3.邁進
「キナくせえと思えば、これか!」
佐渡はその巨漢を持ちながらも、意外なほど身軽な動作で攻撃を避けた。
閃撃。一瞬走る閃光が彼の真横を突き抜けた瞬間、背後にあった壁が赤熱し、そうしてドロドロと融解を始めた。
「クソったれ! ギミックかよ!」
手ぶらでやってくるわけは無いと思っていたが、まさかこんな仕掛けを持ってきていたとは。
(しかし……こんな兵装、あったか? 今まで)
兵装については開発されたと考えてもいい。この量産機はそもそもコアから形成されるのかが不明だから、外骨格形成時に武装を組み込んだのかもしれない。
だがビーム兵器など、この日本で実用化するにあたって自衛隊や形成者にそれらが採用されたという経歴はないし、そもそもそれについての情報は一切入って来なかった。
ビームと言えば近未来兵器の代名詞だが、それを上回る存在の形成者を前にしてそれに感服するのもおかしな話だ、と思う。
それでも、妙なものは妙なのだ。
似た兵装が実現しているのは《兎》だが、しかしあれはコアあってのもの。さらに言えば、これまでデータ収集と形成者の運用以外の計画が凍結されていた理由の一つに、資金不足があるのだ。
戦車より、戦闘機より、そして空母ほどに金と、それ以上の時間を喰う兵器だ。
そして半永久的に使いまわせるため、再開発の理由はほとんど無いはず。だからこそ維持はともかくとして、新たに開発する現場は異常の一言に尽きる。
さらに言えば、現場指揮官とも言える佐渡にすら情報を隠した状態で現場に六体プラス一を叩きだすとは。
「ぬぅ、っ!」
ビーム発射の余韻も感じずに《蒼影》は距離を詰める。
全弾解放するカービン銃が、弾倉に収まる全てを敵影に叩きこむが、その装甲の表面で鉛弾が潰れ、ぱらぱらと落ちる。
弾倉を入れ替える暇もなく、鋭い拳撃が襲いかかる。佐渡は大きくのけぞって、脇腹をかすめる攻撃をやり過ごした。
しかし次ぐ拳が、勢い良く身を屈めるようにして攻撃を回避する佐渡の側頭部に紙一重で触れて、虚空を穿つ。
皮膚が裂け、鮮血が散る。左側頭部の裂傷から流れた血が、左目に入って視界が塞がれた。
そのまま崩れ落ちるようにして尻餅をつく。思い切り足を振りあげれば、空を蹴り飛ばして、佐渡は後転ののち再び立ち上がる。その反動を利用して、彼は既に初弾が装填されている無反動砲を構えた。
距離は○・五メートル。ここでの発射は厳しい、が――この瞬間を逃して後悔して死ぬよりも、今死ぬ方がいい。
引き金を弾く。
榴弾が射出する。
ラッパ状に広がる砲の尻からバックブラストが噴出する。
刹那の間に、勢い良く蹴り上げようとした《蒼影》の土手っ腹に対戦車榴弾が食らいついた。
装甲を引き裂いて弾頭が身体を貫き、閃光の直後、紅蓮の業火。
巻き起こる爆発は、無反動砲の衝撃に耐えた佐渡の肉体を炎ごと吹き飛ばした。
コアは物理的な衝撃には極めて完璧とも言える耐性を持つ。しかし逆に、致命的とも言えるほどに熱に弱かった。
形成者を斃すにはコアを奪取するか、破壊するほか手段は無い。
「……!」
轟音の反動で、音が殆ど聞こえない。鼓膜が破れたのだろう。
全身が熱湯を被ったかのように熱い。野戦服が、焼け焦げて居る。今では冷えて、溶けたプラスチックのように固まっていた。
殆ど爆発に巻き込まれた形の自分が、良く生きていると思う。この強運こそが、自分の持ち味なのだろう。
だが――左腕が利かない。ぴくりとも動かない。
榴弾を帯びたポーチが壊れて、八割以上を失った。残った榴弾も表面が焼けていたりして、まともに作動するかも疑わしい。
