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Loose × Loop × roots  作者: ひさまた病
通常版
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第四章「accelerator」

 思うことがある。

 なぜ形成者は、コアが馴染んでちょうど一年が経過した時に、記憶を余すこと無く手放してしまうのか。

 それはあまりにも不可解過ぎる反応だ。コアの劣化、結晶化までの時間、それらは個人差があり、その平均値は変動する。

 だが記憶を失うことに関しては、全てがきっちり一年間だ。そして記憶を失ってからそれ以前を知らぬがゆえに、当人はまともな観測ができない。

 もしかすると――なんらかの施術によって脳を傷つけ、記憶を操作しているのではないか。

 その純粋な疑問に、かつて施設で世話になった医師は困ったような笑顔で答えてくれた。

『人はコアを植え付けられた時点で、人でなくなる。それでも人であろうと、人であると認識する脳が、ゆるやかに死んでいくのさ』

 よくわからなかった。

 彼は苦笑して、付け足してくれる。

『君が形成者になってから一年で、君の頭の全部がここに行くんだ』

 脳を指してから、彼は胸を示そうとして、伊達のコアは脳の中枢に置かれていることを思い出した。

 デスクの上に置いてある趣味の悪い手のひらサイズの骸骨と消しゴムの欠片を取り出して、同じように示してやった。

『だから一年で終わるのさ。初期の方が鮮やかだからね。君だって、寝る前より朝起きてからのほうが元気だろう?』

 そして彼は言う。

『どのみち、おおよそ一年だけれど、正確でもないのさ。ただほかと比べて月、年単位のズレが無いだけで』

 納得すると同時に、伊達は遠くから呼ばれていることに気付く。

 医師に深く頭を下げてから、伊達は訓練場へ急いだ。

 

 そう懐かしいことを思い出せば、記憶はより深くを潜行する。

「ねえ、昨日のアレみたぁ?」

「見た、滝川クンでしょ? めっちゃかっこよかったよね――」

 時刻は七時三○分ほどだ。彼が校舎の屋上から見下ろす景色は平和そのものであり、それを示すように、端末には敵影の光点は未だ無い。

 短く息を吐きながら、まどろむように意識をくゆらせた。


 伊達が形成者になったのは、九年前。

 彼は僅か小学三年生の時に、人であることを棄てた。他人の意志で、道を踏み外したのだ。

 記憶は、しかし小学四年生の時から始まっていた。一時期は学校に通い続けたこともあったが――些細なイタズラや言い合いで感情的になった伊達は、そのまま勢いで形成をした。怒りのままに振るった拳は、同級生の息の根が止まる寸前で、担任の女教師によるヒステリックな絶叫のお陰で止まることができた。

 親が呼び出され、今回の件とは関係のない事柄まで責められた。伊達にとってその両親も、同級生ももはや何も知れぬ他人であったが、しかし形成者のコアによって人並み以上の知識と良識、常識があった。

 あったのだが、特に現在の保護者として己を受け入れてくれている親を理不尽に責めることなど、当時九歳の少年には我慢出来るものではない。保有する常識を、彼は御しきれないのだ。

 両親に形成者であることが露呈したのは、それが初めてだった。

 両腕に返しのつく腕で嫌味な教頭の顔面を殴り、腕を引いた際にその皮膚を肉ごと削ぎとった。出血が間に合わぬ損壊部、そのみずみずしいピンクの肉が、未だに記憶にあった。むき出しになった頬骨を、削いだ感触を、伊達は今でも覚えている。

 加えて伸し掛かられた教頭は、既に大腿骨と肋骨を幾本か骨折していた。

 形成者の内部はほとんどが筋繊維である。体重は、常より倍以上であった。

 伊達はそれから施設に引き取られ、学校にも、自宅にも二度と戻れなくなった。

 彼が傷つけた同級生、教頭へ完治するまでの医療費を払っても余りある金額が振り込まれ、小学校へ寄付金が支払われたことを、伊達は未だに知らない。

 それからの伊達は酷く荒んでいた。

 己の何が悪かったのか。理解できるが、納得はできない。分別はつくが、付けたくない。早めの反抗期のようだった。

 目を覚ませば部屋の隅で小さくなり、訓練を強要されれば暴れまわる。

 自分は人なのか、兵器なのか。何のために存在し、これまでの自分はどこに行ってしまったのか。

 空っぽになった伊達は己を知ることも、その経験から己を抑えることも出来ない。小さな身体に、数十年分の記録と、知識が流れ込んでいるのだ。その中に、子供が己を支える方法など含まれているわけがない。

 そんな時、彼を支えてくれたのが佐渡だった。

 佐渡健介は、彼に戦う手段と方法と、力を与えてくれた。

 形成者としてではなく、伊達仁志として接してくれた。くだらない話もしたし、真面目に怒られもした。冗談半分で組手をして、死にそうになったこともある。

 一年後に、高城千里がやってきた。彼はその頃、十六だった。

 佐渡とはニ六も離れていて殆ど親も同然だったが、六つしか離れていない高城とは随分と兄弟のように接していたと思う。

 一緒に風呂にも入り、伊達は教養をつけようと考えるも参考書より小説を選び、高城はポルノ雑誌を読む。隣り合って、たまに交換して、すぐに交換しなおして。一緒に佐渡と戦って、五分も経たずにギブアップしたこともあった。

 小学校で過ごした数週間よりずっと賑やかで、ずっと楽しかった。

 伊達が十一くらいになれば、高城と一緒に佐渡につれられて海外に渡った事もあった。スーダンだった。

 そこで反政府軍のゲリラ部隊に襲われ、返り討ちにしたことがある。そこが、初めての実戦だった。

 スーダンでの芳しい結果を聞いた政府は、即座に施設から彼らを引き剥がす。

 佐渡はスーダンでの功績が買われて、そこで活躍していた傭兵部隊にスカウトされた。しかし度々、メールや電話でのやりとりは続いていた。

 伊達と高城は二人で各地を転々とする。主に関東圏だったが、それから今まで五、六年ほど形成者と、たまに凶悪な犯罪者と戦い続けてきた。

 それも、もう終わりそうなのだ。

 そろそろ十年が経過する。

 伊達は脳の奥底にたゆたうコアが軋むのを、確かに感じていた。 

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