1.帰宅後の憂鬱
中田は部活があり、共に帰宅する桜井とも駅で別れた。
学校から緩やかな坂をくだった先にある駅までおよそニ○分。さらにそこから進むこと四○分で、住宅街に到着する。入って手前にある安普請のアパートが、彼の自宅だった。
ぎぃぎぃと音を立てる外階段を登り、今にも抜けそうな板張りの廊下を歩いた先。真ん中の部屋がないから全ての部屋が角部屋となっているが、その中でも一番の角であるニ○ニ号室が伊達と高城の本拠地だ。
解錠して、中にはいる。
玄関を開けた瞬間に、もわっとヌルい酒臭さが鼻腔を刺激した。
薄暗い中に、ほのかな明かり。無数の笑い声が聞こえることから、テレビがついていることを察する。
「センリ、戻ったぞ」
玄関を入ると、左手にシンク台があり、左手にバス・トイレが有る。居間とはガラス戸で隔てられており、そこは閉じられていた。
靴を脱ぎ、詰め襟を脱いで、引き戸を開ける。
「おう、おかえり」
真っ青な顔をした高城が手を振った。テーブルの向かいで、半ば突っ伏すような体制だった。
片手にチューハイ。テーブルの上には空の缶がいくつも転がり、ワンカップも三本ほど空になっていた。
灰皿は、まるで趣味の悪い生花のような様相を呈している。どこか、食虫植物を思わせる装いで、フィルターが無数に突き出していた。
「窓を開けろ、いろいろ臭い」
部屋の隅には三ニ型のプラズマテレビ。対面の壁にあるソファーに転がっている女性を認めた。
顔を真赤にして、だらしなく腹を出している。タンクトップに、デニム地のショートパンツ姿の犬飼ありすだ。
彼女もまた、ここで厄介になっている。かれこれ、一ヶ月ほどだ。
今回の任務の殆どは伊達が請け負っていると言っても過言ではない。しっかりと卯野櫻子の捜査を続けているからだ。
だのに、彼らは働きもしない。『形成者』という性質上、一時的な勤労は可能だしアルバイトとして応募しても、有無を言わせずに働くことも出来る。もちろん、彼らを飼う政府は、生活費として概ね十万円前後を各自の口座へ振り込むし、住居費、光熱費を支払ってくれるのだが――何もしなければ、それ以前に人としてダメになる。
彼らがいい例だ。
もうダメになっている。
生ダコのようなふにゃにゃの手つきで延々と手を振る高城に、裏返ったカエルのように足を開いて腹を抱く犬飼。共に酔っ払いで、潰れているのだ。
五月中旬。金曜日の、午後四時である。
動かぬ彼らに変わって窓を開け、空き缶を片づけ、テーブルを拭く。誰も入れなかった洗濯物を回収して畳んで、それぞれ別にしてまとめておく。
残るは夕食だ。
マヨネーズ狂とも、時代遅れのマヨラーとも呼ばれる伊達仁志だが、しかし舌は腐っては居ない。少なくとも、この三人の食事係を任せられる程度には舌が肥えているつもりだ。料理の腕前も、否応なしに上達し続けている。少なくとも、冷蔵庫の中身次第で献立を立てられる程度には。
「そうだな……夕食は」
ジャガイモ、人参、たまねぎ、ブロッコリー。豚バラのブロックに、豚トロ。
シンク台の下の収納を開ければ、予想通りにカレーのルゥがあった。決まりである。
「カレーか、ちょうどいい」
酒臭さも緩和されるだろう。それに、カレーの臭いで目が覚めれば幸いだ。
加えて言えば、伊達の好物の一つでもある。
炊飯器が電子音を鳴らす。ご飯が炊けたのだ。
「よし、オレが盛るぜ」
皿を片手に、千鳥足の高城が意気揚々としゃがんだ。炊飯器は床に置かれているのだ。
犬飼はいまだ眠りこけているが、それでもソファの上であぐらをかいて、こっくりこっくり船を漕いでいる程度には覚醒に近づいていた。
「大丈夫か?」
「おう」
しゃもじで山盛りにご飯を盛ってから、次の更に並盛、残ったものに全てを乗せるも小盛りだ。シンク台の上に並ぶそれを調整してからカレーをかけた。
「お前はスプーンを運べ」
「おう」
時刻は六時近い。
伊達はようやく、休息にありつけた。




