第11話 2平方メートルと抱擁 by 犬井
「じゃあ、おやすみ」
「うん……おやすみ」
私に背中を向けて、百瀬くんはトロンとした声で言った。
百瀬くんったら、もうスヤスヤ寝ちゃってる。寝るの早すぎだよ。
もっとお喋りしたかったのに……それだけ疲れてたんだなぁ。
でも、そうだよね。置いてかれて、振り回されて、顔色が悪かったのにホテルまで取ってくれて、すごい頑張ってたもんね。
そういう私は……何もできてないけど。
でも――
「お疲れ様、百瀬くん」
――今はこれくらい、言わせてほしいな。
『壁を向いて寝よう』って言ってたけど、今は百瀬くんの方を向いてたい。
寝顔も見てみたいけど、壁の方を向いちゃってるから見えないや。残念。
……なんか、さっきから思わず頭を撫でちゃってるけど、大丈夫だよね?
部屋はぼーっと明るくて、ふわふわの毛布はあったかい。すぐ寝ちゃうのも分かるなぁ、私も眠くなってきた。
私もそろそろ寝よう。明日も思い出をたくさん作りたいし、百瀬くんをいっぱい笑わせなきゃだし!
そうと決まったら、私も壁を――
「ん? なにこれ」
百瀬くんの肩の下に、赤いものが落ちてる。なんだろう、ゴミかな?
そういえば、さっきの百瀬くん、すごい慌ててたな。
あの時はお金だって言ってたけど、それにしては変だったな。
ほっぺが強張ってて、ごまかす表情だったし。目もすごく開いて焦ってたし。
それに、お金をたくさん持ってるなら、その内の10円を落としても慌てたりはしないよね?
「えっ……」
すごい気になって、思わず拾っちゃった。
硬くて細長くて、ツルツルしてて、先っぽが丸くなってる。半分真っ赤で、もう半分は真っ白。
「これって……」
薬……だよね? 見た目もお薬って感じだし、そうだよね?
百瀬くん、これいっぱい床に落としてたなぁ。風邪薬とかかな?
でも、それならどうして隠したのかな? それに、いっぱい出してたし……
胸がすごくザワザワして、背中がぞぞっとする。
――もしかして百瀬くん、あれ全部飲もうとしてた?
「……どうして?」
心臓がドキドキして、うまく息ができない、苦しい。
なんの薬か知らないけどさ。薬って、いっぱい飲み過ぎると死んじゃうじゃん。そんなの、百瀬くんなら知ってるよね。
バスに置いてかれた時、いきなりお財布ごと渡そうとしたり、僕は死ぬとか言ってたけど、本当にやる気だったんだ。
死なないでよ! 私が困ってた時、一緒に回ってくれたじゃん! 友達じゃん!
それに、「死なない」って言ったじゃん……無理やり言わせたけど。
それにしても百瀬くん、どうしてそこまでするんだろ?
そんなに辛いことがあるのかな、いいことないって言ってたし。私の力でなんとかできるかな?
それとも……私がダメだったのかな? ワガママ言ったから? 迷惑かけたから?
聞いた方がいいのかな?
「ねぇ、百瀬くん?」
「……」
起こそうと思ったけど返事してくれない。これはぐっすり寝ちゃってるな。
……って、起こしちゃダメじゃん。疲れてるんだし。
薬は……返しちゃいけないよね。ポケットにしまっとこう。
なんか、すごく不安だよ。壁の方なんて、向けないよ。どうしたらいいのかな。
私にできることなんて少ないし、頭もそんな良くないし、力も無い。お金も無いから、なんにもあげられないけどさ――
――笑顔なら、あげられるかな?
私が笑わせられたら、百瀬くんは生きてくれるかな?
ちょっと恥ずかしいけど、ギュッと抱きしめれば少しは良くなる……よね?
抱きしめてみると体はちゃんとあったかくて、意外とがっちりしてて、シャンプーの爽やかな匂いと、あったかい肌の生きてるって匂いがする。
生きてる、良かった。それと……いい匂い。なんか、ちょっと落ちつくなぁ。
もし百瀬くんが起きちゃったら、その時は「寝返り打っちゃった」って言えば、納得してくれるよね。多分。
「おやすみ」
不安だし、百瀬くんのこと心配だし、眠れそうにないけど……今はこうしてるのが一番いい気がする。
絶対に、百瀬くんを笑わせなきゃ。




