希望
日本の首都、東京は最も人口が密集するところだが、その中の北条市は人が少ない静かで穏やかな街だった。
そんな街である日、悲劇は起こった。
キキーッ ドォーン
ドラマなどで聞いたことがあるであろう、鋭い急ブレーキの音と威力のある大きな音。
目も塞ぎたくなる、トラックと白いワゴン車横転している光景。
警察や救急隊員が駆けつけ、マスコミも密集していた。
もちろんその道路も通行止めになった。
「今日、午後二時頃、東京都北条市で交通事故が発生しました。」
一見若い女性のアナウンサーがカメラに向かって話しかける。
カメラマンも横転してこなごなになった車両を映し出す。
視聴者は身がすくむほどの映像を目にし、気の毒に感じた。
「警察の調べによりますと、事故の原因はトラックの運転手が飲酒をしたうえ、居眠り運転をして、反対車線を走っていたワゴンに衝突し、そのまま横転してしまったということです。」
悲しい表情をしながらアナウンサーは話を続けた。
「トラックの運転手とワゴン車の後座席に座っていた13歳の少年と6歳の少女は救出されましたが、ワゴン車の運転席と助手席に座っていた37歳の男性と36歳の女性は死亡しました。」
かろうじて助かった少年は、事故の原因をつくったトラックの運転手を鋭い目で睨みつけた。
自分の胸でひたすら泣く、少年の妹をつれて救急車の中へ入り、現場を後にした。
どんなに泣いても恨んでも、もうかえってこない、失ってしまった大切な両親。
少年は救急車の中では涙をこらえ、拳を握りしめていた。
隣には泣き続ける妹の声。
少年は過ぎていく一秒一秒が痛々しく、鮮やかだった世界が白黒にしか映らなかった。
大きな事故から十年の時を経た。
悲惨な事故を経験した少年の名は西宮 将。23歳になった。
身長は180センチにまで伸びた。整った顔、細身の体にがっちりした筋肉。
肩にはさくらのマークをつけた警察官のスーツを着ていた。
当時13歳だった将は、以来ずっと交通課の警察官を目指し、18歳で目標を叶えることができた。
両親の死を胸に、飲酒運転の取り締まりに貢献するためだ。
自分たちのように悲しい事故に遭わないでほしい。
それが将の願いである。
将は普段は優しい笑みを浮かべて穏やかな性格だが、パトカーに乗った瞬間から将の眼光が鋭く光る。
少しも気を抜かず、細かいことも見逃さなかった。
最初はしらをきる容疑者も、将の厳しい表情と口調に肩を落とし、容疑をすぐに認める。
心身共に成長していく将はあっという間に警部に昇進できた。
「西宮!お疲れ。」
将の同僚であり、親友である本田は将に声をかけ、缶コーヒーを手渡した。
「サンキュー!お疲れさん。」
いつもの笑顔に戻った将に本田は微笑み返し、ホッとした。
「事故から十年か。早いな。そういえばお前の妹は?」
「元気だよ。おてんばがすぎるところも変わってないし。」
苦笑しながら本田の問いに応え、ネクタイをしめ直した。
「ははっ、おてんばもかわいいもんだぜ!」
本田は笑いながら自分の缶コーヒーを開けた。
将はそれを聞くと本田に微笑み、同じく缶コーヒーを開けた。
椅子から立ち上がり、熱いコーヒーを手にして窓の外を眺めた。
妹がいるであろう方向へ顔を向けて。
夕日が沈む間際。西の空には真っ赤にほてる雲が広がっていた。
「ハクション・・・!ん~誰か私の噂してるよ・・・。」
学校の帰り道。大きなくしゃみをした後、そうつぶやく少女。
少女の名は西宮 光。
北条高校一年生。バレーボール部に所属している。
158センチの小柄な体格だが、筋肉や瞬発力はかなりのもので、特にジャンプ力は群を抜く高さである。
本人は自覚はなしだが、誰もが美少女と認めるルックスを持っている。
「誰がなんて噂してるの?」
光に問いかけたのは光の同級生で同じ部活。そして幼い頃からの親友である佐野 希。
170センチでアタッカー。見た目も性格もボーイッシュである。
「どうせ、誰かがくだらない噂してるんでしょ。」
「まじ?あたしの予想はあのイケメン刑事の将兄ちゃんかな。光はいいよねぇ 素敵な兄ちゃんを持っててさ!あたしに譲ってくれない?」
希は鼻歌混じりで悪戯ぽく言った。
「それはダメ!」
「冗談よ!まぁ、いつも寂しがりやの光に兄ちゃん奪ったら困るからね~」
「希~!!」
朝から晩までずっと光をからかい続ける希はいつもこういう感じである。
そんな無邪気な二人を見かける人達はその光景を微笑ましく見ていた。
将と光はそれぞれ希望や目標を持ち続け、これまで強く真っ直ぐ生きてきたのである。