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Loose × Loop × roots  作者: ひさまた病
改訂版
48/48

終章「Restert」

「ああ?」

 不機嫌な声で大男は問い返す。右腕を三角巾で首から吊り、全身を包帯で締め付けた痛々しい姿ながらも悲壮感など微塵もない声だった。

「だから、あの男をどこへやった?」

 病院の一室である。全治半年を申し渡された男へと、その黒スーツの中年男性は懐から拳銃をちらつかせながら言った。

 オールバックで、銀フレームのメガネをかけた男だ。まだ若々しいものの、年齢は佐渡健介とほど近い。

「しらねーな」

 あの男――ファンはあの夜に撃破されてから、《幻影》ごと姿をくらませた。追跡のために埋め込んだチップも反応しないことから、死体は処理されたと踏んでもいい。

 だが外骨格までは破壊しきれなかったはずだ。五○口径の対戦車ライフルでさえ破壊しきれないのだ。いくら形成者とは言え、不可能なこともある。

 ファンはともかくとして、彼らはその外骨格を回収しなければならなかった。

 あれは人類の叡智だ。たとえ旧歴の産廃とまで謳われた、よもや寿命間近の、再現不可能の人間兵器に破壊されたとは言え、彼らが唯一創りだした『戦略兵装』なのだ。

 データはある。

 素材も、部品もある。

 だが時間ばかりは有限だ。できることなら、一部だけでも残っていれば、それを回収して流用し、さなる向上と共に再構築したい。それだけで、時間は半分以下に短縮できる。

「ふざけたことを」

「言うんじゃねー、ってか?」

 銃口にサプレッサーを装着したコルト・ガバメントが背広の下から抜かれる寸前に、男は後頭部に突きつけられる冷たく硬い感触を覚えた。

「知らねえんなら、知らねェんじゃねえの?」

 彼はゆっくりと拳銃を戻し、両手を上げる。途端に全身の筋肉が己の意思を無視して痙攣を始める。まるで数十時間も微動だにせず立っていたかのように、腿がプルプルと震えだした。

「だ、だが……」

「なああんた、面会用紙はしっかりと書いたかい? 面会カードはねェみたいだが」

「……か、書いていないが」

「なら防犯カメラも避けてきたんだろうな。人目も注意して、誰にも見つからずに来たわけだ。優秀だな、佐渡さん?」

「は、全くだな。おれの部下に欲しいくらいだ」

 佐渡は破顔して言った。黒スーツの後ろの男を一瞥してから、にやにやと改めて男を見る。

 不思議と汗が出ていない。身体の本能的な危機感を、頭が理解しきっていないのだろう。

「あんたはここに来なかったことにもできるんだぜ?」

 青年の声に、男は答えない。答えられない。

 交渉を望んでいるのはわかるが、しかしこの手合いは、ちょっとした気変わりで容易く命を奪ってくる。

 譲歩どころか、一ミリたりとも下手を打てないのだ。

「な、何が望みだ……?」

 後頭部にライフルを押し当てられながら言う言葉は、まるで異国に来たかのようだった。

「娘か、こりゃあ? ……へえ、いいとこに住んでんじゃねーか」

 そんな言葉と共に、後ろから何かが投げられる。床に堕ちたのは、彼がポケットに入れておいたはずの財布だった。折りたたみの財布は開き、家族の写真と、運転免許証とをばら撒いていた。

