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第13話 カフェでの朝食(コーヒーは飲めない)

「ご注文をお伺いいたします」


 時刻は6時半。遥野さんと別れた後、早朝ということもあり飲食店はどこも閉まっていた。

 それで博多の街を歩いて時間を潰しているとカフェが開くのを見かけて、僕らはすぐに入店した。


「僕はトーストのモーニングセットをお願いします」

「私はパンケーキのセット!」


 開店直後なこともあり、店内に他の客はいない。


「お飲み物はいかがなさいますか?」

「私はオレンジジュース! 百瀬くんは?」


 よっぽどお腹が空いていたのか、犬井さんは今日一番の元気さだ。


 飲み物か、決めていなかったな。

 大手チェーンのカフェということもあり、ジュースやコーヒーだけでも種類が豊富だ。


 せっかくの旅行だし、飲んだことのないものを頼んでみるか。


「ブレンドコーヒーをお願いします」

「承りました」


 そう伝えると、店員さんはカウンターの奥へ戻っていく。


「百瀬くんってコーヒー飲めるんだ、大人だね!」


 悩む僕をよそに、犬井さんは目をキラキラと輝かせている。さて、どう返したものか。


 これまでの人生で僕はコーヒーを飲んだことがない、カフェラテならある。


「……まぁ、一応」


 根拠はないが、ここで「ない」と言ったら馬鹿にされる気がする。


「すごいね! 私、飲んだことないや!」


 駄弁っていると、お客さんが少しずつ増え始める。

 スーツ姿から察するに、ほとんどがサラリーマンだろう。こんな朝早くからご苦労様だ。


 それで、何をしようとしたんだったか……そうだ。


「それで、これからの旅行の予定だけど。何日間にしようか?」


 僕が持ち掛けると犬井さんは俯く。心なしか、その表情は少し辛そうに見えた。


「……どのくらい大丈夫なの?」


 顔を上げた犬井さんは指をもじもじさせ、不安そうにもごもごと口にする。

 今の時点で、遥野さんのおかげで出費は1万円程度に収まっている。

 とんでもなく安く済んだが、これを基準にするとまずい。


「50万円だから……あと10日はいけそうだけど、着替えとかも用意しなきゃだしな」

「……相変わらず、すごい額だね」

「2年間のバイトと無趣味、友達付き合いなしの賜物だな」

「ええっと、お疲れ様……だよね?」


 犬井さんは複雑な苦笑いを浮かべる。

 あのお花ば……天真爛漫な犬井さんに苦笑いをさせるとは、相当惨めなんだな、僕。


「とにかく、あと5日ってところかな。きっちり食べて、遊んだ上でちゃんとした所に泊まるとなると」

「えっ、そんなに!?」


 目を大きくした犬井さんはテーブルから身を乗り出していた。


「流石に長いか?」

「ううん! そしたら、5日がいいなぁ」

「じゃあ、そうするか」


 そうと決まればどこへ行くかを決めないとだ……と、その前に――


「僕は連絡するけど、犬井さんは両親に連絡とかは大丈夫か?」

「……うん」


 一瞬表情が無くなった後、犬井さんは気まずそうに笑う。


「うちのママ、あんまり気にしないから大丈夫だよ」

「……そうか」


 何だか複雑な事情がありそうだが、面倒だし踏み込まないことにしよう。


 一晩ぶりにRUINを開くと、バスで送ったメール以降に父さんから1件の通知があった。


『そうか、楽しんでこいよ!』


 修学旅行が長くなる、と普通は有り得ない内容を送ったのに、疑わないのは流石父さんだ。


……その前の6件の送信取り消しが目立つが、何を送ろうとしたんだろうか。


『あと5泊したら帰ります』


 送信すると、すぐに父さんから既読が付いて、返信が返ってきた。


『分かった。それと一応、毎日自撮りは送って来いよ!』


 これは酒が入ってるな。6時半に酔ってるって、一体いつから呑んでるんだ?


