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第7話 ホテル

「ようやく着いたね、博多! やっぱり外は空気が美味しいね!」

「……それ、山とかの自然の中で言うやつだぞ」


 バスターミナルを出た後、駅前の広場で僕らは一休みしていた。

 時刻は5時。夕焼けの色が広場を染め、信号の色が変わる度に駅から出てくるスーツ姿のくたびれた人が増えていく。

 バスに置いて行かれたり酔ったりでクタクタだが、犬井さんは相変わらず場違いに元気だった。


「ここって、どんなご飯があるんだろうね?」


 まだ少し吐き気がある。正直、夕飯は食べずに早く風呂に入って寝てしまいたい。

 しかし、休んではいられない。


「……そろそろ行こう」

「どうしたの? あっ、待って待って!」


 今日泊まるホテルがまだ取れていない。

 サイトを見た限り、ほとんどのホテルが満室だったが大丈夫だろうか?



 駅から歩いて3分、『トイルス博多』に着いた。


 フロントではスーツ姿の人の列ができており、ブレザーとピンクのフリースの僕らは明らかに浮いている。

 そうして僕らの順番が来ると、対応したのは背が高く、肩幅の広い男の人だった。


「すみません。一泊したいのですが、お部屋は空いていませんか?」

「かしこまりました。ご宿泊はお二人様でしょうか?」

「はい、二人です」


 フロントの男性は怪訝な顔で僕らを見る。

 体格から来る威圧感に加えて目付きが鋭いのもあり、思わず背筋が凍る。


「……恐れ入りますが、お客様のご年齢をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「こ、高校生です」


 高校生と聞いた瞬間、男性はため息をついて面倒くさそうに口を曲げた。


「大変申し訳ございません。当ホテルでは未成年の方のみでのご宿泊は、規約上お断りさせていただいております」


「……そうですか、分かり――」

「で、でも!」


 諦めて立ち去ろうとするが、犬井さんが食らいつく。


「私たち、バスに置いていかれて泊まる場所が――」


 男性が後ろに出来た人だかりを示し、不愉快そうに口を開く。


「申し訳ございません。他のお客様の御迷惑になりますので……」


 どうあれ、僕らに勝ち目はなかった。


「わ、分かりました……」





「あはは、ダメだったね」

「……そうだな」


 ホテルから出て、そばのガードレールに背をもたれる。


「まさか、高校生じゃ無理なんてね……」


 僕が今まさしく考えていたことだった。


「はぁ……これからどうするかな」

「これは、もう野宿だね?」


 水を一口飲んで、犬井さんは気まずそうに笑う。

 駅にいたときより口角が下がり、彼女の疲れが見て取れた。それでも、僕より何倍も元気なことに変わりはないが。


「それでも大丈夫か?」

「うん、何回かやったこと――」

「は?」

「あっ! ウソウソ! 冗談冗談!」


 疲れからか犬井さんは変なことを言い出すが、ハッとして必死に手を振って自分の発言を否定する。


 いくら冗談とはいえ、流石にシャレにならない。


 それに、犬井さんの言ったことは何か引っかかるが……頭がぼんやりしてそれどころじゃない。


「……フロントの人、背が高くてびっくりしたね」

「そうだな」


 回らない頭でホテル以外で泊まれる施設を考える。

 ネットカフェ、マンガ喫茶、どこも未成年だけでは泊まれない。

 調べようにもバスの中でのホテル探しで、スマホの充電がそろそろ危ない。


 高校生であるということが、こんなにも不自由であったとは思いもしなかった。



「ねぇねぇ~成人式終わったら旅行しようよ~」

「はいはい、成人したらな」

「私、18だもん! 成人だもん!」



 トボトボと駅へ引き返していると、反対から歩いてきたカップルがやる気のない痴話げんかをしていた。


 背丈は変わらないし……こう言っては悪いが話し口だけなら僕より一回り年下とさえ思える。


 あれで18才か……大人になるかどうかというのは人それぞれなのかもしれない。



……人それぞれ?



