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Loose × Loop × roots  作者: ひさまた病
通常版
12/48

1:ゲリラ戦

 もし戦闘能力の優劣で敵数の配分を決めているのなら、とても優秀な選択だと犬飼ありす――もとい《猟犬》は思った。

 そこは膝ほどの雑草が生い茂り、様々な高さの木々が聳える森林。地面はゆるやかな丘陵で、彼女は見晴らしのいい中腹あたりで身を潜めていた。

 ――流線型の胴には堅牢な装甲を細かく重ねることで挙動の柔軟性を実現している。四肢の先には鋼鉄をも引き裂く鋭い爪を持ち、尾てい骨から伸びる尾はしなやかに地面に触れ、振動を察知していた。

 瞳は鮮やかな緑。その瞳から後頭部へと伸びて、胴に走るラインを作る。

 ピンと立てた耳は、数キロ先のくしゃみさえも聞き分けた。

 その姿は、《猟犬》の名に相応しいくらい犬の姿だった。

 大型のドーベルマンのような流麗かつ力強さを持つ。彼女はこちらに迫ってくる気配を、端末の地図を見ずとも理解した。

 この山の中に侵入した数はおよそ三。

 危惧していた街への被害はなく、一心不乱に彼女のもとへと迫ってきていた。

 視界は緑色に染まり、レーダーのように感知した敵影をこの暗闇の中で浮かび上がらせる。そういったのは形成者の強化外骨格としての特徴であり、武装や能力などは別にあった。

 しかし、彼女には武装しかない。

 そんな己に三人とは――いい度胸だ。

 彼女は牙をむき出すように嗤い。

 戦闘だ。

 そう言わんばかりに、大地を弾いて飛び出した。


 丘陵を駆け出せば、その闇の中で深淵よりもなお暗き一閃が虚空を突き抜ける形となった。

 斜面がゆえに速度は増し、彼女が十数分をかけて踏破した道を、僅か数秒で通り過ぎる。

 そして通り過ぎた木々の影に潜んでいた《影》を認めた。彼らは彼女の位置を把握してなお攻めて来ることをせず、狡猾に《猟犬》が動き出すのを待っていたのだ。

 だからこそ、これからが本番だった。

 ――彼女は既に数ヶ月この咲玉市に潜伏している。だからこそ、戦闘に利用できそうな地帯は余すこと無く把握していた。

 だから待ち伏せは容易で、上をとられ下から反撃することがどれほど困難であるか、さらには夜陰に潜む敵影を発見することの困難さを、彼女は十分に理解していた。もちろん、敵の視点に立って、だ。

 前肢で大地に噛み付いて、勢い良く振り返る。

 身体が完全に止まるのを待たずに横へ飛べば、前方から跳躍して肉薄した黄色の瞳を持つ影が襲いかかってくるのが見えた。

 身の丈余る薙刀を振り上げていた。直後に叩き落され、幅広の刃は鋭く大地を切り裂き、土を巻き上げて弾く。返しのように《猟犬》の後を追って薙ぎ払えば、すぐ後に樹木の幹に刃が阻まれた。

 鋭い斬撃音を背中越しに聞く。

 その時はちょうど、彼女は目の前に琥珀色の瞳を持つ影が迫っていた。樹木の幹を一掴み出来そうな両拳を持った影である。

 《猟犬》が跳び上がって幹を弾き、さらなる高みへ至った直後、その拳は彼女が最後に枝を弾いた樹木を殴っていた。

 衝撃を受けた途端に、幹が爆ぜるように破砕した。拳があたった部分が元から存在しなかったように消し飛び、その上部を琥珀の影は蹴り飛ばした。

 飛来する樹木は矢の如く森を突き破って夜空に姿を表した。

 彼女は眼下に肉薄した葉が生い茂る樹木を一瞥して、右上肢の鉤爪を突出させる。

 身体をわずかに捻る。それだけで回避できた木を一瞥して見送った。

 手近な木の頂点に《猟犬》が着地する。

 同時に、再びその木が吹っ飛んだ。

 すかさず跳躍、今度は木の幹を弾きながら落下の衝撃を抑えて、やがて地面に着地した時。

「……ヌルいわ」

 頭上に振り下ろされる薙刀を、僅かな挙動で回避する。真横に落とされた薙刀が再び転ずるよりも速く、半ば懐に潜り込んでいた《猟犬》の爪が鋼鉄製の柄のど真ん中を輪切りに斬り裂いた。

