寂寥感
将はずっと忙しい中だが時間ができてはなるべく妹の傍にいて、親代わりとなり、小さい頃から光の面倒を見ていた。
「光!泣くな!お兄ちゃんがついてるからな。」
事故のあの日、病院から帰る間に、泣き続けるまだ小さい光に何度もささやいたその言葉。
兄の優しい励ましの言葉に光の涙は止まった。
将は妹のために、恋人も作らず、常に傍にいてあげた。
むしろ、妹を恋人のように扱っていたので、気にしなかった。
逆に光は恐れていることが一つある。
もし、将に恋人ができて結婚してしまったら、もう将の傍にはいられなくなる。
ただでさえ将が昇進してから、一緒にいられる時間も話す時間も少なくなっている。
恋人の傍にいて、もう自分の相手をしてもらえないと思うと怖かったのだ。
これ以上わがままも言えない。将に迷惑をかけている自分が本当に情けないと光は自己嫌悪する。
シャンプーを髪全体に泡で張ると、両手でグシャッとショートヘアを握りしめた。
お風呂から上がると、兄がいる部屋のドアをノックした。
「お兄ちゃん。」
「ん?光か。入りな。」
ゆっくりドアが開き、光の姿が現れた。
「どうした。」
警察関係の資料を整理していた将は優しい表情をして微笑んだ。
光も微笑み返したが、すぐに笑顔は消えた。
「・・・あのね、今夜、一緒に寝たいんだけど・・・。」
「え・・・?」
おやすみを言った時は元気そうだったのに、急にどうしたのだろう。
そう思いつつ、またにっこり微笑み、
「まったく・・・。まだ子供だな!おいで。」
優しく声をかけた。
将は部屋の電気を消し、布団の中に入った。
光を自分のほうへ抱き寄せると、光の背中が震えているのに気付いた。
将は光の頭を撫でて問う。
「どうかしたのか。」
「・・・。」
光はその問いに答えず、背中の震えは増していくばかりだった。
将は気を遣ってそれ以上は聞かなかった。
「落ち着いたらなんでも話せよ。俺は、いつでも光の傍にいるからな。」
その優しい言葉に安心したのか、光の震えは止まり頷いた。
将もひとまず安心して微笑み、目を閉じた。
朝が来た。東の空から朝日が顔を出し、将の部屋にも太陽の光が差し込んだ。
窓の外には真っ白い雪景色が広がっていた。
将は携帯のアラームで目覚めた。
将の腕の中にいる光はまだ眠っていた。
よく眠っているので安心した。
「光、おはよう。朝だぞ。」
「ん・・・。おはよう。何時?」
「6時ジャスト。もう行かないとな。」
どうして自分が将の部屋にいるのか自覚がなかったが、少し時間が流れて思い出す。
「そ、そっか!ありがと。お兄ちゃん。」
少し照れてお礼を言った。
「言いたいことあったら、いつでも言えよな。」
「うん!」
言えるわけがない。こんなことで悩んでいるなんて飽きられる。
将に見られないように後ろを向いて、曇った表情を隠しつつ、心の中でつぶやいた。
自分の部屋に戻り、北条高校の制服に着替えた。
将もスーツに着替え、仕度をして玄関へ向かった。
「行ってきます!」
光はその声に反応し、玄関へ走って行った。
「お兄ちゃん、今日は何時ごろ帰れるの?」
「・・・わからない。なるべく早く帰るから。」
「・・・わかった!行ってらっしゃい!」
少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑みを作った。
将も微笑みを返して光の額に口づけた。
「行ってきます。」
そう言って玄関から出て行った。
最近の光は、兄が離れていくと、寂寥感が襲う。
しかし、いつまでも兄に甘えてはいけないと自分に言い聞かせ、
通学かばんと部活用のエナメルバックを肩にかけて外へと出た。