑う伊達。高城の手からウーロンハイをかっさらい、一息に呷り、氷を噛み砕いた。

「おいセンリ、お前も少しは教養をつけたほうがいい。酒の種類より作戦を覚えろ」

 突然立ち上がったと思えば、伊達は見知らぬ客に説教をはじめる。客は狼狽しながら「大丈夫ですか? お連れの方は?」と優しく対応してくれるのをみて、高城は慌てて立ち上がった。

「すんません、ご迷惑をば……おいトシの馬鹿野郎、人に絡むな! お前はずっと座ってろ! プロのネトゲーマー以上に座ってろ!」

「なんだとセンリ、聞き捨てならん。俺がな? お前、俺は真面目に勉強をしている。ちなみに、次からはタルタル作るぞ。金曜日は南蛮チキンデーだ」

「はいはい錯乱すんな。ここにす、わ、る。んで水、ほい。飲めるか?」

「ばかにするな、ミネラルウォーターでなくても飲める」

 こく、こく、と女の子のように両手でコップを持って水を飲み干す。

 とろん、ととろけた瞳は潤い、今度はまた残ったチキン南蛮に向き直った。

 存外にもまともな高城は、ようやく一息ついて席に戻る。

 ようやく落ち着いたと思ってグラスを口に運べば、空になっていた。

「ケンさん、オレの酒飲んだ?」

「ああ。黒ビールが遅いからな。酔いが覚めたぞ」

「……じゃあなんで、オレが頼んだなんこつがジョッキの中に入ってるんですかねえ?」

「こうして喰うからだ!」

 言って、ジョッキを呷る。コロコロと転がったなんこつ揚げが、大口を開けた佐渡の中にどんどん入って姿を消していく。

 豪快過ぎる食い方に高城は胸焼けしながら、

「がはは! うまい!」

 むしろ拗ねて早く帰ってもらったほうが良いかもしれない。

 開始二時間の宴会で、そう思い始めていた。

 残酷にも、時刻はまだ十四時だった。


 時たま店長が様子を見に来て、「他のお客様にご迷惑になりますから」とこってり絞られた。

 伊達が未成年であることを見ぬかれはしなかったが、酔った彼は正規の手段で手に入れた、住所欄が空白の運転免許証のコピーを取らせ、

「何かあったらこれを警察に提示しろ。君たちに何一つとして罪はない。強いていうなら、烏龍茶とウーロンハイを間違えたことくらいだが、俺は気にしない」

 そう言って、店を後にした。

 事実、仮に警察に捕まったとしても問題にはなるまい。

 なにせこの咲玉しょうぎょく市は特別行政区に制定されている。彼ら、形成者の存在が行政機関として扱われるからだ。

 だから警察とも協力関係にあるし、そもそも形成者の時点で年齢など殆ど関係なくなってくる。

 ――やがて三人は、早くも日をまたごうという時間に帰路についていた。

「センリ……」

 伊達は完全に出来上がって、高城に肩を担がれてなんとか歩く。

 その後ろを歩いていた佐渡は、いつの間にか居なくなっていた。近くのホテルに泊まっているから、と頭の中に残るフレーズを思い出し、気づかぬうちに別れたのだろう。それか、単純に別れたのを忘れてしまったか。

「どうした? 大丈夫か?」

 酒の飲み方も知らずにがぶがぶと呷っていた相方にため息の一つをこぼしながら、どこか疲れたような表情を浮かべる。

 日本人離れした髪色、顔作りは確かに日本人離れしていたことが原因だった。母親が日本人で、父親がフランス人。瞳はブラウンだが、血は日本とフランス。そうして国籍は日本だ。

 父親と意気投合した理由は、二人が生粋のアニメファンだから、だったりする。

「気持ち悪い」

「ほっとけ。お前よりはマシな面だと自負してるつもりなんだがなあ?」

「違う……気分が悪い、頭が痛い、吐きそうだ。回る、回る、世界が回る……」

「おい、落ち着け。ほら、ここで少し休むか」

 おろろろ、と電柱の影に吐しゃを撒き散らす。跳ねっ返りで裾が濡れるが、高城は大して気にしない。

 これで相方が、飲み友だちにもなった気がしたからだ。

 これに懲りなければ、また酒でも誘って一緒に飲もうと思う。

 今度は犬飼も加えれば、さぞかし楽しい酒盛りになるだろう。

 伊達の背中を擦りながら――遠くから、異音が響くのに気づいた。

 銃声だ。

 濁って沈殿した伊達の意識はそれで覚醒し。

 酒で冴えた高城の頭は無意識に、肩に担いだライフルを手にとった。

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