 武器が破壊され、《黄影》の体勢が倒れこむように少し崩れる。その隙が致命なのだ。経験不足であり、慣れぬ外骨格だからこそ御しきれない。

 言わば、機体は上等でもシステム面に問題があるようなもので――《猟犬》はその背部から、円筒型の何かを形成した。

 ミサイルである。

 信管も、それを作動させる撃鉄も、それらを御し切るシステムも要らない。

 グリーンの視界の中に、四角いレティクルが出現し、それを対象に合わせるだけでいい。

 ミサイルを発射する感覚は、大きく伸びをするのに良く似ていた。

 首を倒して、その兵器を解き放つ。

 円筒形、そして突き刺さるように鋭い弾頭を持ったミサイルはバネとてこの原理を利用した機構、そして肉体を巡る液体を利用した油圧システムを改良した確実な力強さで発射される。

 初速はニ○○キロ。それが最大で、故に瞬時にして《黄影》の土手っ腹にそいつが突き刺さった。

 装甲を貫いて、その衝撃を受けた瞬間にミサイルの胴部に四本の足が展開。《黄影》の肉体を貫く直前に、四本の足が身体にしがみ付くように広がり、貫通を防ぐのだ。

 直後に、弾頭が作動する。

 その装甲の内側に、激しい爆炎が溢れ返った。衝撃と共に炎がミサイルが開けた腹と背の大穴から噴出する。《黄影》は背後に吹き飛び、適当な幹に身体を打ちつけながら、樹木を巻き込んで火焔の勢いを増していった。

