2.油断
「連中が欲しいのは戦闘データだろう。わかるか? それを解析し、今後へ活かすんだ」
次のない自分たちへ、ではない。改良の余地のない現・形成者たちに、ではない。
新たな敵のために。目的のわからぬ脅威的な兵器のために。
忌々しいことにそれが事実だ。遥か昔より、これは揺るがない。
「ナメんなぁ!」
襲い掛かってくる豪炎の瞳を持つ敵影を殴りつける。けたたましい音を立てて床に叩きつけられた《赤影》は、そのまま弾んで壁に激突する。
《赤》は顔に二つの赤い輝きを穿つ他には、両肘と拳の先に鋭い棘を持っていた。ダメージとしては充分に期待できるものであり、コアに直撃すれば、その勢いで肉体から弾き飛ばすことが出来るだろう。
壁が大げさにへこむ。その衝撃に驚いた隣人が、怒って壁を叩く音がする。
しかしそれよりも大きな爆撃音が轟いた。一瞬、建物が崩壊したかのような錯覚に陥る。
紅蓮の業火が一瞬だけ周囲を包み込み、それが吹き抜けた清風のように儚く消え去った後、残ったのは藍色の瞳を持った影の形骸だった。
《藍影》はその両腕が丸太ほどに図太い敵だ。その拳から放たれる拳撃は容易く岩をも砕く威力を持つ。虚空を穿てばその衝撃が破壊の渦を生み出す狂撃。
そして――うねる装甲は、破壊された腹部を即時回復させた。生み出された装甲が、すぐにつながっていく。
四つん這いになる《猟犬》はそのまま犬の姿形である。緑色の横に伸びる眼の尻から後頭部を通り、背へと伸びるラインを刻む。
「たく、家壊れるわよ?」
一撃で屠れなかった《藍影》を睨みながら言えば、《隼》が怒声を散らす。もはや近所迷惑など意識の外だ。
「だったらミサイルを撃つな!」
返しのついた腕が、緑の眼を持った敵影の頭を砕いた。攻撃を避けられても尚側頭部に押し当てた腕を引いたのだ。けたたましい異音を放って破片をぶちまけた《緑影》は、だがその先から再生する。
《緑影》は両腕の下部に機関銃を内蔵する。無尽蔵と思われる十二・七ミリの弾丸を、腕からぶち込んでくる。
蹴り飛ばした《橙影》は、その両腕に鋭い刃を握る。ひらめく斬閃は、革のソファーをバターのように鋭く切り裂いていた。
――形成者は、人間に匹敵する思考能力を持てないから人をモデルとしてコアを埋め込んでいる。寄生虫のように肉体を蝕めば、寿命を十年に縮めることで、莫大な力を付与した。
しかしこの無人機は違う。
あまりにも貧弱だが――その思考能力は、極めて高い。まるで知能を持っているようだ。
つまり、同胞に匹敵しているのだ。戦闘経験が薄いからこそ圧倒しているが、しかし拳を交えれば交えるほどに、その動きは機敏に、速度は変わらずとも、鋭く変化しつつある。
さらにコアは体内を移動するのだ。装甲は瞬時に回復するのだ。ほとんど、直感で、一撃でコアを奪取しなければ斃せない。
(意外と厄介だな)
(予想より強いわねえ)
(思ったより手強い)
各々は胸中に抱くその思いを、決して口にはしない。しかし確実に、確かに理解し、認めていた。
「だが」
伊達は言った。
「その程度だ」
強がりではない。
相手の強さを認めた上での判断だ。こいつらは強い。だが飽くまで『手強い』と思う程度で、かなわないわけではない。現に、この時点で十回は殺している。
しかし、倒せていないのは事実。それを踏まえて、手強く、厄介なのだ。
だから《隼》は、左右から同時に迫ってくる二つの影を引き付ける。彼の肉体に無数の徹甲弾が叩きこまれ、左の脇腹に刃が入り込む。その瞬間に、彼に近づきすぎた腕を掴み、身体を捻る。力任せに《緑影》と《橙影》を砕け散った窓の向こう側へと放り投げた。
