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異世界のんびり鍛冶屋『ひっそり暮らしたい刀匠の異世界工房』  作者: 常陸之介寛浩 本能寺から始める信長との天下統一


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第17話 鎌ひとつで、畑の半日が変わる

 雨が上がった翌朝の畑は、匂いが濃い。


 森の湿った土の匂いとはまた違う。水を吸った草、踏み返された泥、若い葉の青臭さ、そして人が何日も手を入れてきた土地特有の、少しだけ温かい土の匂い。それが風に乗って工房の方まで流れてきていた。


 俺は炉の前で炭の具合を見ながら、小さく息を吐く。


 昨日の雨で分かったことは多い。屋根の弱いところ、壁の隙間、炭置き場の位置、雨の日の火の上げ方。工房としては悪くない収穫だった。だが、雨上がりというのはたいてい、別の仕事も運んでくる。


 案の定、その日も朝から来客があった。


 しかも一人ではない。


「すみません、森の鍛冶屋さん、いるかい?」

「いるぞー!」

「おまえが返事するな」


 工房の前へ現れたのは、村の女が三人だった。年かさの女が一人、若い女が二人。みな足元に泥をつけていて、手には鎌を提げている。見たところ、畑の草取りか、収穫の準備の最中に来たのだろう。


 その後ろで、なぜかリッカが得意げに胸を張っていた。


「今、弟子じゃないやつが出ます!」

「出なくていい」

「ひどい!」


 女たちはそんなやり取りを見て少し困ったように笑ったが、すぐに本題へ入った。


「この鎌、見てもらえないかい」


 差し出された一本を受け取る。刃先が少し欠け、腹のあたりが鈍っていた。だがそれ以上に気になったのは、柄の握り跡だ。同じように使い込まれていても、力のかかり方がずいぶん偏っている。


「他のも」

 俺が言うと、女たちは残りの鎌も出した。


 並べると、ぱっと見はどれも似ている。だが、よく見るとだいぶ違う。


 一つは刃先の減りが早い。草を刈る時に前へ押し出す癖が強いのだろう。

 一つは刃元ばかりが摩耗している。根元寄りで小刻みに使っている。

 もう一つは、刃そのものはまだましだが、柄の角度と手の入りが悪い。


 同じ畑仕事の鎌でも、使う人間が違えばこうも変わる。


 リッカが横から覗き込み、目を丸くした。


「全部、同じ鎌じゃねえのか?」

「同じように見えるだけだ」

「え、でも形ほとんど一緒だぞ」

「だからこそ違いが出る」


 年かさの女が、おずおずと口を開く。


「女将さんから聞いたんだよ。包丁の重さを変えたって」

「木こりのガロも言ってたの。“この人は、使うやつ見て打つ”って」

「で、もしかしたら鎌も……って」


 なるほど。


 話が回っている。あまりうれしくない形で。


 俺は鎌を一本ずつ持ち直し、女たちへ視線を向けた。


「畑、見せろ」

「え?」

「使い方もだ。話だけじゃ足りん」

「畑を?」

「鎌は畑で使うんだろ。なら畑で見る」


 女たちは顔を見合わせたが、やがて「そうかい」と頷いた。村の外れの畑まで案内される。リッカも当然のようについてきた。こいつを置いていけるわけがないので、もう半ば諦めている。


 畑は、雨上がりでしっとりと湿っていた。草も柔らかく見えるが、根元には水を吸って粘るものもある。畝の間は狭く、身体の入れ方によっては腰へ負担が来そうだった。


「まず、いつも通りやってみろ」


 若い女の一人が、自分の鎌を持って草を払う。手首を使って前から引くように刈る癖がある。悪くないが、刃先が軽すぎて草をいなしきれず、結果として腕に余計な力が入っていた。