「……僕らは今18才で、卒業旅行で博多に来たんだよな?」

「あはは、百瀬くんってば何言ってるの? 私たち、高2だよ? まだ17じゃん?」


 そんなの当然だし、分かっていたらこんな確認はしない……察しが悪いな。


「未成年ではないよな? 犬井さん?」

「しっかり未成年だよ!」

「なら今日一日だけ18才だ」

「……えっ、噓でしょ」


 愛想笑いをしていた犬井さんは僕の顔を見ると、目を大きく見開いた。


……意外と察しがいいんだな。県庁所在地も分からないのに。


「よし、ホテルを探すぞ」

「ちょ、えっ!? 大丈夫なの!?」

「大丈夫なわけないだろ、ほら行くぞ」


 とりあえず着ているブレザーを畳んで腕に掛けて歩き出す。彼女もボーっとしていたのか、後ろを走って着いてきた。


 こうすれば、高校生とはバレづらい……と思う。


 今日の夕飯は犬井さんの好きなものにしよう。何が好きかは知らないが、彼女が決めたものに。





 歩いて10分、『ホテル ミューエ』。駅周辺のホテルで一番値段の高い場所だ。


 豪奢な外装に反してフロントは狭く、受付があるのみ。磨き上げられた白の大理石の床にザラザラとした石壁、色とりどりの花が差さった磁器の花瓶など、値が張りそうなものばかりで改めて格式高い場所なのだと実感する。


「突然押しかけてすみません、部屋って空いてますか?」

「はい、ただいま数室空きがございます。ご利用はお一人様ですか?」

「いえ、二人です」


 首にピンクのスカーフを巻いてスーツをピチッと着こなした女性は、二人と聞いた途端に目の色が変わった。


「……恐れ入りますが、お二人のご年齢のご確認をお願いできますでしょうか?」


 ここまでは予想通りだ。


「二人とも18才です。卒業旅行で博多に来ました」

「お二人とも、親権者さまからの同意が確認できるものはお持ちでしょうか?」

「「えっ」」


 予想外の質問に僕らは思わず顔を見合わせる。

 犬井さんは緊張しきった様子で首を振っている……嘘がバレるだろうが。


「……ありました」

「と、いいますと?」


 苦し紛れだが、こんな嘘を信じるだろうか?


「その……スーツケースに入れていたのですが、空港の手違いでどこかへ行ってしまいまして」

「……承知いたしました。少々お待ちください、お部屋を確認してまいります」


 そう言うと、受付の女性は奥の部屋に入っていく。

 『確認してくる』という言葉の安心感から思わず肩の力が抜けるが、それと同時に受付の方のニヤニヤした表情が気掛かりになってくる。


 待て……空きがあるって言ったのに、確認とはどういうことだ?



「申し訳ありません。確認したところ、当ホテルは現在満室でございまして……」


――戻ってきてからの開口一番がこれだ。


 やはりというか、希望を打ち砕いてくるな。


「その、スイートルームとかが空いていたりは?」


 財布の札入れの中を見せると受付の人は目を剝き、顔が僕と財布を行き来した。


 ただし、その表情は『バカか』とでも言うようだった。


「そちらも満室でして……それと――」


 受付の方はさりげなく犬井さんの方へ目配せをする。そうして顎を突き出して口を開く。


「卒業旅行……いいですね。ですが、ここはそういう場ではありませんので――」

「お手数をおかけしました」


 受付に頭を下げ、横で立っている犬井さんを連れてフロントを後にする。これで2件目だ。

 誰が悪いって訳じゃないが、どうして頭を下げなきゃいけないんだ。


 神様はとことん僕らにつらく当たってくるな。





「……またダメだったね」

「どうすればいいんだ」


 またしてもホテルが取れないまま、僕らはトボトボと駅へ引き返していた。

 疲れからなのかうまく首が据わらず、頭がぐらぐら揺れている感じがする。


「スイートルームって、すごいこと言ったね?」

「金さえあれば、泊めてくれるかなって思ったんだ」


 修学旅行のバスに置いていかれ、ホテルに泊まろうにも相手にされない。貯めてきた金はちっとも役に立っていない。

 おまけに、スマホの充電も無くなってしまった。お先真っ暗だ。


「……先に、ご飯食べない? お腹空いちゃった」


 信号が青に変わるの待っている間、犬井さんはジロジロと僕を見ている。今の僕はそんなにおかしいのだろうか?