しかし彼は一様に、窓枠を掴んで身体を部屋の中に留めようとするのだが、
「遅い」
ただ床を蹴り肉薄しただけの《隼》の速度に、彼らは遅れを取る。窓枠ごと手を叩き潰し、蹴り壊せば、そのまま彼らは階下へと真っ逆さまに落ちる。
《隼》はさらにこの付近に彼らが存在することを許さず、後を追うように飛び降りた。
「出て行くのもはえーな、アイツは! 手伝ってくれねーのかよ!?」
高城が吠える。叫びながら、突き破られた玄関を、吹き飛ばされる《赤影》が突き抜けた。
「手に余る二体引き受けてんだから文句言わないでよ!」
壁に立てかけてあった対戦車ライフルを担いで玄関口に向かった《鷹》がふと足を止めて振り返る。彼女は、焼け焦げた床に倒れ込んだ《藍影》の首筋に噛み付いていた。
「姐さん!」
大きくかぶりを振るようにして、《隼》が出て行った窓の外へ敵を投げ捨てようと投げる。しかし重い敵は、重量感たっぷりに少しの間飛んで、床に叩きつけられるだけだった。
だから大口を開ける。
瞬間、その口腔から巨大なペン先のような何かが顔をのぞかせる。途端に、それが吹き飛んだ。円筒状の対戦車榴弾(HEAT)は、四○ミリの小型サイズで、絶大な破壊力を持つ。だから――床や壁ごと破壊して、敵影を外へと弾き飛ばした。
彼らは入居の際に、床材の下に防弾用として戦車などに用いられる軍用の装甲板を何枚も敷いている。そのため室内の大部分の被害は辛うじて抑えられるが、それ以外はさすがに無理なのだ。
もっとも、彼女はそれを利用したのであるが。
「なによ」
不機嫌そうな声で彼女が問う。一仕事終わったが、むしろここからが大変なのだ。
「……がんば!」
「あんたこそ死なないようにね!」
それ以上の軽口は時間が許さなかった。
ほとんど同時に、二人は部屋を後にする。
やがて先程までの衝撃が、爆音が、怒号が嘘のように消え去って――状況がわからぬまま、アパートの住人は恐る恐る外へ出て、それでも現状を理解することは出来なかった。
住宅街をまっすぐ突き抜ける。その《藍影》は大地を蹴って跳び上がり、民家の屋根の上を移動していた。
「もう、うざい!」
さっさと死ね。叫ぶのは易いが、それだとどうにも手を焼いている感じが気に食わない。
彼女はその後を追う。犬そのものの姿の彼女は、だからこそ簡単に敵影に近づいたのだが、突如として振るわれる柔軟な一閃が蛇腹のように迫る。
ギミックだ、と彼女は思う。その巨拳が攻撃の要かとおもいきや、その手の中から長い鞭が出てきたのだ。
その切っ先は音速をも超える速度で放たれた。打ち据えられた《猟犬》の右上肢は瞬時に砕かれ、着地点の屋根を踏み外す。
下へと真っ逆さまに落ちるその肢体に、《藍影》の鞭が絡みついた。
《猟犬》と一緒になって落ちてきた敵影は、身体を傾けて鞭を振るう。空中で自由の利かない彼女は、そのままハンマー投げよろしくふっとばされた。
適当な塀に身体を叩きつけ、簡単に打ち崩してその向こう側に倒れこむ。崩落する瓦礫が《猟犬》の身体を打ち付ける。
(広い所に出てきたのが、かえってアダになったわけね)
だからといって室内で戦闘し、倒しきる自信がない。その前に、アパートが廃墟になってしまう。
彼女は飛び起きるようにして瓦礫の中から這い出ると、躍り出た道の先から鞭の先端が飛来した。
反射的に横に飛んで回避。地面を叩く鞭が溝を刻む。
《猟犬》が大地を駆った。
瞬時に距離が詰まり、敵影に迫る。
閃く爪撃が吸い込まれるように喉元を切り裂いた。
首がぱっくりと割れて頭が後ろへ落ちる。
《藍影》の身体を蹴り飛ばしてさらなる高みへと跳び上がり、その視界内に出現する四角の照準を《藍影》を合わせて、背部からミサイルを展開。