 背筋がぞくり、と悪寒を走らせた。愛娘は高校生にあがったばかりで、家も一等地に立っている。家族円満で、仕事は危険だがその分給料も高いので満足していた。

 全ては順風満帆――の筈だったのだが。

「娘はかわいいか、城田さんよ?」

「やめてくれ……わ、私は、どうなってもいい。覚悟はできている! だが娘は」

 ごつり、と少し強めに銃口で頭を小突く。

 苛立たしげな声で青年がたしなめた。

「静かに喋りやがれ。オレの”お願い”はシンプルな一つだけだ――当分、オレたちの事は放っておけ。いいな?」

「あ、ああ。わかった。何があっても、絶対に」

「てめェらの身内が嗅ぎまわってたら――」

「私が止める。絶対に、何があっても君たちに関わらせない。この命に賭ける。自棄になって、私もろとも君たちに襲いかかったりもしない」

「言質はとったぜ。んじゃあ、イイっすか? 佐渡さん」

「ああ、充分だろう。ったく、これでおれも無職か――仕方の無い話だが」

 佐渡の言葉に苦笑しながら、彼は城田の尻を蹴り飛ばす。前のめりに転びそうになるのを、運動不足の身体で必死に耐えながら姿勢を整えた。

 振り返らずに、後ろ歩きで少し戻って財布を拾い、そうして病室のドアに手をかける。

「おっと、言い忘れた」

 かちゃり、と後ろで音がする。肝が縮まり、息が止まった。

 言葉は耳を澄ますまでもなく、すぐに継いで放たれる。

「誰にも見つからねェように帰れよ。お疲れさん、気をつけてな」

 もはや言葉も無く、城田はゆっくりと病室を後にした。

 扉を閉めた途端に、どっと汗が額から、体中から溢れ出る。それでも無心に人の気配を気にしながら、スパイ映画さながらの機敏さで病院を辞した。

「今度はみんなで見舞いに来るよ」

 解体が終わったライフルをケースにしまう。ケースは少し大きめにバイオリンケースみたいな形で、青年の印象をまた別のものにしている。

 四十すぎの巨漢はその言葉に少しさみし気な顔をした。

「もう帰るのか」

「あんたの為に一週間も張ってたんだ。そろそろ顔でも見せないと、いくらなんでも墓ァ建てられそうでね」

「はは、そりゃいい」

「笑いごとじゃねーッスよ」

 ケースを肩に担いで、両手をポケットに突っ込む。そこでようやく一息。

「しかし、まあ」

 なんという事か、と男は言った。

「オレたちに救済の道があるとはねえ」

 初期構想型に暴走期は無い。どちらにしろ関係の無かった彼だが、佐渡の言葉には驚いた。

「初期構想型っつーのは、未だに誰も作れないくらい完成された兵器だ。いわゆる超常兵器ブラックボックスだとか、触れ得ぬ技術ロストテクノロジーみたいなもんだな」

「皮肉なもんスねえ。佐渡さんも不死身だし」

「あと五分遅けりゃ肉が炭化して死んでたらしいからな」

 まさか胸をレーザーで貫かれて生きているとは、本人にも予想がつかなかった。医者は全力を尽くしてくれたし、また本人の生命力が強かったお陰もある。だが一番の理由は、救急車の手配が迅速だったお陰である。

 結局、彼は誰がそれを呼んでくれたのかは知らない。

 そしてまた、ファンと《幻影》がどこに居てどこにあるのかも、わからない。当分の間は、本当に療養の時間なのだ。

「ま、今度は酒でも持ってきますよ」

「看護師のねーちゃんに怒られるから要らねーよ」

「ははっ! んじゃ、お大事に!」

「お前もな」

 軽く手を振って、男を見送る。

 少し静かになった病室に、爽やかな風が吹き抜ける。カーテンが揺れて、点滴の管も揺れる。

「ふぅ……寝るか」

 無精髭を撫でてから、時間を見る。時刻はまだ午前の八時三○分だ。運ばれてきたばかりの朝食はまだ手付かずだが、命をねらわれたばかりなのに食事が出来るほど頑丈な胃でもない。

 また寝てれば、看護師が起こしてくれる。彼のささやかな楽しみだ。

 そんなことを心待ちにしながら、横になる。

 次に目を覚ました時には昼が過ぎ、昼食さえも片付けられてしまうことも知らずに。


     ❖❖❖


 学校は暫く休校になったと言う。

 新しく建て直すのだそうだ。岩盤が砕けて校舎自体が傾き、また校庭も舗装しなければならない。体育館もそうだが、プールも底が割れて周囲が水浸し。付近の地面がグズグズに緩んでいたらしい。