「――っと」


 信号が変わったと同時に、急に立ち眩――


「――!? 百瀬くん大丈夫!?」


 白一色に変わった視界に色が戻ると、そこはピンク一色だった――僕は顔を埋める形で犬井さんに抱えられていた。


 犬井さんは僕の腕を肩に回すと、そのまま横断歩道を渡り切った。


「百瀬くん、さっきから顔色が凄いことになってるからさ! とりあえず座って一休みしよ? ね!?」


 立っているのがやっとの僕に、犬井さんは手を握って必死に訴える。

 休みたいのは山々だ。けれど、駅から出てくる人の数はどんどん増えている。一休みなんてしたら、もうホテルは取れなくなるに違いない。


「……あと一軒だ」


 歩いてきた一本道を振り返り、淡い期待を上げて落としたホテルを睨む。

 赤い空に浮かぶ西日が痛いくらい目に染みる、この痛みは悔しさだろうか?





 犬井さんに肩を借りながら歩いて10分、『キャビン ホーマー博多南口』。


 暖色の照明で彩られた広々としたロビーには高そうな調度品があちこちにある。

 ここはビジネスホテル、というやつだろうか。


「あなた、みっともないでしょう!? 髪なんか染めて!」

「はぁ? 規約じゃ問題ないっすよね? 何か文句あります?」

「ダメなのは常識でしょ!」


 受付では毛先が明るい茶色の女性とその上司と思われる人が言い争っている。

 ホテルとは思えない激しさで、入口からでも内容がはっきり聞こえる。それを無視して作業しているビジネスマンは、色々すごかった。


「おっ、時間っすよ紀島さん! 早く上がったらどうっすか? もう歳ですし」

「はっ、遥野さん! あなた、いつかヒドイ目に合うわよ!」

「ご苦労様で~す!」


 ギリギリと歯ぎしりをしながら奥へ消えていく上司の背中に、遥野さんとやらは舌を出した上に中指を立てていた。


……なかなか壮絶な一幕に、僕らは顔を見合わせる。


「……どうする、百瀬くん?」


 一刻も早く出ていきたいが、もう他には場所がない。何より猶予がない。


「……行こう」

「うん」


 肩を借りながら、僕らはフロントの前まで歩く。

 遥野さんは不機嫌そうに自分のネイル見つめて、僕らに気付いていなかった。


「ッたく……って、わッ! らッしゃいませ!」


 僕らが正面に立っていることに気づき、遥野さんは跳ね上がった。


「すみません、一泊したいんですけどお部屋は空いてますか?」

「はい、ただいま確認しま……ん?」


 端末へサッと目を移して確認しかけたが、何かに気づくと僕らをじっと見つめる。


「……あんたたち、学生?」

「違います。18歳で、卒業旅行なんです」

「……本当は?」


 訝しむというより確信しているような聞き方。いつも通りの質問に犬井さんはすぐに目を伏せる。


「18――」

「……本当は、17才です」


 遮る犬井さん……バレるって分かってたんだろうな。多分、こういうのに向いてない。


 もう終わりだ、ホテルは取れない。


 ここからどうしようか……ってこの疲れじゃ、もう歩くのは嫌だな。


 スマホでタクシー……はスマホが充電切れだ。

 このまま帰る……は、終電で無理だ。


詰んだな――


「……それで?」

「私たち、修学旅行のバスに置いていかれちゃって! そ、それで、ここまで来て!」

「うんうん」

「今まで泊まれそうなところを色々回って、全部ダメで……だから、泊めてほしいんです!」


 犬井さんが必死に話すことに、遥野さんは静かに頷いていた。


「それは大変だったね……でも、ごめん。ここは規則で泊めれないんだ」

「そこを、お願いします!」


 引っ込めようとする遥野さんの手を摑まえて、犬井さんは必死に懇願した。

 そんな犬井さんを前に、遥野さんは口元を歪める。


「ウチは正直泊めたいところなんだけど、商売だしさ」

「お金ならあります」


 ようやく来たチャンス、僕は財布を出して中身を見せる。

 中を見て、遥野さんは目を大きくした。


「そういう問題じゃ……ハァ……」


 色々不満を言いたそうではあったが、遥野さんは諦めたように顔を覆ってため息を吐く。


「……分かったよ、もう。特別だからね」

「あ――」

「ありがとうございます!!」


