4.消化試合
死にたくない。
戦いたくない。
絶叫して気が狂ったマネでもすれば、戦線離脱は出来るだろうか?
できるわけがないだろう!
《隼》は、本当に気が狂ったみたいにそう考えていた。
満身創痍――というわけではない。
現に、一刀を構えていた《橙影》のコアは、彼が保有していた。
そして《緑影》さえも、徹甲弾を贅沢にも弾幕としてばら撒きながら、及び腰で挑んでいる。
一秒にぶち込まれる数十の弾丸を目視で回避しながら、徐々に距離を詰める。
だが《隼》の心情は、酷く動揺したものだった。
特異武装の使用で、《隼》のコアの劣化は加速する。体感時間が数十、数百倍となるにつれて、コアの劣化もそれほど加速するのだ。
故に、彼は見た。疾走中、月光が反射するビルのガラスに映る己の姿を。
左脇腹が、紛れもなく結晶と化している、己の肉体を。
死にたくない。
叫びたくなる。
逃げ出したくなる。
外骨格などすぐに解除して、できることならば――。
そこまで考えて、冷水を頭から被ったように思考が急速に冷えていく。背筋に悪寒が走る。
己の背後から無数の足音。談笑の声はなく、そして足運びは精錬されたものでもない。一般人が、銃声につられてやってきたのだ。
(なんで……いや)
彼らに非は無い。本来ならば、こんな厄介事など決して無い街だったのだ。
勝手に来て、勝手に戦って、勝手に被害を出しているのはこちらだ。そこに首を突っ込んだ連中を守ってやることはあれども、非難するなどもってのほかだ。
彼らは曲がり角からやってくる。この交差点を少し進んだ先に居る彼らを、あと数秒ほどで発見するだろう。
ここで終わるわけには行かない。
だが。
ここで終わらせるわけにも、いかない。
「特異武装、起動!」
ぎゅん、と頭の奥のコアが唸りを上げる。
途端に世界の時間の流れから、自分が弾き飛ばされる。川の流れの中にいて、自分を避けて水が流れていくような感覚。
そして水滴一つ一つを認識することが出来る異形な感覚。
音速を超える弾丸が無数に飛来するのを、肉眼で捉える。ぱん、ぱん、と発射される一発一発を、手刀で落として一挙に迫る。
弾丸を放ち続ける腕を、手始めにへし折った。両手で握って、捻り上げるだけで簡単に不能となる。
次に首をへしおった。嫌な軋む音は、彼の加速した時間に響かない。
胸部をこじ開ける。コアは無く、そのひしゃげた手応えは、彼の感覚に届かない。
胸の穴から下腹部までこじ開けて、ようやく緑色に発光するコアを見つけた。それを取って、《緑影》を蹴り倒す。スローモーションで倒れていく姿を見ながら、
「解除」
元の時間の流れに、飛び込んだ。
途端に、大げさすぎるほどに《緑影》は勢い良く大地と激突する。ひしゃげた音と、軋む異音が同時に反響する。まるで追突事故の現場のような金属の悲鳴が掻き鳴った。
「……なんで」
ずきん、と突き刺さるような痛み。外骨格時には無い痛覚が、まるで生身に同調するように存在感を見せる。
側頭部の痛みを抑えようとして、《隼》は気づいた。触れた頭の感触はなめらかで、それでいてしなやかで、硬く、どこか脆い。
横っ腹から伸びた結晶化が、遂に左側頭部にまで及んでいた。
緑の炎に燃えて溶け始める外骨格を眺めながら、彼は堪えきれずに外骨格を解除する。
生身になった瞬間に、もわっとむせる熱風が全身をなぶる。思わず目を閉じ、身構えてから、踵を返した。
(死にたくない。だが逃げて、どうする? 俺にやりたいことなどあったか?)
気がついたら戦っていた。戦うことが日常だった。
学校に通い始めても、学校が苦痛だった。
しかし、戦いたいとも思っていなかった。戦闘は、彼にとっての当たり前だからだ。
ならばどうしたい?