 それにしても自撮りか、訳が分からない。そもそも、何で息子の自撮りなんて……


「? 百瀬くん、どうしたの?」

「父さんが『自撮りを送れ』って言ってきたから……」

「アハハ、面白いね! 百瀬くんのこと心配なんだ!」


……そういう見方もあるのか。


「スマホ貸して、撮ってあげるからさ!」

「あぁ、うん」


 そうして渡すと、犬井さんは向こうを向き、スマホを高く掲げ、インカメラに切り替えて――


「ちょっ――」

「はい、チーズ! 笑って~!」


 僕の確認のための自撮りに、ピースをした犬井さんも思いっきり写った。


「な、なにやって――」

「うん、撮れてる! 送ったよ!」

「はぁ!?」


 犬井さんからスマホを返され、急いでメールを確認すると写真は既に送信されていた。


……もう既読が付いている。



『何だこの可愛い子!? 彼女か悠!?』



「終わった……」

「どうしたの?」


 こいつ……分かり切ったことを……


「はぁ……」


 犬井さんにスマホを貸すことはもう2度とないだろう。

 ここから父さんにどう返せばいい? どうすれば丸く片付く?


「本当に大丈夫?」

「あぁ大丈夫、メールさえ除けば」

「ゴメンゴメン! お父さんはなんだって?」


 それが気まずいんだろうが……


「その……彼女がどうって」

「あっ……」


 RUINの画面を見せると、犬井さんの頬は恥ずかしそうに赤らめる。

 こうなることくらい、少し考えれば分かるだろうに。考えなしなんだからなぁ……


「と、友達って言えばいいじゃん!」

「父さんは僕に友達がいないのを知ってる」

「私がいるじゃん!」


 胸を張って、自信満々な返答。


「僕らは昨日会ったばっかりだぞ」

「もぉ~ それって関係あるの?」


 目を大きく開いて頬杖をつき、彼女は拗ねたように眉間に皺を寄せる。


 たった一日で友達を名乗れるなら、この世にボッチなんていないだろう。


「あるだろ」

「『友達として』一緒に旅行してるのに?」

「それは……」


 クソッ、痛いとこを突いてくるな。丸く納めるための心にもないセリフだったのに。


「一緒にご飯食べて、同じ部屋で寝たのに?」

「……分かったよ」


 これ以上揉めるのは面倒だ。

 僕に勝ち目はない、というか彼女は勝つまで食い下がって譲らない気だ。


「じゃあ友達だね! 百瀬くんのお父さんにもそう送ってみたら?」


 犬井さんは勝ちを譲られて満足そうにしている。全くもって面倒だ。


「仕方ないな……」



『クラスメイトの犬井さんです』



 どうか、これに納得してしばらく黙ってくれ、父さん。


「ちょっと、百瀬くん!」

「何?」

「クラスメイト、って遠いよ! 私たち友達じゃん!」


 犬井さんはまた不満そうにした。もう勘弁してくれ。


「メイトは友達って意味だ、なら合ってるだろ?」

「うぅん……そっかぁ。でも、なんか納得できないな~」


「お待たせしました~」


 犬井さんがテーブルの上で伸びると同時に、ウェイトレスさんがやってきた。


「こちら、パンケーキセットとトーストセットになります」

「わぁ~美味しそ~!」

「ありがとうございます」


 ウェイトレスさんが来たことで話が中断される。ウェイトレスさんにここまで感謝する機会があるとは思わなかったな。


「ごゆっくりどうぞ~」


