第2話 犬井との遭遇
「ここのお茶美味しいね!」
「この後の自由行動だけど、みんなどこ行く?」
「お前ら、集合時間は忘れるなよ!」
「食い終わったらお参りに行こうぜ!」
お昼はバスを降りたロータリーから10分くらいの距離にあるお茶屋さんで食べた。周りは談笑をして盛り上がっている中、僕は誰よりも早く食べ終えた。というのも、食べ終えた人から自由時間になるからだ。
……決して友達がいなくて気まずいからではない。僕の自由時間を制限されたくないからだ。
外に出て、まず目に映ったのは雲一つない快晴の空、初春の眩しすぎない穏やかな昼だった。
これから何をしようか。食後だからラーメンとかは食べられそうにない。初日から色々なものを食べようと思っていたが、早速計画が頓挫しかけている。
伸びをすると冷たい風が吹いてきた。店の中の暖房が効いていたのだろうか、セーターをバスの中に置いてきてしまったことが悔やまれる。
まぁ、歩けば思いつくか。
◇
そのまま考え続けて、気が付けば歩き過ぎて敷地外に出てしまった。
何かないかと思い、あたりを見回す。
まだ誰も食べ終わっていないのか同級生は誰一人としておらず、石畳の道の外には木々が連なり、枝には梅や桜のつぼみが見える。
やることがないままウロウロしていると、気が付けば僕は道の真ん中に突っ立っていた。
「はぁ……」
しかし、突っ立っていても何も始まらない。そう自分を奮い立たせて、僕は暇つぶしを探すためにスマホの地図を頼りに歩くことにした――
「いてッ」
「おっとっと!」
歩き出して早々に誰かとぶつかった。どうにも僕は歩きスマホは苦手らしい。
「もう、歩きスマホは危ないよ! えっと……百瀬くん!」
スマホから目を上げると、声の主である少女は頬を膨らませている。
長い金髪に大きな赤いリボンのついたカチューシャ。ピンク色のフリースの下はよく見ると学校指定の白いシャツに灰色のスカート。僕の苗字を知っていることからも、どうやら同級生らしい。他のクラスメイトは全員ブレザーを着ていることもあって、なかなか特徴的だ。
「ごめん、えっと……」
名前は何というんだったか?
「……うん」
「ひっどーい! 私の名前、覚えてないんだ!」
彼女は腕を上げて、駄々っ子のように振る舞う。随分と大袈裟なリアクションだ。
恥ずかしげも無く全身で感情を表している様子からもすごく快活な女の子という印象だ。
毎日が楽しそうというか、幸せそうというか……悪く言えば頭で考えていなさそうな。
「覚えてるよ……うん覚えてる」
正直、苦手なタイプだ。
「じゃあ私の名前は?」
会釈をして去ろうとするも彼女は一歩踏み込み、ずいっと背伸びをして僕の顔を覗きこんでくる。
どうして彼女はこんなに絡んでくるのだろうか? とにかく、覚えられても面倒だ。これ以上絡まれたくない。
「……それじゃあ」
「ちょっとちょっと! 無かったことにしないで! 犬井宝良だよ! 2年C組、出席番号2番!」
「2年C組、出席番号24番、百瀬悠です。それでは」
「うん、バイバイ……じゃないよ! 待って待って!」
頭を下げて足早に去ろうとするも、彼女は僕の袖を掴んだ。
「どこ行くの!? あのさ!」
『置いてかないで』とは面白い。連れて来た覚えはないし、このまま連れて行くつもりもない。
「何?」
「もし一人なら私もついて行っていい?」
運命は残酷だ。2年掛けた僕の自殺計画はどんどん崩壊へ向かっている気がする。
「私も一人なんだ、回る相手もいなくって……あはは」
彼女は指で頬を掻きながら気まずそうに笑う。
「えぇ……」
こんな元気で友達も沢山いそうなのに、誰からも相手にしてくれなかったんだろうか?
