06:終焉
青空から降り注ぐ陽光の下、初老の男性が四角ダンジョンのある空き地の外側に立ち、ダンジョンから運び出される青いシートに包まれた遺体を眺めていた。
また2名の死者が出てしまった……30年も経ったから大丈夫だろうと思いたかったが……もう一人同行者がいたが行方不明らしい。その人も生存は絶望的だろう……初老の男性、藤井は目を閉じうなだれた。
藤井は、四角ダンジョンの4階で溺死体で発見された当時の村長、文村誠一の親戚だった。真面目な人柄で決して偉ぶらず、村民から慕われていた文村を、同じ村に住む少年の藤井は慕い尊敬していた。
やがて奇妙なダンジョンが出現し、大人たちはこのダンジョンが話題となり、村の経済に寄与してくれるかもしれないと期待していた。藤井自身も何度か大人や友人たちと共にダンジョンに入ったが、さすがに真っ暗な4階は不気味なので、いつも階段から恐る恐る覗くだけだった。
そして、ダンジョンが出現してから約半年後の、あの日。
村長を先頭に4人が行列でダンジョンに入っていくのを目撃したのは、行方不明者を探して自転車で村内を走り回っていた藤井だった。
さすがに近づくのは怖く、空き地の外から大声で呼びかけたが、皆は全く無視してダンジョンに入っていった。すぐに半泣きで駐在所に駆け込んだが、結局全員死体で見つかった。
藤井は、あの時、勇気を振り絞って村長に殴りかかってでも止めていれば、と今でも悔やんでいる。
四角村とダンジョンでの不穏な出来事はそれからも続いた。
4件もの葬式を同時に出し、結局皆の死は原因不明の事故死として終止符が打たれた後も、四角村は重苦しい雰囲気に包まれた。ダンジョンに4人が入って行った時、先頭は村長だったという……やはり村長が突然おかしくなって他の3人を連れ込んで殺害し、自殺したのでは? という理不尽な噂話が広がっていた。亡くなった若い娘と村長の淫らな関係を疑う者まで現れ、村長の妻は心労で倒れて亡くなり、たまりかねた娘の両親は、逃げるように村を出ていった。
同時期にダンジョン内で探索者の無残な死が続き、ダンジョンが出現した空き地は神社の跡地、呪われた禁足地という怪談話が語られるようになった。あそこはずっと昔からの、ただの空き地だと村人が説明しても無駄だった。村人がダンジョンを嫌い、近づかなくなった頃に今度は村で事故死や病死が続いた。やはり何かの祟りではないかと村人は恐れ、四角村から転出する人が出だした頃、決定的な出来事が起こった。
村で一番大きな屋敷だった文村家が火事を出して全焼し、延焼で何軒もの家が焼け落ちたのだ。幸い死者は出なかったが、この大火から村が無人になるまで時間はかからなかった。藤井も家族揃って村を出て他県に移り、今は遠く離れた地に住んでいる。
久しぶりに四角村を訪れた彼は、空き地を取り囲むマスコミや大勢の野次馬を見て、やはりあのダンジョンを完全に封鎖するのは難しいのだろうかと、暗い気持ちになった。
藤井は、村を出る前に、夜のダンジョンの入り口付近で立っている、見知らぬ男を何度か目撃している。この話は、誰にもしたことは無いが……。
その男は、いつも動かず、どこかを見ているだけだった。
あまりに不気味で、藤井はすぐに目をそらし決して近づかないようにした。背格好は死んだ村長に似ているような気はしたが、顔は特徴の無い別人だった。だが、遠くからでもわかる銀縁眼鏡が気になった。
村長の死体からは、眼鏡が無くなっていた。あの銀縁の眼鏡は、特別に誂えさせた村長自慢の品だったのだ。もしかして、あの男が奪ってそして……。
藤井は、銀縁眼鏡のあの男が、夜の四角ダンジョンの入り口に立ち、訪れた若者たちを4階の暗闇に誘い込んだような気がしてならなかった。
四角村から少し離れた道路沿いにあるコンビニ。
駐車場に停めた車内で、相木は買い込んだ弁当を食べながら、タブレットで和浩の動画配信チャンネルを見ていた。
四角ダンジョンでの惨劇が報道され、和浩の最後のダンジョン配信動画の再生数は物凄い事になっている。皮肉だな、と相木はペットボトルのお茶を飲みながら考えた。
相木の年下の知人だった和浩は、まだダンジョン内で見つかっていない。河原に血塗れの靴が脱ぎ捨てられていたと警察発表にあったが、本人は今のところ行方不明だ。恐らく彼も既に……やはり、偶然出会った四角村の出身である藤井から話を聞いた後の、あのメッセージでもっとダンジョン行きを強く止めるべきだったのか。しかし、相木が返信を受け取った時はもう手遅れだったのだ。
――ダンジョンの入り口で四角村の出身者と会って案内してもらえて助かりました。
このメッセージを最後に和浩からの連絡は絶え、電話も繋がらなくなっていた。同行していたダイヤこと麻理子の両親が、娘が帰宅しないと警察に届け出て、やがて相木にも問い合わせが来て、四角ダンジョンが捜索された。結果、4階で幸二とダイヤの無残な死体が発見されたが、和浩の姿と資材を入れた荷物はどこにも無かった。
相木はメッセージの内容を警察に見せて、4人目がいた筈だと伝えてある。この四角村の出身者という人物が、3人に危害を加えて姿を消したのだろうか?