 それと共に装甲が溶融し、コアが致命的な熱に及んだのを確認しながら高く跳躍した。

 確認したのはそれだけではない。

 《猟犬》の居た位置に巨大な拳が飛来した――それを待っていたのだ。

 衝撃が炎を上げたばかりの《黄影》を吹き飛ばす。ドロドロの装甲もろとも四散し、炎が鎮火する。木の根本に、鈍い輝きを放つ黄色のコアだけが残っていた。

 物理的な打撃は脅威的だが、そこから派生する衝撃は暴風にすぎない。さらには拳が重しになって、動きが鈍重になっている。

 そう評価して、跳び上がり《琥珀》の後方をとった《猟犬》は喉元からミサイルを展開した。ハッチを開けるようにして突出したミサイルが、再び射出する。

 上空からの飛来。

 間髪おかぬ直撃。

 首の付根から胸部へと突き抜けたミサイルが、再び同じ爆発を起こして《琥珀》を大破させた。


 残るは一体だ。

 夜陰を引き裂く炎を背後にしながら、周囲の警戒を一層強めた。

 闇を忘れた視界は緑色で辺りににらみを利かせる。耳は遠くまでの物音を察知し、尾は僅かな振動すらも感知する。

 三体居た敵影は、ものの見事に二体を犠牲にして距離をとったのだろう。逃げたわけではなく、おそらくはどこかで戦闘を監視していたに違いない。

 もはや手の内は見ぬかれた。だが――この装甲が薄く、いかにも初期生産型の脆弱な形成者が、それを知った上で何が出来ようか。

 そんな時に、森より更に上からの音を聞き咎めた。

 翼の羽音である。

 鳥やそれに類する動物――ではないのは、そこに金属類が触れ合う音が混じっていたからだ。

 飛行能力を有するタイプ。

 そして、

「……うそ」

 空を仰いで、口を開ける。

 《猟犬》はその翼が奏でる羽音のパターンは同一。決して乱れぬそれは、優雅さなど一切無く、ただひたすらに速さを求めていた。

 遠くから、近づいてくる。

 敵が離れたのは、加速して滑空するためなのだと、すぐに解った。

 それは彼女がかつて良く知った同胞と全く同じ攻撃手段であったからだ。

「タカシ――《鴉》」

 森の中に一つの《白影》が侵入した。

 上空から、その瞳に眩いばかりの白い輝きを持った人型の影であった。

 最上の迎撃チャンスである。

 だが彼女には、それを回避するので精一杯だった。

 ――《鴉》がそのままの速度で、《猟犬》が居た位置に突っ込んだ。鋭く、激しく、さながら対地ミサイルのように爆音を奏でながら、地表を引き剥がすように土を巻き上げて衝撃を振りまいた。

 第二期製造の形成者《鴉》。

 《猟犬》同様にコア破壊が可能な技能と兵器を有する、初期型に対抗したタイプだった。

 違う、唐橋隆は死んだ――《猟犬》はかつての相棒の姿を見ながら、自分に言い聞かせた。

 中身は別人だ。

 今回の作戦に乗じて、同じく鍛錬を望まれたのだろう。

 ならばかなり相手は難しいぞ、と彼女は思う。

 これまでの新装型とは異なり、同じ数十年の経験を持つ形成者だ。《兎人》のように馴染みきって居なくても、実力の三割も出せれば上々だ。それだけでもかなり手強くなるだろう。

「誰だ、タカシってよ」

 土の中から這い出た《鴉》が言う。

 口元にささやかな嘴のような丘。瞳は白く輝き、横にラインが伸びて後頭部で繋がった。

 フリンジ袖のように脇から指先まで伸びる薄い刃状の装甲は脇腹まで伸びる幅広さを見せる。それは飛行に転ずることが出来るものだ。

 それが加熱することで大気を温め、上昇気流に乗って飛来する。その後、触れれば溶けるほどの熱さまで高温になれば、回転し、スクリューの要領で飛行するのだ。

 その熱こそが、彼女のミサイルと同じ兵器である。

「俺ァ、言うまでもなく《鴉》だ。聞いてるぜ、てめえの前の相棒だった見てえだな」

 両手を伸ばせば、その刃状のフリンジ袖が手の中に移動する。掴めば長く伸びて、大ぶりのカッターナイフのような、対なる剣になった。

 これが、地上での対コア用の兵器である。

 コアは無論のこと、加熱する刃は形成者であっても無事では済まない。

「ヤツの代わりに抱いてやろうか? 犬飼ありすさんよぉ」

「下衆ね。あんたみたいなド三流のタネなんか、野良犬だって舐めないわ。排水口にでも吸われて絶頂するのがお似合いよ」

「口汚えアマだな」

「気に入らないのよ。あんたの姿が」

 吐き捨てる。

 唐橋隆はとっつきにくい人間だった。無口だし、ぶっきらぼうだったし、歳だって彼女より一回り大きかった。さらに言えば彼女と出会った時、彼は形成者になってから、六年も経過していた。

 いくつかの仕事を共に過ごして、そんな彼について分かったことがある。

 少なくとも目の前の男よりも誠実だったし、言葉は少なかったが優しかった。それはフェミニズムから来るものではなく、誰にでも優しく、気づかえる人間だった。純粋な善なる性質からくるものだったのだ。

 人としてまともで、むしろ尊敬する所ばかりな男だったのだ。

 人間関係の薄い形成者にとって彼の存在は、やはり貴重で偉大だったのだろう。死後に様々な形成者と連絡をとってみたが、皆一様に「残念だ」と言う反応だった。電話先で鼻をすする音さえも聞こえた。

 そんな男は、歴史の中で僅か八年だけ《鴉》の名を掲げたのだ。数十年の、僅か八年だ。それ以前の《鴉》は今と同じような男だったかもしれない。

 だが少なくとも犬飼ありす――《猟犬》が知っている《鴉》は唐橋隆だけであるからこそ、気に食わなかった。

 軽薄そうで、下品で、お喋りなその男が、《鴉》にはふさわしくないと思った。

 ならばどうしてくれよう?