 もう一人は逆だ。刃元寄りを使って、小さく何度も刻むように払っている。これだと肩は楽だが、作業量が増える。


 年かさの女は、身体の使い方自体は一番安定していた。ただ、柄の角度が合っておらず、握るたび手のひらの同じ場所へ負担が集中している。


 俺はそれぞれの動きを見ながら、地面の湿り気、草の種類、刃の入り方を頭の中で並べていく。


「どうだ?」

 リッカが小声で聞く。

「違うだろ」

「違うな……ぜんぶ畑の仕事なのに」

「同じ仕事でも、人の癖で必要な道具はずれる」

「そこまで見るのか」

「使う道具なんだから見る」


 当然のことを言ったつもりだが、リッカは妙に感心した顔をしていた。


 工房へ戻ると、俺は鎌を三本、道具台へ並べる。


「全部同じに直すわけじゃないんだな?」

 リッカが聞く。

「同じにしたら、結局誰かが無理する」

「へえ」


 女たちは少し緊張した顔で見ていた。たぶん、自分たちの使い方にそこまで違いがあるとは思っていなかったのだろう。だが、使っている本人が気づかなくても、道具の方にはちゃんと出る。


 俺は一本目の鎌を手に取る。


「おまえのは、刃先が暴れすぎる」

 最初の若い女に言う。

「えっ」

「前へ押し出して引く癖があるだろ。だから先へ負担が寄る」

「……あ、あるかも」

「少しだけ腹に重みを残す。抜けすぎると逆に疲れる」


 二本目。

「おまえのは、刃元ばかり死んでる」

「うっ……」

「小さく刻みすぎだ。悪くはないが、そのぶん数が増えてる」

「そうなんだよねえ」

「なら、刃元側の入りを良くして、握りも少し詰める」


 三本目。

「おまえは柄が合ってない」

 年かさの女に言うと、彼女は驚いた顔をした。

「分かるのかい?」

「手の皮の厚くなり方で分かる。そこばかり当たってる」

「……ああ、痛いんだよ、そこ」

「なら角度を少し変える。刃はまだ生きてる」


 リッカが感心したように息を漏らす。

「そんなのまで分かるのか」

「見れば出てる」

「すげえな」

「おまえも見ろ」

「え?」

「刃だけ見るな。柄と手も見ろ」

「……お、おう」


 口に出してから気づく。


 今、完全に教えている。


 俺は一瞬だけ嫌そうな顔になったが、もう遅い。リッカは真顔になって女たちの手を見比べていた。いや、やる気があるのは分かったから、そういうところで素直になるな。こっちが困る。


 火を入れ、一本ずつ手を加える。


 鎌は派手な仕事ではない。だが、草を払う角度、畑の狭さ、握る手の癖、その全部が刃の形へ出る。包丁ほど繊細ではないが、ただ刃をつけるだけでも駄目だ。どこへ重みを残し、どこを抜けやすくするか。その加減で、半日の疲れ方は変わる。


 ごく軽く焼きを戻し、刃の流れを整え、柄の角度を調整する。一本目は腹側へ少し力を残す。二本目は刃元の入りを補うように線を直す。三本目は柄を削って握りを変え、手首の返しが素直になるよう当たりを抜く。


