1.対峙
「先生が、死んだ?」
うつむく犬飼が顔をあげた。驚いた顔をして、キョロキョロと辺りをうかがうように見てから、消え入りそうな声で漏らした。
「救急車……」
「どうした」
「あたしが佐渡さんを発見した時に、ファンが近くに居た。それで今、多分その付近に向かって救急車のサイレンの音が聞こえてきたのよ。気のせいかと思ったけど、そこで停まった。間違いない」
「助かる可能性がある、ということか?」
「多分だけど、そうよ」
「本当か!?」
いきりたったように伊達は彼女の両肩を掴んで睨むように目を見開いた。
彼女は嬉し半分、困惑半分といった複雑な顔で伊達をいなし、一歩分距離を開けた。
「いったいなあ……興奮しすぎよ。それと良い報告の方はね、《影》シリーズの全機撃破を確認。多分。タカギがどっかいったかわかんないけど、居ないなら敵も居ないでしょ」
「そうか……そうだな。ああ、良かった。みんな、無事なんだな」
「良かったじゃん、伊達くん」
「ああ! 本当に、良かった……!」
高城のことなら問題はないだろう。あいつに限って死ぬわけがないし、敵が居ないならなおさらだ。
その確信が、伊達をさらなる安堵に誘う。
戦いは円満の内に終わる。
油断ならないファンが残っていても、仲間が近くにいる。それだけで、安心ができる。勝てる勝てないは二の次だ。
そんな独占欲じみた執着を見せる少年を一瞥して、犬飼と卯野は顔を見合わせて苦笑する。
「子供みたい」
「そうね。可愛いもんよ。だからここに居るんでしょ?」
「えっ?」
犬飼は少し驚いたようにたじろいだ。
「な、何が、です?」
「カレよ」
柵に手をついて、身を乗り出すようにして宵闇を睨む。その表情はすっかり引き締まって戦士然としているが、先ほどの無邪気な笑みは目に焼き付いていた。
「わ、わたす……私は、別に。それに、そこまで詳しく、伊達くんを知ってるわけじゃ――」
「おい」
「か、勘違いしないでね。私異性として見てないから」
「何を言っているんだ?」
顔を真赤に染め上げた卯野を一瞥して、それから犬飼を見て顎をしゃくる。彼女はなんだろうか、と隣に並んで校庭を見下ろした。
すると、ちょうど学校の前の道路を歩いてくる影があった。
長大なライフルを背に担ぎ、長大な刀を手に提げる。
月光に反射する肢体は人の物ではなく、透き通る宝石のような輝きはまともな装甲ではない。
彼らはそれを認めた。確かにそれを認識した。
「センリが撃ち漏らしたのか?」
悪い冗談なのか、と犬飼は伊達を見た。
彼は額から一筋の汗を流す。頬を伝うそれを拭うこともせずに、顎先から滴った。
「ヒトシ……」
犬飼の脳裏に、高城の言葉が去来する。あの不吉な、不穏な頼みが。
「なんだ? 何が言いたい。言いたいことがあればさっさと言え。敵がいる、時間がない」
「伊達くん――」
肩を叩こうとした手が止まる。
背後で何かが床に衝突する音と衝撃が響いたからだ。
三者三様、それぞれ構えて振り返る。
『形成』
重なった言葉がその身に戦う手段を宿らせる。
力がみなぎる。意欲が滾る。
目の前の現実から逸らした目は、新たな現実を直視する。まだマシで、覚悟は出来ていた敵の存在。
「あれは《鷹》だ、《隼》さんよ?」
ファン――新たな外骨格が、その背からアーチ状のレールを展開して立っていた。そのレールの下部には小刻みに、きのこ類の持つひだのようなものがついていた。そこから溢れる霧状の気体は、徐々に勢いを殺して霧散する。
「黙れ」
《隼》は低く、酷く淀んだ声色で言った。
「二度と喋るな」
「結晶化した《鷹》だ。《赤影》がやった。それも目的の一つだった」