 そう言って厨房に戻ろうとするウェイトレスさんだが、心なしか僕らを見てニヤニヤしている……僕の感謝を返せ。


 とは言え、料理が届いた。ふんわりと優しい香りが朝の食欲を刺激する、冷める前に頂かなくては。

 犬井さんもやってきたパンケーキに目を輝かせている。


「じゃあ、食べるか」

「うん!」



「「いただきます」」


 そうして、僕は自分の食事へ目を向ける。


 外周を緑で縁取られた白い皿。その上にはトーストが1枚とバターの入った小皿があるだけ、サラダなどの気の利いたものは無い。なかなか挑戦的だ。


 焼き立てのトーストは厚切りで、香ばしい小麦の香りがする。表面はきつね色にこんがり焼けて、耳は見るからにパリッと硬そうだ。熱々で何とか耳を指先で持てるくらいだ。


 その表面にバターを落とし、ナイフで塗り広げる。ナイフで軽く押さえると、バターはトーストの熱でじんわりと溶け、その軌跡がテラテラと光りだす。


 そうして、バターがしみ込んだトーストを口へ運ぶ。


 カリッと砕ける耳とサクッとした表面、対してその内側はもっちりとしてコシがある。


 濃厚なバターの風味、小麦の持つ素朴な甘さ、その後にくるバターの優しい塩味と深いコクがじゅわりと広がる。


 食パンってこんなに美味いものなのか。


 齧った部分を引きちぎろうとパンを引くと、断面からはコシのある生地ならではの繊維が見える。


「美味しいね……って百瀬くん、食パンにびっくりし過ぎじゃない?」


 トーストに集中していると向かいから犬井さんが声をかけてくる。

 流石に自分でも変だとは思うが、そんなことがどうでもよくなるくらい美味い。


「そんな美味しいの? 私にも一口くれない?」


 彼女の視線は僕のトーストに釘付けになっている。


「嫌だ」

「私のもあげるからさ!」


 犬井さんはパンケーキを大きめに切り、フォークに突き刺して差し出してみせる。

 パンケーキで交換できるとでも思っているのか。


「嫌だ」

「えぇ……」


 しょんぼりとした彼女はフォークを自分の口へ運んだ。

 僕もトーストを再び口へ。やはり美味いな。


 ただ、食べ進めるにつれて口の水分が吸われて喉が渇いてくる。

 犬井さんも同じようで、オレンジジュースをストローで幸せそうに飲んでいる。


 僕の飲み物は……コーヒーだ。


 隣の席ではサラリーマンの人が多分僕と同じコーヒーを顔色一つ変えずに飲んで新聞を読んでいる。


 飲んだことはないが……多分これも美味いのだろう。


 白いカップの取っ手を摘まんで、口元に近づける。よく焙煎されているのか、湯気から豆の焼けた香ばしい香りがする。

 犬井さんは何かに気が付いたのか、僕を見つめてニヤニヤしている。


「百瀬くん、手が止まってるよ?」

「……うるさいな」


……変なところで察しがいいな。


 犬井さんに見つめられながら、僕はコーヒーを口に含む。


「……うぇ」


 思わずコーヒーに視線を落とす。


 なんだこれは……飲めたものじゃないぞ。


 口に含んだときの風味は何というか、落ち着く香ばしさがとても良い。


 舌触りというか、のどごしは水やお湯と大差ない。さらりとした印象だ。


 それで味だが、焙煎という豆を煎る過程がある飲み物であるから、焦げた苦みがあるのを想定していた。案の定、なかなか苦い。けれど、想定の範囲内だ。


「大丈夫、百瀬くん?」


 問題は強烈な酸味だ。酢やフルーツとは違う、近いものは何だ……傷んだお茶、だろうか?