 僕の声がかき消されるくらい犬井さんの声は大きく、早く、希望に満ちていた。

 心なしか、犬井さんの反応に遥野さんは少し笑っていた……ように見えた。


「……て、ダメじゃん。 ブースが一つしか空いてないや」

「大丈夫です! そこでお願いします!」

「ハァ!? いやいやいや!?」


 被せるように言った犬井さんに遥野さんはものすごく動揺している。


「百瀬くんは大丈夫……かな?」

「あぁ、うん」

「うん、じゃねぇよバカが! ここは一人用で……はぁ、もういいや」


 遥野さんは、この上なく呆れた表情を浮かべる。

 気が動転したのか暴言が飛び出たが……もう泊まれるならいいか。


「はいこれ742番の鍵ね。向こうの下駄箱とロッカーで使うの、カプセルもそこね」

「ありがとうございます!」


 犬井さんが笑ってお礼を言うと、照れくさそうに笑っていた。


「あの……二人分の代金っていくらですか?」

「二人だと8千円、でも一人分でいい……高校生を一部屋に二人泊めるのがオーナーにバレたら面倒だし」

「そんな、悪いですよ」


 何とか代金を払おうとすると遥野さんはわざとらしく、ひらひらと手で振り払う。


「気にすんな、これくらい」

「でも……」

「じゃあ、浮いた金でその子とイイもの食え。いいな?」

「……ありがとうございます」


 そうして、遥野さんから鍵を受け取る。


 喧嘩しているときは見た目も相まって怖い人だと思っていた。けど、話してみるとすごくいい人だ。

 人は、案外見た目によらないのかもしれない。


「そうだ、遥野さん! ここの近くで美味しいご飯屋さんって知らないですか?」

「えっとね……って、何で名前知ってるの!?」


 犬井さんが名前を読んだことに、遥野さんは目を大きくする。


「その……ケンカしてた時に呼ばれたのを聞いて」

「あぁ~聞こえてたかぁ……恥っず」


 気まずさを湛えた犬井さんの真っ直ぐな瞳に、遥野さんは顔を赤らめ――


「そうだ、えっと隣の……」

「犬井です!」

「犬井ちゃん! 夕飯から戻って来たら、そこのテーブルで話さない?」

「いいですよ!」


 犬井さんが笑顔で応じると、カウンターから身を乗り出して手を伸ばした遥野さんと握手をした。


女性って、どうしてこんな仲良くなるのが早いんだろう。


……なんか、羨ましいな。





「……そろそろ行こう」

「あっ、そうだね! じゃあ、また後で!」

「うん、後でね!」


 話すこと数分、僕はずっと蚊帳の外だった。

 鍵を持ってホテルを出るとき、二人はよく分からないアイコンタクトで通じ合っていた。


「そうだ。おいモモセ、お前どこ出身?」


 受付に背を向けたとき、ようやく僕の名前が呼ばれた。


「東京の端の方ですけど、どうかしました?」


「ふぅん……――だな」


 そう言って遥野さんは口元にズルそうな笑みを浮かべる。最後の方は声が小さくて聞き取れなかったけれど。


 それから頬を軽く叩いて笑みを消すと、念を押すように僕らを指さして――


「とにかく、カプセルでは絶対騒ぐなよ。バレたらウチ、クビだから」


 そう言う遥野さんの声のトーンはあからさまに建前で、どこかやる気がないものだった。まるで「騒げ」とでも言うように。

 騒ぐな、だなんて当然のことだとは思うが……まさかクビでも望んでいるのか?


「分かりました」

「とは言っても、別に騒いでもいいぞ。クビになったら、お前に就職の面倒見てもらうから」


 明らかな本音だった。

 そう口にする遥野さんはまんざらでもなさそうな様子だ。



……これは絶対にお喋りできないな。これからもホテルの仕事を頑張ってもらわないと。





 宿の心配が無くなり、安心して出た外は完全に日が沈んでいた。4月が目前の夜は、ブレザーを脱いだままだと少し肌寒い。


「遥野さんが言ってたご飯、楽しみだね!」

「……もう決まりか」

「えっ、百瀬くんは嫌だった?」

「まさか」


 ホテルの心配から開放された僕らは、遥野さんに言われた店に向かうため駅を目指す。

 どうやら駅ビルの中にあるらしい。



 さて、遥野さんが勧めた夕飯はどんなものだろうか。

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