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第9話 遥野との入浴 by 犬井

「お~い! 犬井ちゃん、こっち!」

「わぁ~遥野さん!」


 おっとりニコニコした遥野さんが手を振ってる。予約の時のピリピリしていた遥野さんとは別人みたいだ。

 私が隣に座ると、遥野さんが手を出した。


「犬井ちゃん、やっぱきれいな金髪だねぇ。細くてシルクみたいにサラサラなロング、私の髪太いから羨ましい~」


 遥野さんは私の髪をすくって、じーっと見てる。


「? ありがとう、ございます?」

「どこで染めたの? 結構いい美容室でしょ?」

「染めていないです、切るのは自分で……」


 遥野さんの眉毛が上がりきってる。目と口を大きく開けてる。


「地毛!? ハァーッ! やっぱ髪は遺伝子か!」


 そう言って、遥野さんは私の髪をドンドンいじったり擦ったりしてる。

 私のはよく分からないけど、遥野さんの髪も茶色のミディアムヘアですごいオシャレだ。


「遥野さんの髪もキレイですよ!」

「それはありがとう、でも皮肉に聞こえる~」


 そう言って遥野さんはもっとゴシゴシした。でも、すぐ何か思い出したみたいに髪をパッと放した。


「それだ、ラーメン! ラーメン、どうだった?」


 頬杖をついて、ワクワクした表情をしてる。目もキラキラして、いったいどうしたんだろ?

 ラーメン美味しかったなぁ、また食べたいなぁ。


「すごい美味しかったです!」

「でしょ~? ウチがレシピ変えさせたからね!」

「え、どういうこと?」


 遥野さんはもっとニコニコした。眉毛も上がって、すごい上機嫌みたいだ。なんだか嬉しい。


「ウチ、3か月前まであそこでバイトしてたんだよ」

「へぇー! すごい!」


 遥野さんはフフンと嬉しそうに笑った。百瀬くんもこんな風に笑うとこ見れないかなぁ?


「あそこ、もともとスープの臭いがキツくて評判が悪かったんだよ」

「えー、すごくいい匂いでしたよ?」

「そう! 臭み消しに血抜きを倍したり、酢とかショウガをバカみたい入れさせたんだ! ……臭せぇスープにプライドあった大将とはケンカしたけど」


 チヌキ? よく分からないけど、とにかくすごい頑張ったのかな!


「すごいですね! ……ん?」

「どしたの、犬井ちゃん?」

「3ヶ月前って、辞めちゃったんですか?」

「うん」


 すごく頑張ったのに、なんで辞めちゃったんだろう?

 理由を知りたいけど、聞いて大丈夫かな?

 おでこにシワが寄って、私をじーっと見てるし……怒ってるのかな? 分からないけど、もう聞かない方がいいよね。


「なんで辞めたんだろ、って顔してんね?」


 バレた! 怒られる!


「えっ!? あっ! いや!」

「あ、やっぱり? 大丈夫、言う言う」


 クスッと笑って、遥野さんは私の頭をわしゃわしゃなでた。ちょっと痛いけど、怒ってないみたいで良かった。


「単純にホテルの方が給料が良かったんだ、それに手当も色々あるし」

「手当? 怪我したんですか?」

「……犬井ちゃん、やっぱ結構抜けてんね。そこが可愛んだけどさ」


 遥野さんはとろんと笑ってる、でもこっそり私の顔を見てる。

 たぶん、笑うところなんだろうな。


「えへへ」

「給料以外のおまけだよ。旅行費負担してくれたり、交通費もらえたりさ」

「へぇ~、いいですね!」

「まぁ、代わりにケンカは増えたけどね。紀島とか、たまにオーナーとさ」


 やれやれって感じに首を傾けて下を見た。遥野さん、大変なんだなぁ。


「ところで、犬井ちゃん!」


 パチン、と手を叩いた遥野さん。なんか、すごい真剣な顔だ。


「あのボンボン……じゃない、一緒のヤツとはどういう関係?」

「百瀬くんですか?」

「あーそう、それ。モモセ、モモセ」


 遥野さんの口の横、嫌そうにグニャってなってる。もしかして百瀬くんのこと嫌いなのかな?


