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Loose × Loop × roots  作者: ひさまた病
改訂版
45/48

4.再起

「伊達くん?」

 濃霧に包まれてから、五感のほとんどが利かない。

 その中で、不意に現れた《隼》は救いだった。

「よかった。私はまだあの敵と接触してないけど、気をつけ――」

 言い切るよりも先に、顔面を殴り飛ばされた。

 予備動作などない。目の前にやってきた彼に顔を向けた瞬間に、顔を殴られたのだ。

 大きく仰け反りながらも《兎》は倒れない。慌てて飛び退いて距離を取ると、背後から《隼》が現れた。

 それを一瞥し、前を見る。そこにも彼が居た。

 横にも現れた。四方八方、全く同じ風貌の《隼》に囲まれていた。

「な、なん……」

 これは、違う。

「何なの、あなたたちはッ!」

 右腕の手を収容。そうして出来上がる砲口。

 プラズマ砲を急速充電。

発射――霧を引き裂いて、敵を蹴散らして、地面を蹴り後退。

 まばゆい輝きの残滓が視界に残る中、それでもようやく視界が開いた。

 筈、だったのだが。

「どういう、事なの?」

 霧の失せた空間に、怒涛となって流れ込んでくる霧。まるでどこかに霧を噴出する機材があって、執拗に辺りを埋め尽くしてくるようだった。

 そしてそれに触れれば、瞬く間に《隼》の影が増えてくる。

 彼女はにわかに溺れる感覚を覚えながらも、いらだちと恐れを押し殺して、それに対する策を巡らせた。


「……ふう、ったく、キツいわ」

 霧に異変を感じ取った《猟犬》は、即座の判断で校舎内に逃げ込んだ。霧が侵入してこないのを確認して、彼女はそのまま階段を登って屋上を目指す。

(にしても、こんな形で戦力を分断されるなんてねえ)

 三人同時に来ても負けるわけがない。そう威張り散らすような男だとおもいきや、中々狡猾で頭の回るヤツだったようだ。

それに、あいつは硬い。

 この問題を、どうするべきなのか――そう思考するも、それらを遮るほどの爆音が鳴り響いた。

 頭上で怒鳴り声が聞こえる。

 金属がぶつかりあう異音が響く。

 《猟犬》はそれだけで音の主を察し、急ぎ足で屋上へと向かった。


変幻自在とまで言わしめる柔軟な蹴りが《隼》を襲った。下方から振り上がり、鞭のようにしなって頭上から振り下ろされる脚を腕で受け止める。

 力任せにその腕を引けば、返しの部分が装甲を削った。きぃん、と金属がえぐれる音と火花が散った。

「貴様はその手で、その脚で、今度は誰を殺すつもりだ」

 冷えきったような声が冴え冴えしく響く。

 目の前の《幻影》はその背から黒煙を吐き出し続けるも、あまりにも激しい挙動ゆえにすぐにかき乱されてしまう。

 だから屋上の、彼らが対峙する部分だけが綺麗に円を描いて煙の中に穴を開ける。

 《幻影》は拳を振り上げる。

 だが床を蹴り飛ばした《隼》は刹那にして距離を詰め、その腕を掴み上げる。

 ほとんど顔がぶつかるほどの距離で、彼は怨嗟を吐き出した。

「俺の仲間か? 俺自身か?」

 《隼》の握力では腕を握りつぶせない。

 だから敵機よりも圧倒的に早い機動で膝蹴りを腹に叩きこむ。《幻影》は呻くような声を上げてたたらを踏み、バランスを崩して後ろへ倒れこむ。その動作の中で放った蹴撃は完全に《隼》の虚をつき、足首はしなやかに、彼の首を蹴り飛ばした。

 通常の二倍以上に首が伸びて、身体が吹っ飛ぶ。《隼》は柵近くの床に叩きつけられ――バック宙で姿勢を正した《幻影》が着地と共に屈み込む。力強く溜めたバネで飛び上がり、倒れこんだ《隼》の胸に膝をぶち込んだ。