半壊した《蒼影》は憎らしいくらいに瞳の鬼火を滾らせて彼を睨んでいた。再生まで、およそ数秒というところだろう。
下ろした無反動砲の、ラッパ状になる砲後部の固定具を外して回すようにして横にずらす。空いた砲身に、胸の位置で保管されていた綺麗な榴弾を抜いてセット。砲後部をしめて、構える。
砲口を向けた先の《蒼影》は装甲の再生もそこそこに、立ち上がり、駆け出していた。
しかし動きが鈍く、速度は先程の半分以下。充分遅いが、それでも負傷した佐渡よりもずっと疾い。
この遅さは、コアがダメージを受けた影響だろう。経験、データから考えて、致命的なダメージだ。数秒や、数分で回復しきるものではない。
片膝をついて無反動砲を構えていた佐渡は腰を上げて、踵を返す。動く度に全身の骨が軋み、筋肉に鋭い痛みが走る。額から汗がだらだらと流れ出し、自分が呻いているのか叫んでいるのかすら定かではない。
だからこそ、だ。
焦る手で、震える腕で、次の一発を無駄にするわけにはいかない。
体力が保っても、この腕にとっては最後の一発だ。
「ついて来い、無能――」
言い切るよりも早く、宵闇を引き裂くビームが佐渡より数メートル離れた脇を通った。
肝がすくみ、口にしかけた言葉を忘れる。
佐渡は唇を噛みながら、息が出来ないほど必死に逃走を開始した。
バチバチと溝が穿たれた大地が放電する。
閑静な住宅街で轟然と唸った爆発音が、遠くにまで響き渡るように余韻を残した。
片腕を付き出して、もう片手でそれを支える《兎》は、赤熱している右腕越しに敵影を見た。
黄色の瞳を持った敵は、下腹部から下が無い。そして大地に叩きつけられた上半身は、その断面すら定かではないほど白熱して溶けだしている。
――兎はその純白のシルエットゆえに、闇の中でもよく目立つ。
両側頭部から長く伸びるアンテナは高い索敵能力の証左として在る。
ひし形の面は顔を覆い、輪郭に張り付くように薄い布で覆う。頭頂部から腰まで垂れた放熱用の頭髪が赤熱したまま風に揺れ、体内を冷ましつつある。
肩幅は狭く、プレート状の装甲が連なる。両腕の腕甲は袖口を広くするようにして伸び、小さな手は油断なく拳を作っていた。
胸部は分厚く、女性的な膨らみ。膝丈上のブーツを履くように、腿の辺りで大きく口を開いて反り返る脚光。短いスカートのような佩楯が、その境界を防護する。
「よくこれで出てこれたね。たった数分で、何か出来た?」
再生すら追いつかない熱だ。それに蝕まれている《黄影》は、何も出来ずに胸部の装甲を力任せに引きちぎられた。
空いた胸の奥に、鈍く発光するコアがある。
感慨もなく、《兎》はそれを奪い取った。
外骨格からコアが離れれば、その装甲は突如として炎がともり、溶け出したかと思えば、そのまま消え去ってしまった。
呆気の無い終わりだ。
敵は何も出来ぬまま一撃で致命傷を得て、撃破された。
僅か数分だ。
その敵の出現は、彼女の胸に後味の悪さだけを残していた。
「バカみたい」
吐き捨てる。もはや取り繕うことなど何一つ無い。
勝手に巻き込んでおいて、これで終わりなど、許せるものか。
どうせなら――もっとだ。
彼女はコアを握りながら、歩みを進める。
まだどこかで、戦いは続いているはずだ。
そしてその戦いは、容易く終わるわけがない。簡単に終わってしまう戦いを、仕掛けるわけがない。
やがて民家にぽつぽつと灯りがつき始める。
しかしその頃にはもう、音の元凶となった《兎》の姿は失せていた。