 幸い、深夜に構内を警備していた警備員はすぐさま避難したため怪我はない。

 周辺住民の家も窓が割れた以外の被害は無いようだった。

 事件は、隕石の落下でひとまずの決着を付ける。その夜に聞いた怒号や銃声、発見された二人の男の存在は、その夜の内に闇に消えることとなった。

「ふう、結構いい運動になるな」

 十字に組んだ杭を立てた伊達は、額に滲んだ汗を拭った。

 作ったのは墓標で、その杭には「高城千里」と刻まれている。死体も、コアも無い。そして生きているのだろうけれど、もう一週間も音沙汰が無い。

 だから死んだことにした。

 散々人を心配させておいて、最後の最後で安心させたと思いきや放置しているのだ。あんな男など、死んでいたほうがいい。

 足元に置いていた缶ビールを拾う。蓋を開け、墓標にぶちまける。

 その寸前で腕を掴まれた。

「何をする」

「もったいねーな。こいつはな、こう」

 手の中から缶ビールを奪って、そいつを一息で飲み干した、

 明るい茶髪をより一層明るくした青年が、締まりのない笑顔で伊達を見る。

「くゥ~ッ、うまい! 一週間ぶりの酒はなあ、飲むもんなんだよ!」

 高城千里は変わりがない様子でそう言った。

あの時《幻影》に奪われたコアは《赤影》のモノだった。あの強制的な暴走もそれに起因するもので、だからこそ取り除かれて以降は元に戻ったという他ない。事実、無事で異常がないのだから仕方がない。