どうしたいんだ。
思考の狭間に去来するのは賑やかな室内。酒臭く、煙ったくて、やかましい自宅。
ビールを一息に呷る高城。吸えもしないタバコをふかす犬飼。
それを鬱陶しいという体裁を見せながら、楽しんでいる伊達。
あのもう一つの日常を、ずっと続けたかったのかもしれない。
だけど、もうムリだ。
自分が生き残っても、他の二人がわからない。そして未だ結晶は生身には及ばないが、結晶化するという恐怖が、死の気配が、自分の正気を根こそぎ奪い取っていく。
(いやだ……)
生来の冷静さや冷淡さなど無い、人並みの恐怖を嘆きながら、やがて足は歩みをやめて走り始める。
交差点を真っ直ぐ突き抜ける際に、野次馬らしき若者の集団とすれ違った。同年代か、それより少し上だろう数人の男女。彼らは声を潜めて、伊達とすれ違う。
恐怖に蝕まれつつ在る四、五人の若者。
この状況は変わらないというのに――何が違うんだ。彼らと、自分の、どこが異なっているというのだ。
彼らとの接触が、より一層の恐怖へと伊達を叩きこむ。
負の感情に支配された伊達は無自覚に、自宅を目指して走り続けた。
「はぁ、死ぬかとおもった」
まるでなんでもなかったかのように犬飼は言った。
頭を落とされても、コアは肉体にある。だからミサイルが爆発する瞬間に、即座にその場から退避したのだ。
だから、未だもうもうと煙を上げる地点を目と鼻の先に置きながらも、彼女の手にはゼリー状となる藍色のコアが握られていた。
火照った頬を伝う汗を手で拭って、気怠げな所作で髪を掻き上げる。
どこか鋭い、そしてどこか眠たげな半眼で周囲を睨み、窓から覗く一般人の気配だけしか感じられないのを確認してから、端末を取った。
ひとまず佐渡にダイヤルする。が、何回呼び出しコールが響いても、電話にでる気配はない。
次は伊達だ。が、戦闘中なのだろうか、同様だった。高城も同じだ。
まさか、一番最初に戦闘が終了してしまったのだろうか。
まあそれも仕方がない。なにせまだ○時三○分にもなっていない。
「ったく、こんな戦闘、何の意味があんのよ。武装だって、軍用というか、形成者用に改良されたものっぽいけど」
そこが不自然だった。
《隼》の背部レールや、《鷹》のスコープ、そして《猟犬》のミサイルのように最初から外骨格に備えられている兵装はある。
だが連中のソレは、明らかに形成者に対してそこまで有効ではないような武装の数々だ。剣に、鞭に、機関銃。物理的な手段を今更取るわけがない。
ならばギミックだ。追加された兵装を隠し持っていたのだ。
なぜか。
あらゆる武器を使いこなせるという柔軟性を見せるためだろう。
それはなぜか。
適切な評価項目があるからだろう。
なんのために?
