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Loose × Loop × roots  作者: ひさまた病
改訂版
31/48

5.そしてこれから

 家庭的な音で目が覚めた。

 具体的には、包丁がまな板を叩く音だ。

 ムクリと、巨漢は身体を起こす。布団に手をつくと、ごりっと嫌な感触がした。横を向けば、足首を痛そうに抱える高城が寝転がっていた。

「いってーんですよ、朝っぱらから、オレに何の恨みが?」

 元気そうな高城の声を聞きながら大きくあくびをする。床に転がっている端末を取れば、時刻はまだ午前八時前だった。

「八時間睡眠か。健康なことだ」

「つっても、日曜なんで、もっとゆっくり寝たかったとこですがねえ」

「伊達が朝食の用意をしているらしい。寝ぼけているのも可哀想だろう」

「ん……ああ、そっすね。味噌の臭い。和食ですかね?」

 鼻をひくつかせながら高城がいった。ぼさぼさの頭は怒髪天を付いているようで、水商売の雰囲気を伺わせる。

 佐渡はゆっくりと立ち上がってふすまを開けた。下着姿だが、誰か咎める者が居るわけでもない。

「おはようさん」

 声をかければ、振り向いたのは犬飼だった。居間には誰もおらず、キッチンから顔を覗かせるようにして出てきた。

「おはよーございます、今、朝ごはんできますから」

 タンクトップに、ショートパンツ。だが今は、その上にエプロンを引っ掛けていた。

「ああ」

 珍しい彼女の姿を一瞥しながら席につく。するとまもなく、淹れたてのコーヒーが差し出された。

「ブラックです。ヒトシから話があるみたいなんで、頭覚ましといてくださいね」

「話? 何だ、改まって」

「ケッコー怖い顔してましたよ」

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながらキッチンへと戻っていく。

 無言の佐渡は、低血圧そうな高城がゆらゆらと席に座るのをみながら考えた。

 伊達の話。怖い顔なら、怒っているのだろう。だが怒られるようなことは何もしていない。心当たりは皆無だった。

 いや――もし何かに感づいているのならば、むしろかえって心当たりがありすぎる。

 これは参った。なんてことだ、昨日のうちに帰っておけばよかった。

 心中での後悔は、しかし瞬く間に打ち切られた。

「今日は少し手の込んだものにしてみました」

 伊達がお盆を運びながら言った。

 それぞれの席の前にご飯、味噌汁、鯖の塩焼きに、厚焼き玉子を並べる。

 やがて伊達も腰を落ち着かせ、一種のコスプレを思わせる犬飼も、エプロンを脱いで食卓についた。

 それでも沈黙したままの佐渡に、伊達は困ったように眉をしかめて言う。

「……ど、どうぞ」

「何か話があるんじゃあないのか?」

「ああ、犬飼から聞いてたんですか。食事の後でも、と思ってましたが」

「なら飯食ってからにしよーぜ。オレぁ腹減ったよ」

「そうだな。そうしよう」

 本題を切り出そうとするよりも早く、高城が箸を片手に味噌汁をすすった。

 腰を折られて嘆息すれば、佐渡も苦笑したように箸を手に取る。犬飼はそれを見ながら、最後に食事に口をつけた。


「形成者が?」

 食器も片付けて、食後のお茶を啜りながら佐渡が繰り返した。

 伊達は険しい表情で頷く。

「ええ、しかも妙なもので」

 どういったものか、と腕を組んで唸る。あの感触、あの柔さ。そして引き際の良さ。

 とても普通ではない。

「驚くほど、弱かったんです」

「弱い?」

 怪訝そうに佐渡が言った。

「なら、問題無いだろう」

「俺たち形成者は確かに戦うこともあります。ですが、寝首をかこうとか、住処に乗り込んで襲おうだとか、そんなヤツはいません」

 だから、最初は佐渡が仕組んだ事だと思っていた。しかしどうにも違うらしい。