 答えは必然――わからせてやるだけだ。《鴉》はこうあるべきだと、ヒステリックな女の本性を魅せつけるように傷めつけるだけだ。

 彼女は言った。

「かかってきなさい」

「……そうか」

 彼女の意図を察したのか、あるいは自分がここに来た理由をようやく悟ったのか。

 ともかくその一言で《鴉》は真面目に立ち直り、剣を構えて腰を落とした。

「負けたら素顔、見せてもらうぜ?」

「でかい口叩く前に見せるもんが――あんでしょうがッ!」

 言葉とともに、大きく開いた口からミサイルを射出する。真正面から放たれたソレは、故に不可避であった筈だ。

 はずなのだ。

 しかしただ一度、剣が閃いたか否か。見間違いかもしれないそれを認識した時には、ミサイルは真っ二つに分かれて《鴉》の背後で爆裂した。

「ヒスってもいい。喚き散らしてもいい。嫌悪してもいい。だがな、犬飼……《おれ》を失望させないでくれ」

 先ほどとはまるで別人のような声。

 冷えきり、冴えた剣のような鋭さを持った《鴉》に、《猟犬》は思わずたじろいだ。

「あんた、形成者になってどれくらい?」

 少なくとも、長くて一ヶ月だ。完全に形成者になるまで十一ヶ月あるはずだ。

 彼女の問いの意味を知って、鼻を鳴らしてから彼は言う。

「一週間だよ。先々週まで、俺はただの売れないバンドマンだった」

 一週間。

 形成者には、まず始めに三つのタイプが有る。記憶がある一年間で取り乱す者と、受け入れる者と――それまでと何も変わらずに生活する者だ。

 彼女は受け入れた。

 だがこの男は、何も変わらずに生活しているタイプかもしれない。悟りの境地に至り、感情を完全に制御して発作的な外骨格の形成を防いでいる。

 幼いながらに、伊達仁志はこのタイプだった。高城千里は、取り乱すタイプだった。

 そのタイプを知っているからこそ、彼女は思わず歯軋りをした。

 執拗で忍耐強い敵だ。戦闘能力以前に、敵に回したくない形成者だった。

「驚いたか? だからなんだっつー話なんだが……ヤんのか、ヤラねえのか。俺としちゃ、どっちでもいいんだがな」

 つまらなそうに肩をすくめる《鴉》。

 《猟犬》は小さく頷いた。

「……いいわ。戦うわ。戦いましょう。あんたを、見極める」

 かつての相棒として。

 そんな彼女の言葉に、《鴉》はただ気怠げに頷くだけだった。


 跳びかかる《猟犬》の鋭い鉤爪を、《鴉》は剣を振り上げて彼女ごと弾いた。

 立ち上がって上肢を仰け反らせる無防備な肢体に、もう一本の剣を振りぬく。だが攻撃は後ろ足の蹴りあげで防がれ、《鴉》は思わずたたらを踏んで後退した。

 着地と同時にミサイルを射出する。

 横に転がり込めば、《鴉》の後方でけたたましい爆発が巻き起こった。

 立ち上がり、体勢を整える。

 そんな暇も無く、ふたたびミサイルが襲来する。

 避けきれずに、《鴉》は剣でその弾頭を受け止めた。

 凄まじい衝撃。圧倒的な速度。思わず両腕が剣ごと弾かれそうになるのを、上肢を倒して抑えこむ。

