第1話 終わりの始まりと車酔い
生きることは一種の惰性ではないか?
「なぁ、この後の自由時間のことなんだが!」
「地酒が楽しみですね、先生!」
「うわ~ババ引いた~」
「お前ら静かにしろ~もうすぐ到着するから!」
生まれてから全くいい事がないという訳ではないけれど……『生きている実感』が全くない人生。
例えば、簡単に自分の人生を振り返ってみる。
大小問わず、幸せな記憶を思い出せるだろうか――2つくらいなら。
なら、不幸や苦しい思い出は――数え切れない。
こんな風に考えるのは安易過ぎるのだろうけど、僕には十分だ。
「一緒に写真撮ろ!」
「大雨来なくて良かったね~」
「ちゃんと時間通りに集まれよ、3時にロータリーに来なかったら置いて行くからな?」
「ねぇ! あそこ、お茶屋さんでお土産買いたいから寄っていい?」
甲高い声の数々と低く唸るエンジン音。バスの中はまさしく、喧騒に包まれているという表現がピッタリだ。
今日は3月28日、2泊3日の修学旅行の一日目。朝早くに空港に集まって飛行機に乗って東京から福岡へ、今はバスで太宰府に向かっている。
僕らの修学旅行は本来は12月に予定されてた。
けれど、そこで記録的な大寒波が来たり、急遽決まった予備日は嵐だったりでこの日までずれ込んだ。
正直、修学旅行なんて中止でいいと思っていた。ちっとも楽しめる気がしなかったからだ。
けれど、今は参加して良かったと思う。
というのも、僕の計画を前倒しで始められるからだ。
「なぁ、ええっと……百瀬?」
ボーっと流れる窓の景色を見ている時に声を掛けてきたのは隣に座るクラスメイトだった。彼の名前は覚えていない。
「……何?」
「修学旅行のしおり無くしたからさ、コピーしたいから集合まで貸してくんね?」
久しぶりにクラスメイトに話しかけられたな、何か月ぶりだろう? 多分体育祭以来だ。
太宰府天満宮で昼食、その後は自由時間。3時にロータリーに集合。そこからバスで宿へ向かう……内容は覚えているし、貸してもいいか。
誰かとどこかへ行くわけではないし、どうせ使わない。
「……はい」
「ありがと! 恩に着る、百瀬!」
彼はしおりを受け取ると、ニッと笑って礼を言うとすぐに前を向いた。
僕の名前を覚えられているのは、少し複雑な気分だ。
向こうは覚えているのに僕が覚えていないのは不誠実だし、何より修学旅行の後でトラブルが起きたら申し訳ない。
中学生の頃からぼんやりと考えていた計画を、僕は高校入学を機に準備を始めた。
例えば、高校では友達を作らなかったり、集合写真では顔が映らないように隅に隠れてきた。
突然いなくなっても『ああ、そうですか』と言われる程度で済ませたいからだ。元々存在感はないし、仮に友達を作る気があっても僕なんかに作れるのかは怪しいが。
予算が必要だったから始めたスーパーのバイトも一月前には辞めた。
今の僕は突然いなくなっても誰も気づかないだろう、父さん以外。不義理な息子で父さんには悪いと思っている。
「着いたぞ! 後ろの奴からどんどん出てけ~!」
唐突だが、ゲームで勝つにはどうすればいいだろう?
どんなゲームにも言えるが、勝つのに重要なのは『有利になること』と『不利にならないこと』。
有利になれば勝てる。不利にならなければ負けない。
なら、人生で『勝つ』とは何だろう。
僕は『死んだ時点での幸福の数から不幸の数を引いて、プラスである』ことだと思う。
そうなると、人生で勝つには『幸せな思い出を作ること』と『不幸な思い出を作らないこと』が重要だ。
「昼食べ終わったらどこ行く?」
「木刀買おうぜ、木刀!」
「小学生か!」
50万円。僕はこの修学旅行で文字通り死ぬほど贅沢をする。二年間バイトをして貯めて来たおかげで、予算は使いきれないくらいある……母さんの遺産の一部も僅かに含まれているが。
移動はタクシー。一日3食、トッピング全部乗せのラーメン、トリュフのスライスがついた和牛のステーキ、石窯で焼いたピザ、板前さんの握る老舗の寿司。とにかく、何でもありだ。
暇があればゲームセンターでも映画館でも、なんなら他県にだって遊びに行く。
そうやって良い思い出をたくさん作って、人生の収支を0に近づける。
それで修学旅行が終わったら、僕は死ぬ。
「おい、なにモタモタしてるんだ?」
「……すみません」
……早く降りよう。排ガスの匂いで酔った。