「友達です! 一緒に置いてかれて、良い人で、それから……」

「そういうんじゃなくて! 犬井ちゃん、アイツのいいようにされてないよな?」


 目の間にシワを寄せて私をじっと見てる。いいように、ってなんだろう?


「大丈夫……だと思い、ます? よく分かんないですけど」

「エロいことされたりとか、殴られたりとかはない?」

「ないです! むしろ断られたくらいです!」

「なら良かっ……えっ?」


 遥野さんは口をあんぐりさせた。私、変なこと言っちゃったかな? 不機嫌にならないといいけど……


「アイツ、タマ付いてんのかよ」

「? どういう意味です?」

「……何でもない」


 遥野さんはしばらくポカンとしてたけど、違う違うって言うみたいにブンブン首を振った。


「脱線したけど、犬井ちゃんはどうしてモモセと行動するわけ?」

「どうしてって?」

「アイツ、見るからに根暗だし、予約の時なんか18才ってさらっと噓ついてたじゃん」

「それは……」


 百瀬くんの事になると、遥野さんは声のトーンが下がってる。

 百瀬くんは悪くないのに、悪く言われてて胸がギュッとなる……噓はダメだけど。


「私が……百瀬くんに頼んだからです。修学旅行がしたいって」

「は? 置いて行かれたんじゃないの?」

「置いて行かれた後なんです、言ったのは」


 薄っすら鼻の上にシワができてる。疑ってるみたい。


「普通は金借りて帰らない? そういう時はさ?」


 冗談っぽく笑ってるけど、目を細めてる。


 帰る……確かに考えたけど、帰ったら――


「……帰りたく、なくって」


――ううん。泣いちゃだめだ、笑わないと。


「どうして?」

「その……最後の思い出じゃないですか」

「高3とかでもできるじゃん、体育祭とか文化祭とかさ」

「……そうですね、あはは」


 うまく笑えない。目がじんわりする、嫌だな。どうしよう。


 頼んだら私、3年に上がらせてもらえるかな。3年になるの……ママ、許してくれるかな。

 もう少しだけ、待ってもらえるかなぁ。


「……犬井ちゃん?」


 でも私成績悪いし、お金もないし……そんなの高望みなんだろうな。


「おーい、犬井ちゃん?」


 とにかく、考えたってどうしようもないよね。やめよやめよ。


「犬井ちゃん!」

「は、はい!」


 大きい声、ビックリした。

 遥野さんが顔の前で手を振ってた。どうして気がつかなかったんだろう。


「犬井ちゃん、どうしたの? すごい顔してたよ?」

「あはは、そんなことないですよ!」

「……犬井ちゃん。一旦話はやめにして、一緒に大浴場行かない?」


 遥野さん、笑ってるけど口がピクピクしてる。作り笑いだ。

 変な表情したせいで気まずい空気にしちゃった。

……やっぱり私、どうしても人に迷惑かけちゃうんだなぁ。今も気を使わせちゃってるし。


「大丈夫です、ごめんなさい」

「うるさい! 行くぞ!」

「えっ、えっ?」


 グイグイ私の手を引っ張ってる。これは、怒って……る?


「風呂に入りゃ、嫌な事とかどうでもよくなるだろ」

「あの、本当に――」

「私が一緒に入りたいんだよ!」





「女性用のフロアは8階だから、風呂入るときは間違えないでな」

「わ、分かりました」


 更衣室に入って、遥野さんは私の隣でスーツを脱ぎながら言った。

 遥野さん、背が高くて足もスラッとしててすごいキレイだなぁ。それにスーツも似合ってたし、カッコよくて羨ましいなぁ。


「犬井ちゃん、脱がないの?」

「あ、脱ぎます脱ぎます!」


 遥野さんに言われて、私もフリースを脱ぐ。それで、シャツのボタンをプツプツ外していく。


「……上着で分かんなかったけど、犬井ちゃんって意外と……すっげ」


 そしたら遥野さん、私の胸をジロジロ見てる。

 私のって――


「変……ですか?」

「むしろ羨ま……じゃない! 何でもないから! 大丈夫! キレイ! 自信持って!」


 遥野さん、すごいビックリしてる。その、褒められる? のは嬉しいけど……どう反応すればいいのかな?