「まずはお前だ」

 亀裂が走る胸部。鉄杭で頭を穿ち、空いた手で胸の装甲を引きちぎる。

 《隼》の両拳が、抵抗と言うにはあまりにも強烈すぎる拳撃を無数に打ち込んでくるが、《幻影》は怯まない。やがて空いた胸の奥に、二つのコアを発見する。

 顔面を拳がかすり、引き際に鉄仮面を削る。腹に叩きこまれた肘が、そのまま装甲を抉る。どれも手痛い一撃だった――つい数秒前までは。

 《幻影》はついに六つのコアを手に入れた。

 鉄杭を引きぬき、《幻影》はのったりと身体を起こす。対照的に、弾けるように起き上がりざまに《隼》に蹴りを打つ。敵影はまるで避けることを知らぬように身体をくの字に折り曲げて吹き飛んだ。

 《幻影》はその身体を階段室の壁に叩きつける。コンクリートの壁にクモの巣状の亀裂を走らせ、パラパラと破片を散らせる。

 磔のように壁に埋め込まれたその姿に、しかし窮地の色は決して無い。

 両手に握った緑と橙のコア。

 それが手の中から消え去った時――。


「お前だけが不幸だと思っているのか?」

 目の前にいた筈の《幻影》の声が、後ろから聞こえた。

 振り返る直前に階段室を見る。そこには《幻影》の姿は無い。

 そして振り返るよりも早く、脇腹に膝蹴りが叩きこまれた。

鋭い衝撃に外骨格が粉々に砕け散った。あらわになるピンク色の筋繊維の中に手を突っ込んで、《幻影》は脇腹を貫通させる。

「私がどれほどの死を経て、どれほどの血と汗を流してきたかしっているか?」

 腕を引きぬき、そのまま肘で側頭部を殴り倒す。腕を伸ばし、首を脇に挟み込み締め付けた。

「知らないだろう? だから、お前の苦労も不幸も、私は知らんッ!」

メキリ、と嫌な音が鳴った。

 首の装甲が、柔らかくもしたたかな外骨格が、単なる関節技に悲鳴を上げた。

単純な技だ。だからこそ隙が無く、極められれば脱する手段を失う。

「その手で足掻け! 掴み引き裂くのがたとえ空虚であろうともな!」

 《幻影》の言葉を最後に、たった一息で首がへし折れた。装甲が引きちぎれ、生首が床に叩きつけられる。

 頭部にコアを持つ《隼》は機能停止する。

 だからその後に耳をつんざく《猟犬》の大絶叫は、決して届くことはなかった――。

 ――誰か教えてくれ。

 力なき思いは、容易く踏みにじられて良い物なのか。


 否。

 ごうっ! と暴風が耳元を通り過ぎる。凄まじい勢いの何かが、首筋スレスレの位置を通過した。

 身体がびく、と跳ねる。

 思わずそのまま腰を落とせば、ちょうど《隼》の頭上を拳が掠めた。

「っ!」

 夢だったのか? 《隼》は思わず緊張した全身の筋肉のハリ具合で、己が正気であることを確認する。それと共に、これは現実だと信じた。

 自分は死んじゃいない。

「《隼》ァッ! 寝てんじゃねーわよ!」

 辺りは炎に包まれている。鬱陶しいくらいに溜まっていた黒煙も、今では嘘のように晴れていた。

 腰に溜めた拳に捻りを加えながら解き放つ。瞬間、その腕に確かな手応えを残しながら、《隼》は後ろへ吹き飛んでいた。

 脚が顔面を蹴り飛ばしたのだ。

 勢い良く鉄柵を歪めて身体を受け止められる。

 そのまま横に転がれば、彼が居た地点をぶち抜く足先。鉄柵ごと《幻影》は落ちていく。

「はぁ……何だ、あいつは」

 汗もかかず、呼吸も乱れない。だけれどそれらを無意識に行うように、額の汗を拭って呼吸を整えた《隼》は、屋上から校庭をのぞき込んでいた。

 今更、ぞくりと背筋が凍える。

 酷い夢だった。そして妙なまでにリアルな幻想ゆめでもあった。

「ナニ呆けてんのよ、バカ。驚かせないで」

「《猟犬》ともあろう女が、いちいちビビるな」