「貴様……っ!」
頭の中が沸騰する。コアが融解するほどの怒りを覚えて飛び出そうとする《隼》を止めたのは《兎》だった。胴を抱くようにして、体全身で行動を制止していた。
「冷静に、伊達くん!」
「俺は――」
叫ぶまもなく、《隼》の身は勢い良く蹴り飛ばされた。油断は決してなかったが、予測のできない一撃で大きく姿勢を崩す。拘束されている状態であるがため、彼は《兎》を巻き込んで背中から鉄柵を乗り上げ、下へと落ちていった。
ファンは舌を鳴らし、睨む。
四つん這いになる《猟犬》は、怪しく輝く眼部をより一層光らせた。
「犬が!」
「狗だから命令守ってんでしょーが!」
言葉とともに背部から展開されたミサイルが、勢い良く火を噴いた。
不意打ちでも、彼らはしっかりと足をついて着地した。衝撃を受ける前に筋肉が吸収し、たいした負担は無い。
「何をやってんだ、《猟犬》はっ!」
直後に爆発。屋上で爆炎が上がり、眩い輝きが彼らさえも明るく照らす。
コンクリートの破片がパラパラと降り注ぎ、力任せに吹き飛んだ鉄柵の一部が勢い良く地面に突き刺さる。
「バカなことを……《兎》、行くぞ!」
「行かせないよばかッ!」
振り返りもしないで背部レールを展開。そうした瞬間に肩を掴まれ、後ろから膝裏を蹴り飛ばされる。
身体は膝を折ったまま後ろに倒れこみ、《隼》はいとも容易く《兎》に組み伏せられた。
「不安定だなあ、伊達くんは! どうして犬飼さんが、私達を落としてまで戦力を分散させようとしたかわかる?」
「身勝手な判断だ!」
「都合の良い回答はまっぴらごめんだよ!」
《隼》の頭をひっぱたいて、彼女は前を向く。
”敵影”は既に敷地内に潜入していた。持ち前の長刀で門を引き裂き、蹴り破り、その第一歩を踏みしめていたところだった。
辺りに顔を回す。何かを探るようにしたその人型の結晶は長刀の切っ先で地面を擦りながら、やがて足を止める。その顔は、確かに《隼》らを捉えていた。
半球のような頭部。角ばったその肢体は力の権化。
何をどう見間違えても、その姿は《鷹》のものだった。
「安定期、じゃないよね」
「奴が暴走期だと? 冗談じゃない!」
その四肢を除く左半身を結晶に蝕まれかけている《隼》は叫んだ。
「ありえない」
「信じたくないのはわかるよ、でも――」
「違う」
声は重苦しいほど低く、しかし揺れること無く真っ直ぐだった。
動揺は無い。
ただひとつの、燃えたぎる怒りの熱気だけを、彼女は隣で確かに感じていた。
「俺は九年目で、コアの劣化を加速させてこうなった。つまり、能力なんて使わなければ俺はあと一・五から二倍の寿命があったはずだ」
睨む先の結晶体は、静かに長刀を構える。切っ先を前に突きつけ、刀身を大地と平行に、そして肩と同じ高さにまで引き上げる。
「どれほどの恐慌に陥り極めて高いストレスのある環境に数時間おいても、さすがにああはならない。絶対にな」
「なら……」
「アレは虚構か、あるいは……他者の手によって、強制的に暴走状態に蹴落とされたか」
前者と考えたいところだが、十中八九後者だろう。あまり楽観の出来る人生を送ってきたわけじゃない。ここぞというところで、夢を見られるほど簡単な頭でもなくなってきた。
「高城さん……」
「言うな」
硬く握りしめた拳の裏で、《兎》の胸を叩く。
「すっこんでろ。これは、俺の戦いだ」
支えられる必要など無い。
ともに並んでくれる必要など無い。
ただ立ち上がるきっかけさえあれば、それで良かった。
これ以上巻き込む訳にはいかない――《隼》は《兎》の回答を待たずに、大地を蹴り飛ばす。
《鷹》もまったく同じタイミングで、前方へ飛び込んだ。