 ガリガリと剣と弾頭の表面が削られ、けたたましく撒き散る火花を全身に浴びながら、《鴉》は身体全体を、瞬時に捻った。

 ミサイルが軌道を逸らされ、直後に《鴉》の背後にある樹木を穿つ。

 爆発。

 衝撃に押されるようにたたらを踏めば、まるで機を図ったように《猟犬》が肉薄した。

「――っ!」

 下ろした両腕を蹴り下ろすように、鋭い前肢が胸元に深く突き刺さる。恐ろしい程に冴えた牙が、《鴉》の喉笛を噛みちぎった。

 迸る鮮血。内部に詰まる筋繊維が引きちぎれ、痛ましいほどに齧られた跡が喉に刻まれた。ほぼ皮一枚で繋がるような形の《鴉》だが、致命打たりえない。

 だから飛びついた《猟犬》へと、鋭く冴えた刃にも似た膝蹴りを打ち上げる。だが彼女は極めて冷静に攻撃を見極め、《鴉》を蹴り飛ばして退避した。

 去り際に閃く斬撃は虚空を切り裂き、《鴉》は背を爆炎に煽られながら、ぶらんぶらんに揺れる頭を押さえつける。

 片手で一度、勢い良く頭を引きちぎって――胴体に首を押し付けるようにして埋め込んだ。首を回すように動かせば、すでに内部で筋繊維が接合したお陰か、問題なく動く。視界も明瞭だ。

 ただ装甲の治癒が鈍いくらいだが、これは仕様である。

 問題ない。

「いいぜ、犬飼」

 笑うように言えば、無尽蔵とおもわれるミサイルが射出される。

 息を呑んで横に飛べば、それを予測して放たれたミサイルが、眼前にまで迫っていた。

 発射方法が発射方法だから無音である。さらにはこの闇である。彼女の戦法は、抜群に冴えていた。

 ――爆裂。

 けたたましい爆発音が森の静寂を引き裂いた。

 凄まじい炎が、闇夜をかき消し白熱が、真紅の炎が上塗りする。

 衝撃が森林を撫で付けるように広がり、《猟犬》は炎に視界を焼かれながら、それを注視した。

 見る限りでは、ミサイルは直撃だった。だが敵が《鴉》である限り、決してこの一撃で終わるわけではない。

 もっとも、致命打ではあったのだが――当たれば、の話である。

「っ――?!」

 炎の一点を突き破って迫る何かがあった。それを認識しようとした瞬間、彼女の肉体は横合いから出現した《鴉》の一刀により、深々と斬りつけられていた。

 深く踏み込む大上段からの一閃。足先はほぼ《猟犬》の真下にまでにじり寄っていて、赤熱した刀身は大地に食い込みながら、土を焼いた。

 次いで、眼前から迫っていたもう一本の剣が、間髪おかずに彼女の右前足に突き刺さる。大地に縫い止められて、《猟犬》の身動きは極めて鈍くなった。

 良すぎる耳は爆音に麻痺し、良すぎる目は灼熱で焼かれ、敏感すぎる尾は衝撃で鈍っていた。だからこそ、彼女は《鴉》の接近に、まるで無防備すぎるほどに気づけずに居た。

「俺ぁ終わらんぜ、犬飼!」

 終わるのはお前だ。

 そう言いかけた時。

 伸ばした己の腕が、もう一刀を掴もうとした時。

 突如として、《猟犬》前方の大地が盛り上がった。もぐらが顔を出すように土をかき分けて出来た山から、何かが飛び出した。まるで水面から飛び上がる魚のような俊敏さで、ソレは跳び上がり様に《鴉》の、白熱した剣を抜き去っていった。