 黒煙を引き裂くように閃光が迸る。天空を焦がすほどに伸びたそれは、その校庭を埋め尽くす黒い影に穴を穿った。

 その中心には、右腕を高々と掲げる《兎》。それを認めた途端に、《隼》の声色は少しだけ柔らかくなる。

「死ぬわけ無いだろうが、この俺が」

 今度はどこか自信ありげに、そして同時に自嘲気味な意味を言外に含んで言った。

 屈み込み、伸ばした手は犬の頭を軽く叩く。くすぐったそうに首を振る年上の女は、どこか幼さを忘れられぬ所作で言った。

「でしょうね。あんたは、ただじゃ死なねーわよ」

「ああ。あのアル中の恨みを晴らさずに、のうのうと死ねるほど図太くない」

 《隼》は立ち上がり、己の背に手を回す。触れるのは展開している対のレール。それを乱雑に掴むと、勢い良く引きちぎった。

 痛みはない。そしてゴミとなった一メートル弱のそれを、何の感慨もなくその場に投げ捨てた。

 レールがあれば空気の噴出に指向性を持たせてしまう。あの霧は危険だ。そして一人で戦うのも危険だ。

 ならば――自分が道を拓くしか無い。

 でたらめに猛烈な空気を噴出すれば、独り通るくらいの道は出来るだろう。あの二人には、そこを追ってきてもらえればそれでいい。

「《猟犬》、作戦Bに移行だ」

「なにそれ?」

「擬似暴走だよ」

 コアは精神感応によって劣化する。怒りや悲しみによって増すのだ。時間経過は勿論、どちらかといえばそれが大きい。

 コアが暴走し、先ほどの《鷹》の状態になるのはどちらかといえば劣悪な精神状態による影響が多い。要は育て方の問題だ。綺麗で穏やかに過ごして寿命を迎えれば、暴走とはもっとも遠い位置で死ねる。

 ならば己の意思で暴走状態に至れるのではないか?

 左頬の結晶を撫でながら《猟犬》を一瞥する。

 自分に足りないものは何か。

 怒り。悲しみ。憎しみ。希望。絶望。

 否。それは単純にして純粋な敵意だった。

「先に行ってくれ」

 懇願にも似た言葉は彼女のため。身近な人間が暴走するのを、もう見せたくなかった。

「もう飛び降りたくないんだけどねー」

 苦笑するように首を振って、彼女は鉄柵が落ちて開いた屋上のふちに立った。

「仕方ねーわよ。絶対に、来てよね?」

「ああ、必ず」

「ん。じゃ、待ってるから」

 彼女は短くそれだけ言って、地上十ニメートルから身を投げた。

 《猟犬》が無事着地するよりも早く、《隼》は回想する。

 親友であった高城千里の死。

 ズタボロの雑巾のような扱いを受けた佐渡健介。

 これからあの女二人は、無残に殺されるだろう――それを明確にイメージし、コアに焼き付ける。

 人で言えば、鼓動が激しく高鳴った。人であったならば、呼吸が乱れただろう。視界が興奮で歪むし、酷いストレスにいてもたっても居られなくなる。

 その影響が、その身に起きた。

 全身がピキピキと音を上げて、足元から無数の面からなる結晶が全身を覆い尽くしていく。さりとて、色は漆黒。暗黒の中に生まれた結晶は、闇以外の色を知らない。

 それとともに――意識だけが浮き彫りになるように、鮮明になっていった。神経が鋭敏になって、感覚が冴え渡る。

 やがて首から下までが腕を除く首から下までが結晶に変わる。幸い、背部のレール痕は塞がっておらず、機能は正常のままのようだ。

 これは暴走ではない。

 そのまま砕け散る運命の――安定期。皮肉なものか、血で血を洗う戦嵐から最も離れた最期だったが。

(問題ない)

 冴え冴えとした胸の奥にわだかまる、たった一つの悪意を感じ取った。

 《幻影》に対する、あまりにも尖すぎる敵意の牙が猛烈な輝きを放っていた。 

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