動画配信サイトの和浩のチャンネルには、2本の奇妙な無編集の動画がアップロードされている。
1本は、ダンジョンの4階で3人がライトの灯りの元で、ダンジョンで死んでいた探索者の話を聞く動画。3人以外の男が喋っている。恐らく、和浩のメッセージにあった四角村の出身者と名乗った男だろう。映像は暗くてひどくわかりにくく、音声は途切れがちで耳障りな雑音も多い。最後はダイヤの悲鳴で突然終わっている。
もう1本は、真っ暗な画面で、和浩の聞き取りにくい喋りが延々と記録されているだけだ。
背後でずっと滝のような水音が聞こえていて、最後は和浩が誰かに呼びかけているような喚き声が遠ざかり、そのまま終わっている。ダンジョンの4階には川はあるが、滝などはない。どこで記録され、そして誰がアップロードしたのだろう?
行方不明になる前の和浩がアップロードしたとは、どうしても考えにくいのだが。
考え込んでいて、気が付くと、外は夕方になっていた。相木は急いでタブレットをしまい車を発進させた。夜の四角村の近くには絶対にいたくない……。
深夜の四角村は、野次馬やマスコミなども去り無音の暗闇に沈んでいた。四角ダンジョンの入り口付近にはパトカーが止まり警官が警戒しているが、彼らの気配はダンジョンの最深部、深淵まで届く事は無い。
鬼火がふらふらと飛ぶ河原の石に座って、男は携帯端末を眺めていた。
画面の光が、男の銀縁眼鏡と赤いジャケットを浮かび上がらせる。動画配信サイトで、今日も和浩の四角ダンジョンの動画が人気なのを確認して、男は笑みを浮かべた。最後の2本の動画は無編集でひどく見づらいが、なに、そのうちに誰かが見やすく加工して、そしてネットのどこかにアップロードするだろう。違法行為であっても、それは男の関知するところではない。
今回の事件もいずれは話題にはならなくなり、和浩名義の動画もサイトから削除されるかもしれない事を男は十分に理解していた。だが心配はいらない。すでに拡散は始まっている。人間たちは動画を見て、保存し、語り、別の人間が見続けて語る。
四角ダンジョンは、大勢の人間が無残に死んだ、呪われた心霊ダンジョンなのだと、人々は語る。
最高だな、と男は興奮した。以前は、人間の体験談や口コミでしかこのダンジョンの噂は広がらず、10人も殺したのにほとんど知られてはいなかった。
だが、ネットの動画は違う。拡散の勢いが凄まじい。ダンジョン自体にはさほどの怪奇現象も存在しないというのに。
そうだ、1階から3階までの、鬼火や亡霊の白い影の出現をもう少し派手にしていいかもしれない。ネット映えという奴だ。次に入って来る人間も動画配信者だといいな。いやきっとそうだ。男は楽しそうにくすくすと笑った。
いずれ、この深淵ももっと興味深い世界に出来るだろう。もっと残酷で恐ろしい場所に。
人間を集める為には何もいらない。ただ好奇心を刺激してやるだけでいい。
ダンジョンの入り口は当分の間封鎖されるだろうが、必ず人間達は入り込んでくる。自分だけは危険が無いと信じ、好奇心と虚栄心を満たすために。
男は携帯端末をジャケットのポケットにしまい込んで、立ち上がった。どうやって人間たちを迎えて4階に上手く誘導するか、方法を考えないと。まあ時間は幾らでもある。
最初の4人を殺しただけで、それ以後は疑心暗鬼で勝手に崩壊していった四角村と愚かな住民たちの事を思い出して、男は肩をすくめた。あれは実につまらなかった。2度とあんな不手際は起こしたくないものだ。
やはり狩り場として最高なのは、このダンジョンだ。
男はゆっくりと河原を歩き、やがて鬼火に照らされた赤いジャケット姿の背中は暗闇に溶けるように、深淵の奥に消えていった。
<了>




