5.黒霧
《鷹》が野太刀を振るって封鎖している鉄門を両断した。雑に切り裂かれたそこを蹴り飛ばせば、人が一人通れる隙間が空いた。鉄門がいびつに向こう側へ歪んだそこを、彼は通り抜けていく。
「何スかありゃあ!?」
後に続いた《鴉》が叫ぶ。
視線の先のソレは、既に《猟犬》も認めていた。
新たな外骨格――《隼》たちの手にコアが無いことを考えれば、それらがまとまって装甲を形成したのは自明の理。あれだけの量を無意味にだしたわけではないのならば、こうなるのはもはや常道である。
そこに結晶化した《鷹》が乱入するのだから、状況は混迷。
うまい具合にスイッチする必要がある。
「《隼》! 相性の問題! 交代するわ!」
《猟犬》の言葉に反応して《隼》は一瞥する。彼女はその所作に、違和感を覚えた。
敵は既に数歩手前という至近距離に居るのに、わざわざそれほどの隙を見せるとは――形成ができても、まだ本調子ではないのだろうか。
彼女が心配した矢先から、彼は《幻影》に腹を鉄杭で貫かれて吹っ飛んだ。そのフォローとばかりに《兎人》が前に立ちはだかる。
しかし、それも僅か数秒だった。
気がつけば駆けつける暇もなく、無防備に鉄杭が射出されて腹を貫かれる。そのまま間髪おかずに顔面を殴り飛ばされ、《兎人》は校舎に叩きつけられる。昇降口のガラス戸を叩き割って、並ぶ靴箱を破壊した。
「本調子じゃないのと、未熟者……コンビとしては最悪ね」
「言ってる場合っスか!」
《猟犬》の前でなんとか《鷹》を抑えている《鴉》が嘆くようにして声を張った。
我に返る彼女は、頷いてから彼らの脇を通り抜けた。
走行にともなって背部からミサイルを展開する。間髪おかずに発射すれば、その反動で僅かに走行が停止した。
しかし恐ろしく速く吹き飛んだミサイルは――呆気無く、《幻影》の土手っ腹に突っ込んだ。辛うじて衝撃がぶち当たる寸前に肘を落としてガードを試みたが、しかし腕ごと爆炎に飲まれて大穴の空いた職員室へと叩きこまれていた。
あっという間である。
《猟犬》からは、ため息しか出なかった。
「あたしは向こうと戦ってるから、あんたは《隼》が来るまで持ち答えなさい」
「了解!」
背中越しに声をかけられ、《鴉》の動きにさらなる磨きがかかった。
まるで死にに急ぐかのように身を削る動き。振り下ろされる野太刀に腕の側面を両断されようとも、振り放たれる赤熱の双剣は《鷹》を一見して圧倒し続けていた。
剣撃が加速する。対応する野太刀が緩慢に見えるほど、やがて双剣は残像を見せ始めた。
《鷹》が、その双剣が引いたと認識する時には攻撃が腹を切り裂き、迫ったと構えた瞬間に予想した斬撃が遅れて隙を縫って放たれる。
やがて野太刀は冷却を始め、結晶化した肩が、腹が、亀裂を覚えて砕け始めていた。
しかしやはり、それよりも修復が速い。結晶はまるで流体のように亀裂を繋ぐ。
《鴉》は一撃を受ける内に十撃をぶち込みながら、さらにその動きを早くした。
近づけば、噴出する黒い霧に侵入する。相手に攻撃を食らわすには、その中に入るしか無いのだ。
既に校舎から出てきた《幻影》は身体を低くして走り出している。《猟犬》はそれに向けて、ミサイルを口から射出した。
放たれたミサイルに合わせて鉄杭が叩き込まれる。衝撃が真芯を捉えて炸裂し、《幻影》は右腕を粉微塵に吹き飛ばしながら、されど怯む様子など微塵も見せずに肉薄した。
(すげーヤツ。さすがは新装型)
感心する。この勝ちへの執念は、ただの形成者には無い。
《猟犬》はその霧の中ですらも鮮やかに見通す視界で敵影を捉える。距離は五メートル弱――だが、尾が感じる振動は、耳が聞く風切り音は、もう目の前から届いていた。
敵が腕を振りかぶる。間抜け過ぎる大きな間隙だ。しかし彼女が感じたのは侮りではなく、背筋が凍えるような危機感だった。
咄嗟に身をよじって横の空間に飛び込む。その瞬間に放たれた腕は、彼女の頭があった位置を穿っていた。
射出される鉄杭が、回避が追いつかぬ左下肢を貫く。身体に凄まじい衝撃が走り、左の後ろ足が爆ぜるように破損した。装甲が吹き飛び、筋繊維が引きちぎれたのだ。
それでも《猟犬》は体勢を崩さない。《幻影》から少し離れた位置に着地し、前を見据え、刹那の時に反撃の隙を伺う。
だがそれよりも早く追撃が襲いかかった。数秒で再生した右腕が、間髪おかずに彼女の顔面へと振りぬかれたのだ。
足がない。回避が追いつかない。