 リッカは黙って見ていた。


 朝からうるさいこいつが、こういう時だけ本当に静かになるのは不思議だ。いや、むしろこっちが本来の顔なのかもしれない。火と道具の前では、余計な言葉が減る。


「三本、同じ形にならねえんだな」

「同じにする理由がない」

「でも見た目そろってた方が、それっぽくないか?」

「それっぽさで草は刈れん」

「正論すぎる」


 作業を終えたころには、昼の光がだいぶ強くなっていた。


 俺は三本の鎌を布の上へ並べる。見た目の差はそこまで大きくない。素人目には「少し直した」程度にしか見えないかもしれない。


 だが、使えば分かる。


「持っていけ」

 畑へ戻りながら言うと、女たちは緊張した顔でそれぞれ自分の鎌を受け取った。


 最初の若い女が、半信半疑のまま草へ刃を入れる。


 しゃっ。


 柔らかい音がした。


「あっ」


 その一声だけで十分だった。今までより刃が深く入り、しかも無駄に持っていかれない。前へ流れすぎず、しかし止まりすぎもしない。手首に残る抵抗が減っている。


「もう一回」

 俺が言うと、彼女は続けて何度か刈る。

「……軽い」

「抜けが暴れなくなってるからだ」

「なんか、前みたいに“よいしょ”って押さなくていい」


 二人目も試す。こちらはさらに分かりやすかった。刃元側の入りが変わったことで、小刻みな動きでもしっかり草が切れる。数を振らなくて済む。


「うわ、早い」

「前より一回で取れる!」

「だから言っただろ。数が増えてたって」

「ほんとだったんだねえ……」


 そして年かさの女が、少し不安そうに三本目を握る。


「こっちは柄をいじっただけに見えるけど」

「振れば分かる」


 彼女は半信半疑のまま動かし、次の瞬間、目を見開いた。


「……ああ」

「何だ?」

 リッカが前のめりになる。

「手が、痛くない」


 その言葉は、派手ではないが重みがあった。


 彼女は何度か続けて草を払う。今まで痛みを庇って少し不自然になっていた動きが、だんだん元へ戻っていく。無理なく手首が返り、刃が素直に走る。


「握りの角度だ」

 俺が言う。

「そんな少しで変わるのかい」

「少しだから変わる」


 年かさの女は、しばらく何も言わずに鎌を見つめ、それから本当にうれしそうに笑った。


 畑の空気が変わる。


 三人は次々に草を払っていく。速さが違う。いや、単純な速度だけではない。身体の使い方が変わる。今までより肩が上がらず、腰が無駄に入らず、手首の返しが自然になる。そのぶん、作業が続く。


 リッカが感嘆の声を上げる。


「うわ、すげえ。三人とも、全然動き違う」

「道具が合うと、人の方も素直になる」

「それ、包丁と斧の時も言ってたよな」

「だいたい同じだ」

「じゃあ何にでも当てはまるのか?」

「働く道具なら、たぶんな」


 三人の女たちは、しばらく夢中で草を刈っていた。


 やがて最初の若い女が、鎌を握ったままこちらを振り返る。


「これ、午後もまだ手が持ちそう」

「持たせるために直した」

「……すごいねえ」


 二人目も、息を弾ませながら頷く。

「前より、半日が短くなりそう」

「仕事量は変わらんぞ」

「でも体は楽だよ!」

「それで十分だろ」

「十分すぎるよ!」


 年かさの女は一歩前へ出ると、鎌を胸の前で大事そうに持ち直した。


「ありがとうよ」


 その言い方は、前の二人よりずっと静かだった。


「鎌ひとつで、こんなに違うなんて思わなかった。長く畑やってると、“こんなもんだ”って思っちまうからねえ」

「そんなもんじゃない時もある」

「そうみたいだ」


 そして三人は顔を見合わせると、それぞれ小さく頭を下げた。


 礼の仕方が不器用なのは、この村らしいと思った。


 工房へ戻る途中、リッカはずっと興奮していた。


「見たか!? 見たよな!?」

「見てたから言うな」

「いや、だってあれ! 三本ほとんど同じに見えたのに、使ったら全然違った!」

「見た目だけで仕事は決まらん」

「それは分かるけど! いやでも、あれすげえな……」


 珍しく、本当に感心している声だった。


「同じ鎌に見えても、あんな変えるのか」

「使い手が違うなら変える」

「村の鍛冶屋なら、三本まとめて同じに直しそうだよな」

「忙しければそうなる」

「でも、おまえは変えた」

「見たからな」

「……やっぱ、そういう鍛冶したい」


 ぽつりと漏れたその言葉は、朝の勢いとは違っていた。


 俺は返事をしなかった。


 できなかった、という方が近いかもしれない。


 その日の夕方、工房の前にはまた小さな籠が置かれていた。中には青菜と豆、それから小さな布袋に入った麦が少し。たぶん、あの三人のうち誰かだろう。あるいは三人で少しずつ出したのかもしれない。


 俺は籠を持ち上げながら、小さく息を吐いた。


「……増えるな」

「何が?」

「人も物も」

「いいことじゃん」

「静かじゃなくなる」

「でも、嫌そうでもないぞ」

「うるさい」

「はいはい」


 そう返事をしながら、リッカは工房の前に腰を下ろした。


 いつの間にか、ここは本当に「誰かが来る場所」になってきている。


 それを面倒だと思う気持ちはまだ消えない。だが、鎌を握った女たちの顔を思い出すと、その面倒さを完全に嫌いにもなれなかった。

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