終章「Restart」
『君たちはよくやってくれた』
政府の高官は白々しくそう言った。
あの戦いから、一週間も経過してからの事だった。
『その働きを讃え、私はその力をより昇華させ――』
「黙れ」
短く吐き捨ててから、手の中でばきり、という断末魔が聞こえた。通話を切る前に、端末が壊れてそれが終わった。
はらわたが煮えくり返りそうな無益さを飲み下して、伊達は改めてそれに向き直る。
そこはいつもの遊歩道の、丘の上。少し高いそこは、少しだけ見晴らしがいい。
人気のない遊歩道から離れた森の中に、真新しい木の棒が立っていた。それを前にしている伊達の手には、缶ビールが握られている。
プルタブを開ければ、ぷしゅと小気味よく炭酸が抜ける音がした。
買ったばかりの缶ビールはまだ冷たい。それを口に運んで、一口含んだ。
苦味が広がる。炭酸が口腔を刺激する。
程よい麦の香りが、鼻から抜けた。
「……まずいな」
こんなものを、良く飲めたものだと思う。
ウーロンハイですら精一杯だ。酒など、二度と飲むまい。
だから、持て余してしまった残りを、向こうで味わって飲んでくれ。
伊達はそう心中で呟きながら、墓標の上で缶を傾けた。
缶の口から琥珀色の液体が見える。それが溢れる瞬間に、横合いから伸びた腕が缶を奪い取った。
すぐ傍らで、喉を鳴らしてその中身を飲み干していく。空になったビールを飲み干して、気持ち良さげにそいつは言った。
「くぅ~! うめえなあ、やっぱ仕事終わりは、こいつに限る!」
「……な、ん――」
鋭い目つきのハンサム顔。ブラウンの瞳。傷んだ金髪は、今では清潔感ある短髪に変わっていた。
たちまち口元が緩めば、すぐさま三枚目の仮面が上にかぶさる。
軽い口調で男は言った。
「どうした、トシ。目ぇ赤いぞ」
「……形成の名残だろう。気にするな」
高城千里は快活に笑って背中を叩いた。
彼の生存は、だがしかし――思いの外、感動を促さない。
死にこそ感動した。死の原因だとか、割り切れない感情だとか、今までの生活だとか。伝えたいことは色々あって、だけれど心の整理はつき始めていたのだが。
「よく生きてたな」
嫌味を言えば、威張るように胸を張った。通じていない。
「むしろ、良く死んだと思ったな」
「……どこを、どう受け取れば生きていたと思えるんだ?」
「――聞こえなかったの?」
高城の背後から違う声がした。
犬飼ありすは、矢田恭介を従えてあらわれた。
「何をだ?」
「銃声よ。勝利の一番の要因」
「銃声?」
「まあそいつはいいだろうがよ、姐さん」
高城の前に立ちふさがるようにした犬飼の脇から、高城はぬっと這い出て言った。
「影シリーズのコアに操られてたんだよ。あん時、オレの中にはコアが二つあった」
つまり、《幻影》が抜き取ったのは彼に侵食していた二色のコアの塊だったのだ。
混戦を避けるために退場したまま姿を隠していた。
その方が、《鷹》という性質上もっともあった戦い方を選択できることもあった。
「単純なことだ。あの新装型よりはまだ、オレたちのほうが価値がある。簡単に殺せるわけがねえ」
「言ってしまえば、自然に結晶化するまで骨の髄まで啜られるということだろうが」
「身も蓋もねえな」
肩をすくめて高城が笑った。つられるようにして伊達も苦笑する。
「そんで、これからどーすんスか?」
素直な疑問で、問題の核心を突く。
伊達は政府からの通達を拒否した。犬飼らには連絡なく、高城は一週間行方をくらましていた。
今後の方針は、高城に何か伝えられているだろう。そう思って伊達と犬飼は彼へ顔を向けた。
「知るか。強制的な結晶化のあとの検査が長引いただけで、特に何も言われてねえよ。隣のベッドでケンさんが『割に合わねえ』ってボヤいてたくらいだ」
「先生もそこに居たのか」
「ああ。暫くは安静だとよ。命に別状はないらしいが」
「そうなると、アレよね」
手を叩いて、犬飼が嬉しそうに笑う。
お、と声を上げて矢田が何かを期待した。
「そうだな」
適当な木の根本に立てかけておいた学生鞄を手にとって、伊達は言った。
「暫くは休息としよう。俺は任務続行……いや――」
「まだ学校行くのかよ?」
呆れたように高城が訊く。うんざりしたように伊達は言った。
「《兎人》の反応をロストした。捜索・説得のついでに登校する」
この一週間で、校舎は完全に修復していた。謎の寄付金とともに、手練の建築班が殺到したのだ。
大穴にはセメントが流し込まれ、窓ガラスは防弾ガラスに変えられたことを除けば、完全に元通りになっている。
そして今日は、一週間ぶりの始業日だった。
そんな話をしていれば、噂を嗅いで来たかのように遠くからガサガサと音がする。
皆が沈黙して待っていれば、疲れた顔をした少女がやってきた。純白のワンピース調の制服を着た、卯野櫻子だ。
「もう、こんな所にいて! 遅刻するよ!」
「ああ。了解した」
どことなく引きつった顔で頷く。
そんな彼に、高城が茶々を入れた。
「目標ロストしてねーじゃん」
それに反応して、犬飼たちがくすくすと笑う。
伊達はむっとした顔で言った。
「任務、再始動だ」
日差しを遮るような緑のカーテン。木漏れ日が、乾いた大地に揺れる。
草の香りが胸いっぱいに溜まる。
腕を引かれて、仲間たちに笑われて、それでも伊達たちは通学路へと出た。
また、非日常を繰り返す。
終わらない輪廻の中で、まったく違う人生を経て、同じ結果を叩きだして。
「トシくんって呼んでいい?」
「……好きにしろ、櫻子」
破顔する彼女の手を握り直しながら、こんな非日常を満喫しながら、伊達は思った。
こんな狂った運命も、悪くない。