とはいえ、これは僕の最後の旅行だ。人の事なんて気にしていられない。胸は痛むが断らなければ。
「邪魔じゃなかったら……でいいんだけど、ダメ?」
「……」
不安を湛えた瞳で僕に訴えかけてくるが、僕は断らないといけない。僕の存在を覚えられたら、自殺した後が面倒だ。
胸は痛むが、断らないと――
「……そうだよね。 ごめんね、お邪魔しちゃって」
彼女はバツが悪そうに顔の前で手を合わせてた。
「……いいよ、迷惑なんかじゃないから」
……そんな表情をされると、断れないだろ。
「え、いいの?」
「そう言ったんだよ……どこに行きたいとかはある?」
まぁ、この自由時間くらいなら、潰れてもどうと言うことは無いだろう。修学旅行は今日を除いても、まだ2日あるんだ。
「う、うん! あるよ! えっとね……」
最後の思い出作り。胸糞悪くするよりは、面倒なことが増えたほうがマシ……なのだろうか。
◇
「この牛の頭を撫でると、頭が良くなるんだって!」
ご機嫌そうに口にする犬井さんは牛の銅像の頭を削り取らんばかりに撫でていた。
紅白のねじり鉢巻きを巻いたこの牛は『御神牛』と言うらしい。
頭が良くなるなんて迷信、今時誰が信じるんだ。
「そんなの迷信だよ」
「プッ! 迷信って!」
なにかがツボに入ったようで、犬井さんはクスクスと笑っていた。
どうして僕は認めてしまったのだろうと、今更になって後悔が襲ってくる。
「楽しければどっちでもいいじゃん!」
「……そうか」
「ほら! 百瀬くんも撫でて撫でて!」
そう言って僕の手を取ると、牛の頭へ置いた。銅像なんて撫でても手が臭くなるだけだっていうのに、何が良いのだか僕には分からない。
一方で犬井さんの表情はとても楽しそうにしている。
彼女を見ているとなんとなく、その元気を半分分けてほしいと思えてくる。けれど、僕には致死量だ。
……まぁ、意味を求めたって仕方ないものなのだろう。
◇
続く道を進んだ先で鳥居をくぐると、立派にそびえる赤い楼門が見え、参拝の列ができていた。
まだまだ元気な犬井さんは行き交う人の間を抜けると、道の先を指さした。
「ねぇねぇ! お賽銭しない?」
太宰府天満宮の御本殿だった。
「いいけど、何か願いごとでもあるの?」
「もちろん! いっぱいあるよ! えっとね……」
「言うな言うな、願い事は人に言ったら叶わないんだぞ」
「へぇ~! じゃあ言わない!」
そうして僕と犬井さんは列に並んだ。人は大勢並んでいるが、お賽銭ということもあり進むのも早い。
ふと、お賽銭に使う小銭はあるだろうかと財布を覗き込む。札は大量にあるが、小銭は入れた覚えがない。
「げっ……」
案の定、財布の中には万札しかなかった。
「どうしたの、百瀬くん?」
「小銭がなかった。僕はいいから犬井さんはお賽銭しなよ」
僕が言うと、犬井さんは財布の中身を僕に差し出した。
「はい、五円玉! 百瀬くんもしよ!」
「……ありがとう、犬井さん」
「うん! どういたしまして!」
そうして順番が回って来て、僕らはお賽銭箱に五円玉を投げる。
お賽銭箱で小銭の当たる乾いた音が響き、パンパンと手を叩いてお祈りをして僕は早々に列を抜ける。
ふと振り返ると、彼女はまだ深く祈っていた。
……さっさと五円玉を返して、早く一人になろう。
◇
「ねぇねぇ、百瀬くんは何をお願いしたの?」
参拝を終えて来た道を引き返している時、犬井さんはふと口にした。
「この修学旅行が順調に終わりますように」
そして、早く一人になれますように。
僕の願い事を聞くと、犬井さんはニヤニヤしていた。
「アハハ! 願い事って人に言ったら叶わないんじゃなかったの? 引っ掛かった~!」
あっ……
「……迷信は信じないんだ、根拠がない」
「強がっちゃって~! 可愛い~」
「はぁ……」
迷信は本当に信じていないのだけど、どうも犬井さんに聞く耳はなかった。どうせ迷信だからどうでもいいのだが、なんだか屈辱だ。
「まぁまぁ、元気出して! 修学旅行中は私も一緒にいるからさ!」
「それは勘弁しろ、一人行動の方が好きなんだ」
「アハハ! 強がっちゃって~」
僕の心からの本音を彼女は相手にしなかった。
願い事を言ってしまったからか、僕の計画はどんどんダメな方向に向かっている。
今だって、僕のすぐ隣を犬井さんは歩いている。間違いなく僕の存在は覚えられてしまっただろう。
ひょっとして、犬井さんは本当に修学旅行中ついて来る気なんじゃないか?
それは計画にあってはならないことだ。
――嫌味を言えば、犬井さんは僕を軽蔑して離れてくれるだろうか。
「歩いてて思うんだけど、随分と近くないかな。犬井さん?」
犬井さんの左肩が僕の右腕に食い込むくらいにくっついている。おかげで道の端に追いやられて、砂利道すれすれを歩いている始末だ。
「なに、恥ずかしいの~? 照れちゃっ……」
ニヤニヤしながら僕の顔を見た時、犬井さんは立ち止まった。楽しげな表情は血の気が引き、一気に強張ったものとなった。
「ご、ごめんね……邪魔だったよね」
「なっ、いや……」
急に犬井さんはしおらしくなって、すぐに僕との距離をとった。彼女の笑顔はさっきまでのものとは違った。
「ゴメン、言い過ぎたかもしれない」
「ううん、こっちが悪いから大丈夫だよ。近すぎたもんね」
そう言って無理な笑みを浮かべ、犬井さんはフリースの袖を握りしめる。
そうしてまた歩き始めるが、空気は最悪。
俯いている彼女を見ていると、取り返しがつかないことをしてしまったと頭が痛む。
「……犬井さん、この先に梅が枝餅の店があるらしいんだけど行かないか? ここの名物らしいんだよ」
犬井さんがどうなろうと気にすべきではないというのに……なんで僕は追い払うどころか、面倒を見ているんだろう。
「いいね。あっ、でも……」
「どうした?」
犬井さんは苦虫を噛み潰したような表情で口にする。
「その、お金が……無くってさ」
「それなら気にしないで。金ならあるんだ、使いきれないくらいに」
金の力で解決しようとしているみたいで、なんだか胸の中が晴れない。でも、今はこれしかなかった。
もしかすると僕の計画は、この時点で破綻していたのかもしれない。