射出する――寸前で、鞭が翻る。
音速級の先端部が彼女の首筋を鋭く撫で付けた。
透き通るような甲高い破壊音をかき鳴らして、《猟犬》の頭部が空中へ飛んだ。
発射しかけたミサイルが固定具から落ち、地面に叩きつけられて信管が作動する。
閃光が闇を引き裂き、赤でも蒼でもない輝きが世界を支配する。
直後に、周囲の民家の窓が砕け瓦が崩れる爆音と、天を焼くほどの爆炎が巻き起こった。
「やっべ」
《鷹》は威嚇とばかりに頭、胸、腹など正中線に沿って連弾をぶち込んで、はたと気がついた。
予備弾倉を忘れたのだ。
(まずいな、めんどくせェ)
残弾は二発。敵は戦車の前面装甲ほどの強度を持つ外骨格を破壊され、簡単に倒れる。そうしていとも容易く、再び立ち上がった。
距離は五○○メートル程度。敵の機動力なら数秒で縮めるだろう。
あと二発でコアを射抜く。手のひら大の、体中を自在に移動させることができるコアを。
どちらにせよスマートに撃破したかったが、どうにも無理くさい。
そこは街路。広い道路から別れる二車線の路地だ。左右には六階建てくらいの商社ビルが立ち並ぶが、人の気配はない。
対する《赤影》は、その燃える火焔のような波紋を刻む長刀を構える。刃渡りは一メートル弱にして、その幅は長さに対して細く、薄い。さながらガラスのような鋭さとしなやかさを持ちながら、刀身は漆黒を纏っていた。
観察している間に、《赤影》が疾走する。
まるでカモシカが走るように、一歩一歩が広く、距離が瞬く間に消え去った。
距離はそれでも十分にあるだろう、そう高をくくって引き金を引いた瞬間に、銃口が勢い良く空を仰いだ。
長刀の切っ先が銃身を弾いたのだ。
ほんの数歩分の距離を隔てて、ニ者は半身を開いた形で対峙した刹那。
すれ違おうというほどの勢いのまま肉薄した《赤影》の拳が《鷹》に叩き込まれる。しかしそれを受けるのは、手早くライフルを棄てた彼の手のひらだった。棘が貫通しながらも、そこに痛手という痛手は無い。
「特異武装、起動!」
叫ぶ言葉とともに、その肢体の関節から輝きが漏れた。故に光に包まれた《鷹》の手が《赤影》の手を握りつぶす。ひしゃげた腕を引こうとするが、それよりも早く大砲のような拳が敵影を打った。
敵が吹き飛ぶよりも早く外骨格が砕ける。長刀が右手からこぼれ落ちる。
その膨張しきった筋肉が、溢れ出す尋常でない怪力が、《鷹》を加速させる。
顔面を打ち砕かれた《赤影》の、ひしゃげた手を引き寄せるようにして姿勢を崩す。そのまま膝蹴りを叩きこめば、その肢体が簡単に浮かび上がった。
人形遊びのようだ、と思いながら――その油断が、間隙を抜かれる要因となる。
単純に気づかなかった。
単純に速かった。
《赤影》は顔と左手を潰されたまま、長刀の柄を蹴りあげた。その刀身がまるで繕う縫い針のように《鷹》の胸に突き刺さった。
装甲に細い穴が空き、その切っ先がコアをかすめて貫通する。背から漆黒の刃が生える時、彼の意識はほんの数瞬だけそぎ取られる。
八年が経過したコアは敏感だ。その傷もつかぬ接触だけでも、脳を握られたかのような衝撃がある。
そして彼らにとって、その数瞬が致命的だった。
特異武装が瞬く間に力を失う。輝きの失せた《鷹》の身に、刀身を伝って何かが流れ込む。
「て、めえ……ッ!」
こいつは賢い。
認めてやろう。
瞬時に力が増幅して終わらせようと調子に乗った瞬間に、狡くその隙を見ぬいて一撃を叩きこむ。
最大の危機が、最大のチャンスだと知っている。
もしかすると、自分よりも優秀かもしれない――。
「なめやがって、てめえ!」