……見られるの、なんか恥ずかしいなぁ。


「よ、よし、じゃあ入るか!」

「は、はい!」


 扉を開けると、湯気のふんわりした匂いがする。なんだか落ち着く。

 中はおばちゃんとかお姉さんがいっぱいいて、広くて、ぼんやり明るくって、ポーってしてて、とにかくすごい。


 お風呂は見たことないくらい広くて、種類もいっぱいある。

 お風呂、気持ちいいのかな?


「ちょ! 犬井ちゃん! まず体洗って!」

「あっ、ごめんなさい!」


 注意されて戻ると遥野さんは桶と――


「犬井ちゃん忘れてたでしょ? ヘアゴムとタオル」

「あ、ありがとうございます!」


 やれやれって感じにニヤッとしてる。遥野さん、よく見てるんだなぁ……


「犬井ちゃん、髪長いと大変でしょ? 体洗ったげようか?」

「えっ、そんな……」

「いいからいいから!」

「じゃ、じゃあ……」


 遥野さん、会った時から本当に親切にしてくれ……ん?


「……体?」

「うん、体」


 髪じゃなくて?


「……やっぱり自分でやります」

「遠慮しないで!」

「自分でできますから」

「大丈――」

「自分で! できますから!」

「……はい」


 遥野さん、シュンとしちゃった。言い過ぎちゃったかな? でも、恥ずかしいし……

 声がちょっと響いちゃって、視線が私達に集まっちゃったけど、これは仕方ない……のかな?





「「ふぅ……」」


 体を洗い終わって、遥野さんと一緒にお風呂に入った。

 最初は火傷しそうだったけど、足を少し入れて慣らしてから入るとすごい気持ちいい。

 お風呂って入ると息が出ちゃうのって、何でなんだろう?