「あぁ、大丈夫」

「……本当に?」


 二度も聞いてくる犬井さんに目を向ける。目は細まり、口元を押さえてプルプルと震えている。


「……なんだよ」


……もう一口だ。きっと慣れて、味覚が変わっているはずだ。熱い湯船みたいに。


「……え゛ぇ」


 まぁ、僕の味覚は正常だった。

 隣のサラリーマンを横目に見ると、相変わらず旨そうにコーヒーを飲んでいる。

 年を取ると味覚が研ぎ澄まされる……もとい擦り減るのだろう。ちっとも羨ましくない。


 いつだったか、コーヒーを飲んだ後はチョコレートが美味しくなる、と聞いたことがある。今なら理解できる、飴と鞭だ。


 まぁ、なんだ。すごく……甘いものが食べたい。


……正直、屈辱的だが背に腹は替えられない。


「犬井さん……やっぱりパンケーキ、少しもらえる?」

「ぷっ!」


 交渉を持ちかけようとすると、彼女は口を押さえたまま横を向いた。後で覚えてろよ……


「じゃあトースト一口ちょうだいね!」


 トーストが減ってしまうが、仕方ないか。


「……分かった」


 渋々答えると、彼女はカチャカチャとパンケーキをナイフで切り始めた。


「百瀬くん、意外と可愛いところもあるんだね!」

「はぁ……それはどうも」


 犬井さんは切り終えるとフォークに刺して僕に向けた。その表情はニヤニヤと愉快そうにしている。


「じゃあさ! あーん、してあげよっか?」


 コイツ、僕を何だと思っているんだ。


「結構です。こっちにもフォークはあるし、自分で食べるよ」

「えぇ~~可愛くないな~~もぉ!」


 そう言うと犬井さんはフォークから外して、パンケーキの乗った皿をこちらへ差し出した。

 こちらも皿を犬井さんへ差し出すと、彼女はすぐにトーストへ手を伸ばした。よほど食べたかったんだな。


「いただきま~す!」


 犬井さんはトーストを一口齧ると、すぐに目を大きく見開いた。


「うん、美味しいね! これは百瀬くんも驚くよ!」

「そうなんだよ」


 ニコニコしながら咀嚼する犬井さんを見ていると、何だかこっちまで……やめだやめだ。こっちも口直しのパンケーキを頂こう。口の中がさっきから苦酸っぱくて不快だ。


 パンケーキに目を向ける、シロップのよくかかった部分が切り分けられている。

 わざわざ一番美味しいところを?


……すごく、気が利くな。


「その……ありが――」

「トースト、すごい美味しいね!」


 犬井さんはトーストを食べ進めていた、二口目だ。



 一口ってなんだよ……僕の感心を返せ。





「ご馳走様でした」

「ごちそうさまでした!」


 食後、満腹になると僕はいつも頭が上手く回らない。今だってそうだ。

 今は何かを決めなきゃいけないはずだ。食べる前にそれを考えていたはずなのだが、何だったかを思い出せない。


「ねぇねぇ、百瀬くん!」

「何だ?」


 僕と対照的に、犬井さんはお変わりない様子だ。むしろ元気過ぎる。食事のお代わりを所望するんじゃないか?


