1.邂逅
夜が来た。
五月下旬の、まだ肌寒い夜だ。決してゆっくりなど出来なかった土曜日が終わりを告げ、掛け時計は、携帯端末の時計は、ちょうど○時を示していた。
室内の緊張がより一層高まる。反射的に、その場に居る全員が外骨格を形成していた――が、部屋の中は静寂に包まれたまま、微動だにしない、出来ない時間が流れ始める。
一分が経過する。
異変はない。
二分が経った。
物音一つ無い。隣からの生活音だけが、小さく聞こえてくる。
そうして五分が経とうと言う時に、しびれを切らしたように高城が立った。《鷹》の外骨格を纏う巨体が、身軽なまでに玄関へと迫る。
「野郎! 全然来やしねえ――」
高城が言い終えるよりも早く、頭を平手が打つ。力任せにその場に組み伏せられれば、直後に銃声が響いた。
鉄の玄関扉に穴が穿たれる。貫通した弾丸は勢いを失わず、直線上にある窓に、放射状のヒビを入れた。
「バカ野朗。待つのも楽しみの一つだ」
柄にない口調で伊達が言った。
「パーティの始まりだぞ」
顔の見えない外骨格から発される言葉は、燃えたぎるような怒りの熱を孕んでいた。
そうしてまもなく扉が蹴破られる。
侵入してきた四つの影が、彼らの住居に殺到した。
こんなこともあろうかと、最低限の兵装は隠しておいた。
「悪いな、助かる。今回にはハチヨンが欠かせないんだ」
「いや、気にしないでください。腐っても元隊員じゃないですか」
大型の筒状の武器、カールグスタフとも呼ばれる八四ミリ無反動砲を担いで言った。
「だがな、これきりだ」
「……佐渡さん。俺は、何も聞きません。それが良いと思う」
彼とそう歳の変わらなそうな男は、オリーブ色の作業服姿のまま言った。武器弾薬倉庫の中は、外よりもずっと静かで、その静けさが体の中にまで染み込んでくるようだった。
「でも、また会いましょう。戦いとか、自衛隊とか、関係なしに」
榴弾の収まるポーチを、サスペンダーの金具に無数に装着する。腰のポーチには手榴弾が三つ。ベストのように着こむチェストリグにはM4カービンの予備弾倉が六つ。
彼の装備はそれだけだ。これだけで装備重量は容易くニ○キロを超えるし、ヘルメットも、ボディアーマーも無い。もちろん、予備弾を運搬してくれる者など居ないし、無反動砲を運搬しながら小銃を使わなければならない。
敵は甘くなど無い。下手を打てば死ぬ戦いで、今のところ十中八九死ぬだろうと思っている。
「ああ。おれもそれを祈ってるよ」
佐渡はそう言って倉庫を出る。すぐそばにある塀の上には渦巻いた有刺鉄線が張られていたが、一部には穴が空いていた。そこからは、縄はしごが降りている。
彼の背を見送る男は、本来の仕事に戻る。弾薬庫の警備だ。
かつて上官だった男の窃盗に加担した――だがこの特区では、それが認められている。
恐らく、上層部の最後の良心だろうと、佐渡は思った。それでも正面から堂々と来なかったのは、必要以上に物事を荒立てないため、だったのだが。
塀を登り切った先で、固定した縄はしごを外して落とす。それと同時に、外側へと飛び降りた。
屈みこむように着地して、さらに重苦しくなった身体を機敏に起こす。
「……おいおい」
口笛を鳴らしてやる陽気さも無く、口元を引き攣らせながら、中年の男は滴る汗を拭うのも忘れて虚空を睨む。
闇の中に浮かぶのは、鮮やかなほどに眩い対の蒼炎だった。
嫌な予感がしていたのは認めよう。
だけどそれは、伊達らの問題であって、新米以下の自分には関係がないだろうと思っていた。だから自分には被害がないだろうと、高をくくっていたのだが。
「怖いよ、ビビるよ、これ?」
窓をノックされた。驚いてそちらを見ると、その向こう側に鮮やかな緑色の瞳を持つ人影があった。狭いベンチに、そいつは音もなく忍び込んでいたのだ。並のストーカーよりも、ずっと優秀な技術である。
「冗談じゃないよ、今何時だと思ってるの?」
怒りなどありはしない。不安で押しつぶされそうな、恐怖で握りつぶされそうな己を奮い立たせるように、強い言葉を放つのだ。
ここは二階。隣の部屋には中学に上がったばかりの弟がいるし、階下では両親が眠っている。六○坪のこの土地、四八坪の二階建ての家にはまだ二ニ年のローンが残っている。
壊されるわけにはいかない。
「形成」
小さくつぶやくように言った。
途端に全身が白く染まる。内側から何かが肉体を引き裂くような激痛とともに、皮膚が硬化し、金属独特の光沢をあらわにする。
胸の奥にある、ゼリー状のコアから引き出された外骨格が身を包んだ。変わらぬ視界と、まるで麻酔にかかったかのような感覚が同時に襲いかかるが、困惑など無い。
力を込める感覚と、湧き上がる恐怖と、それに立ち向かう勇気には、変わりがない。
「場所、変えるよ」
施錠した窓を開けて、《黄影》の隣を抜ける。柵に登って、そこを蹴って宵闇に跳んだ。敵影は、その後ろを付いてくる。
これから鮮烈で熾烈を極める戦闘が開始するだろう。
だがその愛娘の非行を、彼女の両親は知る由もない。