 対する伊達は、左目に眼帯をつけていた。それ以外に変化はないが――首、両腕以外の結晶化の代償として、左眼球が生身でも結晶となってしまったのだ。

「生きていたのか」

「オレが死ぬとでも?」

 悪戯っぽく笑う。

 伊達は憮然とした顔のまま、墓標を蹴り倒した。半日かけて作ったシロモノだが、なんの悔いもない。

「んで? ファンはどーしたんだよ」

「ああ、あいつ?」

 後ろからガサゴソと草葉をかき分けながら答えるのは犬飼だ。

 その後ろから、白いワンピース姿の卯野が追ってきていた。

 ――そこは、彼らの自宅からほど近い遊歩道の、順路から外れた森の中だ。斜面も高さも大したことがないから、子どもたちの探検の場にもなっていた。

「あの人なら、捕まえた次の日に逃がしてちゃって」

 てへ、と舌を出しておどけてみるが、そんな卯野のお茶目さには誰も目もくれない。

 言葉を継ぐ犬飼は、いつものタンクトップ姿で胸元に深い谷間をつくっている。腰に手をやる彼女に、高城は指でカメラを作って様々なアングルから覗き込んでいた。

 その青年の後頭部に肘鉄を落としてから、犬飼は咳払い。本題に戻る。

「死んじゃあ居ないとは思うけどね。政府に逃げ帰ったようにも見えねーわね。プライド高そうだし」

「プライド以前に、けじめだろう。このまま戻っても処分されるのは明白だ。着脱可能なら、中身は誰でも構わない。完全に使いこなせなかったのなら尚更要らないだろう」

 そして、秘密を知っているから生きて帰すわけにもいかない。

 なるほど、彼には勝って帰る道しか無かったのだ。

「へー」

 興味無さそうな声で高城が頷き、

「あ、そうそう。佐渡さん、意外と元気だぜ」

「本当か?」

「なあ、オレが出てきた時より食い付くの辞めてくんない? 地味にショック」

「貴様はいっそ、首だけで帰ってきたほうが涙腺も潤むんだがな」

「ひっで! 最後のアシストはオレだぜ!?」

「だからだよ。生きているならさっさと顔を出せ。無理なら連絡の一つでもよこせ馬鹿が!」

「ファンのことで佐渡さんが狙われてたから、オレが守ってたんじゃねーかよ」

「電話ができただろう」

「いきなり来たほうが驚くだろ?」

 したり顔で言ってみせれば、伊達の顔がむっと引き締まった。

 額に浮かぶ血管がぴくりと弾ける。

 隠しもしない苛立った顔で、伊達は高城を睨んだ。

「ああ、驚いた。こいつで満足か?」

 高城は肩をすくめて苦笑する。横に並んだ犬飼を一瞥すれば、彼女も伊達を見て、くすくすと笑い始めた。卯野さえもそれに便乗して、伊達はバツが悪くなってそっぽを向いた。

「ねえ伊達くん」

 やり場の無い手で痒くもない頭を掻いていれば、横にやってきた卯野が腕に抱きついてきた。

「なんだよ」

 後ろで着信音。訝しげな顔で、高城が対応する。

「もしもし――」

「これからどうする? 二ヶ月くらいは、ガッコは休みみたいだけど」

「君はどうするつもりなんだ?」

 自分には何もない。

 いや、彼ら以外のものは、何もない。だからするべきことは、毎日の料理だけなのだ。

 趣味も今のところは、もう無い。ジグソーパズルも、読書も、やる気はない。

 ただ――学校があるなら、行ってもいいとは思っている。彼女と一緒なら、もう大丈夫な気がしていた。

 だから改めて卯野櫻子を見ると、少しだけ気恥ずかしい。目があってから、慌てて視線を逸らすと、彼女は不思議そうな顔をしてから、いたずらな笑顔で顔を覗きこんでくる。

「私はね、当分は伊達くんたちと一緒に居ようかなって思ってる」

「親はどうするつもりだ?」

「当分は、だよ。学校が始まったら戻るよ。友達と一緒に、休みを利用して旅行してくるって言うの。それで、今度は私が料理をお披露目して、伊達くんと一緒に作ったりして……楽しくなると思わない?」

「そうだな。人は多いほうが――」

「――ああ? 伊達が、なんだァ?」

 自然と口元が緩み初めたさなかに、キツ目の口調で高城が言葉を返す。「ふんふん」と唸るような相槌とともに、「ちょっと待ってろ」と端末を耳から離して、伊達に突き出した。

「誰だ」

 不満気な半眼で高城を見る。彼は頬肉を引き攣らせながら、「オレを睨むなよ」と言ってから答えた。

「福中だよ。《梟》――初期構想型、認識番号A―2」

「ああ」

 確か都市近郊で、唯一政府を拠点として動いている形成者だ。

 彼から連絡を寄越すなんて、嫌な予感しかしない。

「櫻子」

 伊達は彼女の手を引いて歩き出す。

「あ、おい! どーすんだよ、電話ァ!」

「これからみんなで旅行に行こう。少し遠出して、温泉地をめぐって、美味い飯を食って、良い景色を見て」

 しょうがない、と高城は苦笑交じりに端末を耳に当てる。嘆息一つ、怒られるのを覚悟して言ってやろう。

「まあ、つーわけで。オレにはどこに居るか、皆目見当もつかねえ」

『おいふざッ、ふざけんなよッ!? マジでヤバいんだって! 初期型が集まって、なんとかなるって言うようなとんでもねー大事が――』

「あー、わり……なん――電波が、悪……ん……そーゆ、ことで」

『見え透いたことしてんじゃねーぞ高城――』

 ぷつり、と通話を切る。そのまま電源を落としてしまえば、現在地すら掴めない。

「いいの?」

 犬飼が問う。

 高城は笑顔で頷いた。

「ウチの大将が良いんだから、良いんだろうよ」

 気だるそうに、だけれど楽しそうに両手を頭の後ろで組んで、伊達の後を追っていく。

 そのあとをついて行く犬飼は、やがて立ち止まり、後ろを振り返る伊達を見て微笑んだ。

「おい遅いぞ、迅速に行動しろ」

「うっせー、お前がはえーんだろーが」

 鬱蒼と茂る森の中で、神からあらゆる祝福と幸福を奪われた彼らは、それでも共に笑いあい、前へと進み続ける。

 人にはそれが出来る。人だからこそ出来る。

 彼らには、自分で切り拓く可能性が無限に広がっている。 

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