「今日はこの後どうするの?」


 この後……そういえば考えてなかったな。

 旅行は今日を入れて5日間、厳密には昨日を含めて6日間か。

 今日はどこへ行こうか。方針すら決まっていないのは結構致命的だな。

 とりあえず、現状言えるのは――


「東京へ向けて北上する」

「えっ……」


 あまり考えずに言った僕の言葉に犬井さんはギョッとして、シートから腰を上げた。そこまで驚くことかとは思うが……まぁ、僕の説明不足か。


「今日を入れた5日間で東京を目指しながら移動するって意味だよ。一日で東京に帰るわけじゃない」

「あっ! な、なんだぁ~良かったぁ~!」


 そう言うと、犬井さんは緊張が抜けたようにドサッとシートへ腰を落とした。

 本当に旅行がしたいんだな……なにか引っかかるが。


「じゃあさ! 今日はどこに行くの!?」


 肩を揺らして、目を輝かせてと犬井さんは分かりやすくワクワクしている。


「それが……まだ何も決めてないんだ」

「なら、これから一緒に決めよ!」


 そう言って犬井さんはスマホで色々と調べだした。

 一緒に決めるのは望むところだが……何か忘れている気がする。

 それに、この時間のカフェに長居するのはお店に迷惑だろう。


「一旦ここを出よう、だんだん混んできたからさ。それで――」


 ――そうだ、思い出した。


「着替えだ、着替えを買おう。あと5日もあるんだ」

「分かっ……あっ」


 そう持ち掛けると犬井さんは一瞬目を輝かせたが、すぐに気まずそうに頬を掻いた。


「ううん、私は大丈夫だよ」

「は? それはダメだろ、無理がある」

「で、でもっ!」


 思わず声が上がってしまった。犬井さんの視線は伏し目がちに揺れていた。


「百瀬くん、私のワガママ聞いてくれて、お金まで出してくれてるじゃん。このご飯だってさ……」


 彼女が力なくどんどん落ち込んでいく様子はとても分かりやすかった。


 いつもは冗談みたいに明るいくせに、どうしてこういう時に限ってこうも暗くなるんだよ。


 ……一体いつまでそれで悩む気なんだ。犬井さんのこんな姿を見ていると、こっちまで気が重くなる。


「はぁ……犬井さんは何か勘違いしているみたいだけどさ」


……やりたくないが、ここは一芝居打つか。


「君は僕の友達だ。友達が困ってたら、助けるのは当然だろ」


 どうして僕がこんな臭いセリフを言わなきゃならないんだ。恥ずかしいな、くそっ。


「正直ね、僕もこの旅行が楽しみなんだ。これは犬井さん関係なしに、僕が楽しむためでしかないんだ」

「でもさ、私がいなければ……」

「分かっていないようだから言うけどさ――」


 犬井さんはどこか揺らいでいるようだった。

 僕はどれだけ喋っているんだ? もう、この際どうにでもなれ。


「――同行する以上、犬井さんが抱える問題とか悩みは、君だけのものじゃないんだからな?」

「えっ」

「だからここは一つ、黙って僕に騙されてくれないかな?」


 気のせいか、さっきから奥のレジで生温かい視線を感じる。隣のサラリーマンの新聞を捲る音も止まっている。

 頼むから、早く納得してくれ。こっちは限界なんだ。


「……う、うん、わかった」

「分かったならよかった」

「えへっ、えへへ」


 ぎこちない笑いを浮かべて、そう口にした犬井さんの頬は熱でも帯びたみたいに赤くなっていた。

 そりゃあ、共感性羞恥も感じるよな。こっちは暑くてブレザーなど着ていられないくらいだ。


 それにしても、何が『君だけの~』だよ。思い出すだけで恥ずかしいな、畜生。

 ここの店員に僕の顔を覚えられる前に早く店を出よう。それに、犬井さんにセリフを覚えられても厄介だ。


「じゃあ、早く買いに行くぞ」

「あっ、待って百瀬くん!」


 シートから立ち上がったところで犬井さんに止められた。こっちは急いでるっていうのに……


「何?」

「コーヒー、残ってるよ?」


……はぁ。





「お会計をお願いします」

「はーい」


 苦行を乗り越えて僕らはレジへ向かうと、レジを打っていたのは見覚えのある店員さんだ。今日はとことんツイてないな。


「えーっと、お会計が、千と~」


 いかにもといった様子で、わざとらしくモタモタしている。そして、レジを見ていない。僕と犬井さんの表情を見てニヤニヤしている。一体、なにが楽しいんだ。


「600円になりまーす」

「これで」

「クレジットカードはいかがなさいますか~」

「現金で」

「当店のポイントカードはお持ち――」

「ないです」

「カードはお作り――」

「結構です」

「クーポンは――」

「ありません」


 やけに引き留めようとする店員さんは小銭を一枚一枚、これ見よがしに丁寧に数えて僕に渡した。僕はそれを財布にねじ込む。

 そうすると、今度はレジの下でゴソゴソと何かを探し始めた。


「こちら、明日から使えるクーポンになります!」

「……どうも」

「またのお越しをお待ちしてまーす!」


……二度と来るか。


 何だか色々と恥ずかしい思いをしたが、今は着替えのことだけを考えよう。とにかく、着替えだけを。

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