ならばやるしかない。
大口を開けたまま、ミサイルを吐き出す。だが、その弾頭が口腔から顔をのぞかせた時点で鉄杭は鼻先にまで迫っていた。
間に合わなかった、終わりを悟る。
逡巡による一秒以下の時間の消耗によるせいだった。
肝が冷える感覚、背筋が凍りつく気配。
――それと同時に、目の前の空間が爆発した。
爆発の衝撃が辺りを吹き抜け、黒い霧を払拭する。
横合いから跳び込んできた影が、逆袈裟に剣を振りぬいたのだ。炸裂した刃が腕ごと武装を断ち、装甲が焼けて炎が膨張する。
右腕がくるくると回転しながら真上に飛んだ。《猟犬》は鼻先を切り裂かれたまま真横に吹っ飛ぶように飛び退いて、低く構えて《幻影》を睨んだ。
もう一本の腕が、乱入した《鴉》の喉元を狡猾に狙った。だがそれさえも双剣が斬り裂いた。縦真っ二つに両断してから、横に裁断された腕が中空に四散した。
「こんなやつに、なにやってんスか」
明瞭になった視界のなかで、《幻影》はさらに喉に刃を突き立てて蹴り飛ばす。仰向けになって倒れた敵影の上に覆いかぶさって、柄を踏み込んで大地に縫い止めた。
一本の剣を構えたまま、両肩に足を置いて行動を制限する。《鴉》は呆れたように剣をなぎ払って、そこから迸る火焔で周囲に円形の領域を作った。半径十メートルもない空間が出来上がる。
轟々と唸りながら大気が燃える。加熱する大気が激しい勢いで上昇する。
《幻影》から漏れだす霧は余すこと無く上昇して霧散し、《鴉》はそいつの頭を蹴り飛ばした。
切り込みが入って緩い首から引きちぎれた頭部が、ゴロゴロと転がって《猟犬》の足元で停止した。
「ある程度経験積むと、相手を軽視しやすいんスかね?」
軽薄な笑い声を上げて、ぼうっと青い炎を上げた装甲から剣を引きぬいて彼は離れた。
装甲を解除して《鴉》は矢田恭介に戻る。うんざりしたような表情で、肩をすくめた。
「センパイも、犬飼さんも、かーったりぃことしてないで、ぱぱっとやっちゃえばいいんスよ」
「正直な所を言うとね、形成者の個体差ってそれほど無いのよ」
《猟犬》は鉄仮面の中から灰色のコアをひきずり出しながら言った。
「経験も似たり寄ったり。そりゃ、コアを保有する個体によって同じ外骨格でも戦闘データが違ったりはするけどね」
「つーと、俺は強いんスか?」
「後先考えて最初っから飛ばせりゃバランスがわかんないわよ。ずっとそれを維持できんなら、イイ線だとは思うけどね」
「で、そいつは弱いと」
親指でコアを示して言う。
彼女はふるふると首を振った。
「強かったわよ。正直、あんたが今居なけりゃあたしも、《隼》も、追い詰められてたかもね」
「ナメてたからでしょ?」
真剣に、わからないといった顔で問う。
違う、と彼女は矢田を見据えた。
「こいつは霧で相手の視覚情報を騙してた。目じゃなくて、それを理解する頭をね。あたしたちはコアだけど。んで、《隼》は暴風を起こせるわけでも、火を出せるわけでもないし、あたしはあたしでそれを理解した瞬間に殺されかけた。《兎人》の戦闘力は、中身が中身だから未知数だし」
「へえ。んじゃ俺は無自覚に、適切な判断をしてたわけっスね」
「そゆこと。大手柄よ、感謝するわ」
彼女はそう言ってから人の姿に戻る。表情は、その言葉とは一転してキツく引き締まっていたが、それが逆に不自然だった。
照れ隠しで暫くは《猟犬》のままだったのだ、と矢田は気づいてニヤニヤしていた。
そして犬飼はそればかりに気をとられて、手の中でコアが再び蠢いているのを知らない。
だから気がついた時には、右腕が肘先まで灰色に侵食されていて、
「犬飼さん!」
矢田が初めに気がついた。
反射的に手の内に展開した剣で、矢田が肩口から一閃で右腕を落とす。ため息が出るほどの会心で、バターをスライスするような滑らかさだった。
犬飼は言葉にならぬ絶叫を吐きながら、溢れ出る鮮血にまみれて、己で作る血だまりの中に膝から崩れていく。
地面に落ちた右腕を喰らい、コアは再び肉体を構成した。
彼女の血を啜り、大地を齧り、今度は赤黒いシルエットで。
瞬く間に黒い霧が辺りを飲み込んでいく。炎が霧を焼き、上昇気流が巻き上げるのも間に合わない莫大な量が空間を支配した。
「くそが……!」
視界がゼロになる。闇が世界を満たしていた。
怨嗟を吐く矢田の胸に、致命的な激痛が走る。
射出された鉄杭が、男の胸を捉えて貫いていた。




