第14話 カフェの後の受け渡しと薬
カフェを出て、僕らは博多の街をぶらぶらと歩いていた。
快晴の空、眩しい太陽と風の強さに春が近づいているのを感じる。
「ねぇねぇ百瀬くん!」
「何?」
現在の時刻は8時半、カフェで想像以上に長居をしてしまった。全てはコーヒーが悪い。
「これからどこ行くの?」
「公園。ここから1時間半、暇をつぶさないといけない」
駅ビル内の商業施設が開くのは10時からだ。
地図を見る限り、公園は駅から歩いて10分もかからない。いつの間にか公園に着いて、僕らはベンチに座る。
「お日様、ポカポカして気持ちいいね!」
「そうだな」
財布を取り出して紙幣を数える。昨日使った額から、残りは49万円くらいか。
さて、いくら分けるべきか……無難に半分か?
となると、25……いや、半分はダメだ。道中で困っている人を見かけた犬井さんが過剰な優しさを施す未来が見える。
……とりあえず、少し余裕ができるくらいに渡すか。
「犬井さん、財布を貸してもらえる?」
「う、うん」
犬井さんは少し後ろめたそうに、ポケットから大きめのがま口を出す。
出来るだけ中を見ないように心掛けて、留め具を外す。
中にはクシャっとなったレシートと、5円玉が一枚だけだった。
……もう少し早く気づいていれば良かったな。
「あ、あはは……」
思わず見てしまったからか、犬井さんは隣ですこし俯いていた。
……最初より暗さはマシになったとはいえ、こんなことなら直接犬井さんに渡した方が良かっただろうか?
そういえば、太宰府のお賽銭で犬井さんから5円玉を分けてもらったな……あの時、彼女は一体どんな気持ちで僕にくれたんだ?
「はい」
僕は犬井さんにがま口を返すと、彼女はおずおずと受け取る。
「とりあえずいくらか入れたけど、服を買うまではあまり見ないでほしいな」
「う、うん。わかった」
「言いづらいものとかもあるだろうから使い道とかは言わなくていい、余ればお土産とかにでも使ってくれ」
「そんな、悪いよ……ちゃんと返すよ」
犬井さんは気まずそうに首を横に振った。
相変わらず、犬井さんはお金のことになると卑屈になるな、本当に。
「それじゃそっちは退屈だろ」
「私は大丈夫だよ!」
「僕がダメなんだ。少しは僕を頼ってくれ」
そう言うと犬井さんは目を皿にした。が、それは一瞬で、すぐにオドオドとした態度に戻る。
「……ほ、本当に? いいの?」
でもまぁ、最初よりはマシにはなっているな。
「うん、ほどほどならね」
「う、うん」
そう言うと、犬井さんはギュッとがま口を握りしめて――
「その……」
――ぎこちない、純粋な笑顔で彼女は言った。
「ありがとね、百瀬くん」
「……うん」
ようやく肩の荷が降りて、鼻から息が抜ける。
なんだか、口の端がつり上がるような――
「ど、どうしたの?」
思わず口を押さえる。
「……舌を噛んだ」
「大丈夫!?」
……やはり、彼女がいると僕は絆されてペースが乱れるみたいだ。
向こうの木からスズメのさえずる声が聞こえる。鳩ののどかな鳴き声がする。
「今日の百瀬くんさ――」
犬井さんは足元で群れを成す鳩を見ながら、ボーっとした様子で呟いた。
「――なんか、カッコイイこと言うね?」
ニコッとこっちを向いて、頬を赤くしながら彼女は言い切ってみせる。
なんだよ、本当に。
◇
時が経って、現在は10時。商業施設に人が緩やかに流れ込み始める。
僕らも足を踏み入れると、一足遅れたからか施設はあちこちからの話し声や放送、笑い声といった都会特有の環境音で満たされていた。
「じゃあ、一旦ここで別れよう」
エスカレーターで二階へ上がっているとき、犬井さんにそう持ち掛けると彼女はどこかつっかえるような様子だった。
「う、うん」
「それじゃあ、一時間後にここで合流しよう。遅れるときは連絡を……」
よく考えたら、僕らはまだ連絡先を交換していなかった。
「犬井さん、連絡先を交換しよう」
「いいよ! そ、それとさ……」
交換を終えると彼女は後ろで手を組み、肩を揺らしてと落ち着かない雰囲気で僕をチラチラと見る。
「何?」
「その……服、さ? 似合うやつ、一緒に選んでくれない?」
犬井さんの頬はほんのり赤くなっている。
……僕に服選びのセンスさえあれば受けたと思う。だが、僕にそんなものはない。
「自分で選びな」
「えぇ~! 恥ずかしがらないでよ~!」
「本当に止めた方がいい」
僕が関わったら、犬井さんは生きる現代アートに早変わりだ。
「ぶぅー! 百瀬くんの……意気地なし!」
彼女は納得いかないようで、すぐに腕を振り上げて怒った仕草をする。
「どうとでも言え。それじゃあ一時間後にここで」
他に何か言うべきことは……
「途中で洗濯するから、服は上下で2日か3日分を目安に。荷物が嵩むと面倒だから。それと……靴下とかは少し多めの方がいいと思う」
「う、うん。分かった。はぁ……」
犬井さんは意気消沈、といった具合に分かりやすくため息を吐く。
なんだか罪悪感を感じるが……僕が悪いのか?
◇
「思ったより……早く片付いたな」
犬井さんと別れてから15分、買い物が終わってしまった。
僕は適当な店に入って、目に付いたマネキンの着ていた服を持って、会計をした。
シャツが3枚、ズボンが2本、パンツ4枚に靴下4足が右手の袋に詰まってずっしりと重い。
袋の中のもので、きちんと自分で選んだものといったら……上着のパーカーくらいか。防寒着でブレザーは目立つから買った。
それと、最初はズボンを1本だけ買おうと考えていたが、制服のズボンと5日間ずっと交互に履くのは汚い気がしたから一つ増やした。
さて、残り45分をここで……待てないな。退屈すぎる。
これだったら、犬井さんの服選びに付き合った方がよかった気がしてくるな。
いや、でもなぁ……
まぁ、考えても仕方がない……本屋で立ち読みでもするか。
◇
エスカレーターで8階まで上がると、すぐそこに大型の書店があり、僕は真っ直ぐに入店して今は旅行雑誌と睨めっこをしている。
派手な色使いとコラージュの目立つ表紙は正直趣味ではないが、試しに手に取ってパラパラと流してみると各県の魅力やグルメの特集がこれでもかと書かれていて、思わず見入ってしまう。
これからの行き先を考えていないこともあって、あれこれ目移りしそうになるが日数は5日と決めてしまった。
それなら多くを見て回るより、厳選してじっくり味わう方が賢明だろう。
昨日、犬井さんが行きたいと言っていたのは京都、大阪、名古屋だったか。なら、そこは決まりとして……いや、もう一度一緒に話して決めるべきだな。
となると、雑誌は買った方がいいか。スイーツの特集もあって、犬井さんも読みたいだろうし。
とりあえず、『山陽・山陰』と『京阪神・名古屋』のものだけ買うか。2冊で2300円くらいか。
小銭でピッタリ払えるかと思い、小銭入れを開けると、シートの中の赤い錠剤が店内の光を受けて爛々と輝いた。
「……そうだ、僕は死ぬんじゃないか」