「なぁ……っ!?」

「なによ、あいつッ?!」

 彼らは知る由もない。

 《鴉》は新装型の情報を知らず、《猟犬》は迫っていた三体の内、一体を真横に居る《鴉》だと思っていたのだから。

 その実、地中に潜り込んで様子を伺っていた山吹色の丸い目を持つ影がいた事を、彼らは依然、理解する余地を持たない。

 だが確信するのはひとまず戦闘は中断して敵影を対象にすることで――新装型など、雑魚にすぎないというものだった。

 油断。

 慢心。

 己らへの過大評価。

 故に、その《山吹》が樹木の先端付近に足をついて木を大きくしならせ、それをバネにして突撃してきたことに対して、まともな対策を講じられなかった。

 虚空を切り裂いて加速する《山吹》を見て、犬はただたじろぎ、武装する《鴉》はただ剣を構えた。

 その結果として、《猟犬》の頭部は真上から貫かれ、上顎と下顎を通過して大地へと繋ぎ止められた。

 跪くように体勢を整えた《山吹》は、白熱する剣を乱雑に引き抜く。そうすれば、《猟犬》の口は、頭から縦真っ二つに割れた。

 暫く見下ろして監視する。微動だにしないソレを見て、《山吹》は辺りを見渡した。

 敵影は、すぐに次の獲物を捉える。

 だが、《鴉》は判断の時間を与えず、すぐさま切迫した。

 逆袈裟で振り上がる斬閃。《山吹》は応じ、振り下ろして剣を受け止めた。

 熱風が吹き荒れ、散った火花が木の葉に引火する。

 肉薄したまま《鴉》が《山吹》を蹴り飛ばそうと足を振り上げれば、その隙を突いて身を翻し、敵影は力任せに《鴉》を押し倒す。

 情けなく尻餅をついた彼の頭を押さえつけられる。

 《鴉》の腹を踏みにじり、挙動を制限する。故にまともに力入らずに、《鴉》の剣の押し返されていた。

 押し返された剣は、すでに切っ先が地面に埋まり、峰は額を溶かし、切り裂き始めていた。

「くっ……」

 弾けば、《山吹》の剣が己を切り裂く。この状態で攻撃を受ければ、コアを破壊されるまで時間の問題だ。

 動けない。

 敗北も同然だった――が。

 突如として《山吹》の胸から太い何かが生えた。そう認識した直後に、勢い良く蹴り飛ばされたようにソレは《鴉》を超えて吹っ飛び、爆発した。

 空中で装甲が四散し、《山吹》は沈黙する……以前に、跡形もなく消え去った。

 落ちた山吹色のコアが、ドロドロに溶けて土の上に落ちる。しかし《鴉》はそれよりも、《山吹》の背後にいた《猟犬》の姿に目を奪われていた。

「ざまあ無いわね、《鴉》」

 口が縦に割れたまま、胴体が半ば輪切りにされたまま、彼女はそれでも力強い存在感を放っていた。異彩と言っても良い。まともに身体を支えられないから伏せた姿勢だが、それでも彼を助けたのには違いない。

「ああ……全くだ」

 疲れきったと言わんばかりに、ようようと身体を起こす。

 暫くして立ち上がると、剣を回収して、元のフリンジ袖状に戻して――形成を解いた。

 《猟犬》もそれを確認してから、元に戻る。四つん這いになる美女を見て、しかし男の笑みは決して下品な情欲に傾かなかった。

「悪かったな、犬飼。別に元相棒を悪く言うつもりは無かった……いや、別にいいか。ともかく、俺は負けたよ。どうであれ、勝てなかったと思う」

 短い茶髪の男は、軽く頭を掻いて言った。弁明を打ち切って、彼は素直に負けを認めた。

 目つきは鋭く、少し色の黒い男である。ハンサムというよりは精悍な風貌で、バンドマンというよりはスポーツマンのようだった。

 シャツにジーンズというラフな格好は、故にそのスタイルの良さを浮き立たせていた。

「当たり前よ。ここで、たった一週間のあんたに負けたとあっちゃあ《猟犬おいぬさま》の名が廃るわ」

 対する犬飼は、いつもながらのライダースーツ。もちろんバイクには乗ったことがない。移動は《猟犬》の状態のほうが、ずっと疾いのだ。便利だし。索敵が可能なのが美味しいし。

「さて、あんたはどうするつもり?」

 問われて、《鴉》――『矢田恭介』は、少し迷うように言った。

「暫く、随行させて貰いてェな。まだ死なねえのなら、出来るだけ多くの戦闘で学習したいから」

「オッケー」

 その素直な態度に、犬飼は少し彼を見直す。

 もっと粗暴で狡猾な男かと思っていた。もちろん、今その本性を隠しているだけかもしれないのだが、もしそうならそれでいいと思っていた。その時は、また打ちのめすだけだ。

 彼女はポケットから端末を取り出して、一一九をダイヤルした。

「あ、もしもし。消防車をお願いします。ええ、住所は――」

 燃え盛り、勢いを強め始めた灼熱の中で、彼女は呑気にプロへと山火事の鎮火を依頼した。 

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