 佐渡は初耳であるような反応だし、それにわざわざ、この状況で嘘をつく利点も、必要性も無さそうなものだ。

「だからおかしい、と」

「ええ」

「確かに妙な話だわなあ。ンなヤツ、今までで始めてだぜ?」

「そうねえ。あたしも聞いたことないし」

 二人も、確かに不可解だと頭を捻る。

 伊達はお茶を一口含んで、味わうように転がしてから飲み下した。

 しかし彼らに不安などない。

 個々の戦闘能力もさることながら、三人でいるからこそ決して負けないという自信があるのだ。

 高城がいるから、犬飼がいるから、伊達がいるから。だから負けない。

 理屈なんて無い。

 誰が来ても、どんな敵が来ようとも、負けない。

 ただそれとは別に、今回のことはあまりにも不可解すぎただけなのだ。

「そういえば、瞳から蒼い光が漏れてました。妙に印象深かったんですが」

「蒼?」

 伊達の言葉に、佐渡が過敏そうに反応を示した。

「ええ……何か、あるんですか?」

 佐渡は伊達の言葉に小さく頷きながら、湯のみを傾ける。残ったお茶を飲み干してから、不自然なまでに立ち上がった。

「後は調べてから報告する。何があっても、おれからの連絡だけを信じろ」

 彼が持ってきた荷物は弾薬だけだ。ポケットに携帯端末と財布とを詰め込んで、野戦服のまま玄関へ急ぐ。

 彼の言葉の真意を、なんとなく伊達らは悟った。

「じゃあ、達者でな。さっさと仕事、終わらせちまえよ」

「ありがとうございます。先生こそ、お元気で」

「ああ。またな」

 佐渡はいそいそと彼らの部屋を後にする。

 しばらくして、駐車場からエンジン音が響いた。車が駆動する振動を僅かに感じながら、佐渡が去ったのを、窓から見送っていた伊達が確認する。

「何かが起こる。変わろうとしているのかもしれない」

 伊達が言った。

 窓枠を掴む力が強くなる。

「俺たちをダシにして、これまでの同胞を踏みにじろうとしているんだ」

 確信があった。

 あの形成者は、決して人じゃない。個体をモデルにしていないから、おそらくは無人機のようなものだろう。感触、反応、どれも妙過ぎた。

「早い内に《兎》を引き込んで、対抗手段を練ろう。いずれ俺たちは死ぬ……だが、奴らに軽々しく踏破されていい存在じゃない」

 ゆっくりと首を回して、後ろを振り返る。勝手に熱くなった彼だが、二人を協力させるつもりというわけでもない。彼らにも彼らの生き方がある。ここでこじれれば、仕方がないということもありえた。

「トシがそう言うなら、しゃあねえってトコだな」

 腕を組みながら、椅子に腰掛け、背を向けたまま高城が言った。

「あんたにも恩があるし、できることはやってあげるわよ」

 頬杖をついて、微笑みながら犬飼が言った。

 この上ない、彼が知る限り頼もしいにも程がある援軍だった。

「ありがとう、みんな」

 伊達は二人に軽く会釈をするように頭を下げてから、ゆっくりとした足取りで壁際へ向かう。

 たたまれた寝袋を広げた伊達は、無言のままその中に入り込んで横たわった。

「何かあったら起こしてくれ」

「寝んのかよ! 今のやる気どうした!」

「昨日から寝ていないんだ。お前たちのためにな。疲れているんだ。眠いんだ」

「今の緊張感台なしねえ?」

「俺だって……好きで、眠い、わけじゃ……んぅ」

 横になっただけで意識が朦朧とし始めた伊達は、やがて声を掛けなければすぐに眠りに落ちた。

 そんな少年のあどけない寝顔を眺めながら、残された二人は顔を見合わせて苦笑する。

 こんな子供に啖呵をきられて、黙っていられるタチではない。

 犬飼はそのまま外へ、例の形成者の痕跡を探しに出た。

 高城はその場に残り、パソコンを前に待機する。動くのも仕事の一つだが、待つのも仕事である。彼がすべきは、上層部から来るだろう連絡への応対だ。 

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