「金儲けかあ……随分と、安売りされたもんね」
どこかに販売するため。あるいはこの戦力を、明確に世に出していくためだ。
国は変わり始めている。
もっとも、そこまで関わる必要はないのだが。
要はこの先、自分はどうなるか。大切なのはこの一点である。
「ま、長い目で見ようかしらね」
端末をポケットに突っ込んで、踵を返す。さすがに自宅には戻れないだろうから、適当な場所で周囲を監視しようと考え、跳躍した。
手を挙げるよりも先に無反動砲を構えてみれば、向こうからやってきたタクシーは勢い良くアクセルをふかして急加速した。
目の前を通り過ぎていくタクシーの尻に榴弾をぶち込むのは簡単だったが、それで死ぬのはゴメンだった。
佐渡は毒づく体力もなく、ただ舌を鳴らす。
《蒼影》は後方五○メートルの距離に近づいていた。
「はあ、はあ……くそ、どのみち、金なんざねえがよ」
無反動砲がダメなら手榴弾がある。
しかし装甲の外からの爆発で倒せる相手だとは思えない。さらに言えば、白兵戦をしかける気力も無い。
「ま、ここまでくりゃ、いい加減か」
路地を抜けた先の、広い四車線道路。まばらに車が通る、ビルも民家もないこの道は、数年前まで有料道路だった場所だ。だからこそ、被害が少なく出来る。
我ながらよく走ったものだと、ぴしゃりと太ももを叩いて称える。
「身体は壊せてもよ、魂までは屈服させらんねえのよ。なあ、信念も何もねえ木偶の坊さんよ」
佐渡が立ち止まれば、《蒼影》も止まる。急速にその頭部に輝きが集中し始めた。
「てめえは何のために戦う? どんな意思で、どんな感情でおれに向かってきた?」
発射。
闇の中に走る線条が、直後に翻った佐渡が居た空間を貫く。
跪き、照準。
発射。
高熱の圧縮ガスを噴出して、対戦車榴弾が《蒼影》に叩き込まれた。
轟音が地を揺らし、爆炎が熱を生む。
巻き上がった炎の中で揺れる影が――その真紅のプラズマを引き裂いて躍り出る。
「おれはな、坊主のためなんだよ」
まだ動くのか。気に入った。
「オヤジが、ガキより先に休むわけにはいかねえんだよ!」
心が無くてもいい。
人で無くてもいい。
自分が貫けるなら、死んでもいい。
(人は、怖がり屋だ。痛く、怖くなければ、覚えねえ。そして痛くて逃げ出しちまうようなヤツは――支えてやらなければ、ならねえ)
それでも一人で立ち向かわなければならない時、彼はいつも、そうつぶやくように漏らす。
「諦めないということが」
右手の指先で、腰のグレネードポーチから手榴弾を抜く。金具に引っかかっていたピンが抜ける。
距離が詰まる。心臓が跳ねる。鼓動が早くなり、腕が震える。呼吸が乱れる。
下から転がすように手榴弾を投げた。弧を描き地面に叩きつけられてから、滑るように《蒼影》に迫る。それに気づけぬのか、無視しているのか、放置したままそれが足に当たり、弾ける。
爆発。
豪炎。
熱風と衝撃が佐渡をなぶる。激痛と暴風が彼から力を奪う。
「道を、拓くんだッ!」
思わず跪きそうになる身体に鞭打って姿勢を保ち、腰からサバイバルナイフを抜いた。
「うおおッ!」
もう足が動かない。つんのめるように、前に倒れるようにして腕を振るう。
瞬間、肉薄した《蒼影》の肩口にナイフが突き刺さる。交差するように放たれた敵影の拳が、腹部を穿った。
ばきばき、と骨がへし折れる音が体中を駆け巡る。同時に、ナイフを寝かせるようにして弾けた装甲に、こぶし大の穴が空いた。
手の中からナイフを捨てて、腰に回す。
その間に、腕を引きぬいた《蒼影》が、勢い良く頭部を胸にぶち当ててきた。
「ぉおぉぉおおぉ――ッ!」
分厚い胸板に押し付けられる額から輝きが溢れる。
腰から抜いた二つ目の手榴弾を穴の開いた肩部に叩きこむ。
瞬間、瞬いた閃光が佐渡の胸を貫き、その背から夜の帳をおろす天空を引き裂いた。
男は白目を剥き、喀血したまま緩慢な動きで背中から倒れていく。
立ち尽くす《蒼影》は肉の焼ける悪臭を感じぬまま――外骨格の内部から爆ぜる衝撃に堪えきれず、その全身を四散させた。
炎を伴ってばらばらに装甲が飛び散る。大ぶりのそれらが地面に突き刺さり、そして執念深くもゼリー状の形を保ったままのコアが、佐渡の腹に落ちた。
蒼の輝きを放つコアに死の色は見えずとも、しかし外骨格が大破したそれに、為す術など無い、筈だった。