振りかぶった腕は、高く上がった状態で停止した。まるで肩から先が石膏と化したかのように動かない。
神経が吹き飛んだのか、切断されたのか、感覚がない。
何が起こるのか、分からない。
何が起こるのか、推測出来ない。
恐怖も、不安も、故に無い。何もわからず、何も出来ない。
無い――そう考えたのは、ただの強がりだ。
(トシ……わりい。姐さん、すまねえ)
ここで死ぬ。その予感が合った。前から、何か恐ろしいものが忍び寄ってくる感じがあった。それが今だった。それだけの事なのだが、たったそれだけのことを、簡単に納得し、受け止められる人間など居ない。
そう、人間でないのならば出来るのだ。
だから、
(オレは、まだ人間、だ)
そう思って、少しだけ安心しかけた。
《鷹》はそこで気がついた。視界に入る自分の右腕が、鮮やかに輝いていることに。
それは特殊な作用で自ら光っているのではない。
結晶だ。
右腕が、そして左腕が、気がつけば動かの下肢が、下腹部が、胸が、多面体からなるポリゴンのような結晶となっていた。巨大な彫像、美術品の一つとなりつつある。
「う、そ……だろ」
そう情けなく漏らした言葉が最後だった。
目の前の外骨格が、日差しの中の雪像のようにもろく崩れ去っていく。
胸に長刀が突き刺さったまま、その全身が結晶に飲まれた《鷹》は高城千里としての意識も、自我も飲み込まれたまま、ただ立ち尽くす。
終わった。そう感慨を抱く者も、泣き崩れる者も居ない。
人気のない路地で、《鷹》の戦闘は終了を認めた。
❖❖❖
時刻は午前○時十六分。
「こんなものか」
ファンは薄暗い室内で煌々と輝くディスプレイを眺めながら言った。
画面には地図。そこでは錯綜する赤と青の光点がある。そして青の方が、圧倒的に多い。
そのうち、四つの光点が動きを止めていた。それぞれ赤と青は二つずつだ。
「所詮この程度よな」
デスクの上のカップをとり、冷めてぬるくなったコーヒーをすする。砂糖もミルクも入っていないそれは、苦くて、彼の口には合わなかった。だがその分頭も覚めたし、目も冴えた。
ファンは思う。
確かに《影》シリーズは、量産型として非常に優秀だ。それぞれの特色を持ちながら、最短で相手を無力化する術を探している。強くて当然なのだ。連中の戦闘モデルは、人間兵器として極めて高い完成度を誇る初期構想型なのだから。
初期構想型と、それ以降の製作者は異なっている。代表者が姿をくらまし、研究者がデータだけを残して皆殺しにされていたからだ。
だから初期構想型以降は単なる模倣であった。
しかし五十年以上もの歳月を経て、ようやくたどり着いたのだ。
新装型――戦略兵装。
人を選ばず、それでいてコアを用いた形成者と遜色のない力を発揮する搭乗型のパワードスーツだ。
しかし皮肉なことにも、これには擬似的なコアを用いなければ動かない。単純な燃料として使用するのだ。
「でも」
下のほうで溶けずに溜まったドロドロのコーヒーを一気に呷って、彼はふと漏らした。
「これで私は、人になれる」
ファンは思う。
量産型は優秀だ。
だが、戦略武装は? 特異武装を模倣した兵装は?
そして、自分は?
撃たれれば跪き、斬られれば呻いて倒れる。ひ弱な人間だ。
それが、今日この時、この日を目指して鍛えぬかれてきた。いく人もの同胞が堪えきれずに死んできた。その亡骸の上を、自分は歩いてきた。
果たしてそれで、強くなれたのか。
強くなって、連中を殺して、認められて。
その次は?
老い先すらない形成者を殺すことに、情など無い。だが……。
「いや、無駄な考えだ」
ファンは小さく首を振って腰を上げる。
その瞬間に、地図の端の方で躍動していた二つの光点の内、一つが消滅した。