 じんわり体の中があったかくなって、ボーっと上を見てる。湯気がモクモクしてよく見えないけど。


「犬井ちゃんさぁ……」


 遥野さんは足をピンと伸ばして、つま先をグネグネ動かしてる。


「モモセと旅行してるじゃん?」

「そうですね」

「金ってモモセ持ち?」

「……はい」

「ふーん……」


 遥野さんはボーっと上を見てた。

……お湯がユラユラ揺れてる。

 今まで忘れてたけど、そうじゃん。私、百瀬くんにワガママ言って、お金まで出してもらってる。

 それで、今まで何も役に立ててない。


「私、こんな事していいのかな……」


 なんか、笑えてきちゃうなぁ。どうしたらいいんだろ。


「大丈夫じゃね? アイツ、間違いなくボンボンだし」


 遥野さんはボーっとした声で言った。


「……そうなんですか?」

「そうだろ、嫌だったら最初から断ってただろうし」

「……」


 のどが震えて、何も言えなかった。

 私、百瀬くんに断りづらい頼み方を……しちゃったと、思う。

 勝手にお願いして、勝手に傷ついて、迷惑かけて、それで慰めてもらっちゃって、またお願いして。

……私、百瀬くんにすごい無理させちゃってるな。


「犬井ちゃん?」


 考えてもどうしようもない。そんなのは分かってるけど、どうしても考えちゃう。

 考えれば考えるだけ胸がギュッと苦しくなる。もう考えない方がいいって分かってるけど、やっぱり考えちゃう。

 普段はこういうこと、こんなに考えないからかな? 頭が痛い。


「犬井ちゃん……その、のぼせた?」


 遥野さん、笑ってる口がちょっと震えてる。気を遣わせちゃってるんだ。


「……大丈夫です!」


 今の私は笑えてたかな。


「……ウチさ、4年前まで高校生でね。高校卒業と同時に家出したんだ」

「?」

「昔から親父は飲んだくれの喚くゴミで、母ちゃんはビビッて役立たずでさ。家にいるのが嫌だったんだ。そんな訳で今も家出中」


 遥野さんは頭の後ろで手を組んで、まっすぐボーっと遠くを見てた。


「何も考えないで無一文で飛び出したからさ、部屋借りれるまでは友達の家を転々としながらバイトしてたんだよ」

「……」

「親に育ての恩は感じちゃいるけど、返す気はない。泊めてくれた友達には感謝してるけど、何もできてない」


 遠く、上を見つめて、思い出したみたい。


「正直ね、このままでもいいと思ってるんだよ、ウチは」

「えぇ……」

「引くなよ、そこは! いい話にしようと思ったのにさ! まぁ、つまりさ――」


 咳払いをすると、ニッと笑いながら私の背中をバンバン叩いて言った。痛い。


「無理して恩を返す必要はないと思うんだ。返したいなら返せる時に、返したい奴に好きなだけすればいいんだよ」


 そう言って、遥野さんはギュッと私の手を握った。


「犬井ちゃんもさ、もっと図太く生きなよ」


 ヘヘッとほっぺを掻いて笑うと、遥野さんはザバッと立ち上がった。よく見たら遥野さんの顔、ちょっと赤いな。


「じゃ、ウチは上がるけど、犬井ちゃんはまだ入ってなよ。それと服とか下着、気になるなら洗濯機と乾燥機使っちゃいな。フリースのポッケに小銭入れとくからさ」

「そんな、大丈夫ですよ! 悪いですから!」

「遠慮すんなよ。図太く、な?」

「で、でも……」


 そう言って、遥野さんはフラフラよろよろしながら出口の方へ歩いて行く。


「あ、あのっ!」


 ざばっとお風呂から出て、遥野さんを追いかけると遥野さんは振り返った。


「なっ、何、犬井ちゃん?」


 遥野さんは頭がグラグラしてて、顔を真っ赤にして、ボーっとした表情で……のぼせてない?


「どうして遥野さんは泊めてくれたり、面倒みてくれたり、私達にそんな優しくしてくれるんですか?」


 落ち着かなくて、なにか握りたかったけど置き場がなくて、胸に手を置いた。すごいドキドキしてる。

 いきなり動いちゃったから……かな?


「ごっ、ごめんなさい止めちゃって……」

「私『達』ってなんだよ、ウチが優しくしてるのは犬井ちゃんだよ」


 遥野さんはニッと強そうに笑った。でも、足をもじもじさせて、すこし恥ずかしそうにしてる。


「なんでだろね、似てたからかな?」

「そんなこと……」

「それにウチ、犬井ちゃんのこと結構気に入ってんだよ。だから……こんぐらいはさせろよ」


 遥野さんは私のほっぺを優しくぺちぺち叩いた。


「それに……犬井ちゃんはウチのこと嫌わずに話を聞いてくれただろ?」

「えっ?」

「だからモモセもなんやかんやで犬井ちゃんを気に入ってんだろ」


 それから頭を撫でてくれた。でも目は私を見てない、顔はもっと赤くなってる。


「じゃ、じゃあウチは上がるから。何かあったらいつでも連絡してな」

「は、はい!」


 そうして遥野さんはドアをバタッと閉めた。冷たい風が少し気持ちいい。

 髪がぐちゃっとなってて、それを直して、もう一回お風呂に入る。お湯はもう熱くない、へっちゃら。


「ふぅ……」


 やっぱり、お風呂って息が出ちゃうなぁ。

 さっきの背中が手の形にじんわりする。ほっぺも少し痛いけど、それよりもっと……優しいって感じがする。


「恩は返せる時に、それで……いいのかな?」


 足を伸ばして遥野さんと百瀬くんのことを考えると、心がじんわり温かくなってくる。


 私のこと、気に入ってくれてるのかな?


 百瀬くん、もうお風呂から上がってるだろうなぁ。お部屋で待ってるかな、それとも寝ちゃったかな?


 そういえばラーメンの時の百瀬くん、変な顔してたけどどうしたんだろ?


 もうちょっとしたら、私も出よう。

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