01:発端
和浩は、タブレットで自分が先日アップロードしたダンジョン配信動画の再生数をチェックして、溜息をついた。
――奇妙な巨大キノコ群の紹介は地味だったか……映像的には面白いのに。
気落ちしつつ時計を確認した。そろそろ幸二との待ち合わせ時間だ。
昨夜、学生代からの友人の幸二から突然メッセージが届いて、「ちょっと相談したい事がある。明日晩飯を食わね? 奢るから」と誘われたのだ。バイトで食いつないでいる和浩にとっては一食浮くのは有難いし、何より久しぶりに友人と馬鹿話をして気分転換がしたかった。だから喜んでその誘いに乗り、指定のファミレスで約束の6時になるのを待っていた。
少し店内が混雑してきた頃、幸二が急ぎ足でファミレスに入ってきた。背が高く色白で、分厚い唇にいささかのっべりとした顔つきは変わっていない。
「お待たせ。悪い、駅の出口を間違えてさ」
「いや、大して待ってないよ」
幸二は向かいの席にどさりと腰をおろした。
「地下にあるでっかい駅って本当に迷路だよなあ。さーて、どんどん好きな物を注文してくれよ。今日の俺、成金様だからさ、ご遠慮なくー」
「じゃあまあ、ゴチになるとするか。しかし景気がいいな」
「へっへっ、ちょいと素敵な臨時収入があってね。まあその延長でお前に相談があってさ。あ、真面目な話だから酒は無しな」
「こんな健全な場所で飲む気になれねーよ」
気安い会話を楽しみながら、2人でステーキセットやパスタ、デザートまで平らげた後で幸二がコーヒーを飲みながら真面目な顔で言い出した。
「相談ってのはさ、俺のダンジョン探索を手伝って欲しいと思って。もちろん報酬は払う」
意外な申し出に、和浩は驚いた。
「は? だってお前、廃墟や心霊スポット専門のブロガーでダンジョンは興味無いんだろう? サイト宣伝の為の動画配信も嫌々だったじゃないか。何で急に」
幸二は、あらためて説明を始めた。
「それがさ、この間、ダンジョン配信者のサマジョンさんて人とのコラボ企画で初めてダンジョンに入ったんだよ。サマジョンさん、知ってるか?」
「まあ、一応知ってるよ。怪奇趣味な動画配信者で、ダンジョンのゴーストや首無しモンスターとかが大好きな人だろ」
「そうそう。サマジョンさん、実は神社の廃墟とかも好きでその縁で知り合ってさ。で、誘われて、心霊ダンジョン探索に同行する企画で記事を書いたんだよ」
和浩は軽く顔をしかめた。心霊と名の付く場所は、厄介なトラブルも多いのだ。
「心霊ダンジョン……また胡散臭い所に」
「そりゃお前から見たらそうだろうけど、面白いというか最高に興味深いとこでさ。そこそこ怪奇現象にも遭遇して、結構いい記事が書けたんだよ。サイトでサマジョンさんの動画と同時公開になったら、話題になる自信がある」
「へえ。まあ確かに、お前は人気ブロガーだし、心霊ダンジョンの配信動も結構人気あるけどな」
「おまけに深い階には行かなかったのに、俺が偶然見つけた鉱石がいい値段でマニアに買い取ってもらえてさあ」
幸二は自慢げに笑い、和浩はさすがに羨ましく感じた。
「どこのダンジョンに入ったんだ?」
「すまん、それは公開まで内緒だ。偉そうだけど一応な」
「そりゃまあそうか。で、つまり俺に手伝って欲しいってのは、もしかして心霊ダンジョン探索か?」
「そうなんだよ。どうしてもダンジョン内で怪奇現象が記録された心霊動画が欲しいんだ。でも俺はダンジョンの事は良く知らないし、動画撮影なんかもっと無理だ。でもお前は長くダンジョン配信をやってるし、映像のセンスもいいじゃないか。ダンジョンの地底湖で巨大魚を目撃するのなんか最高だったぞ」
「ああ、あれは確かに自信作だけどさ。うーん、そうだなあ。心霊ダンジョンか……どこに行くか目星はあるのか?」
「実は、四角ダンジョンを考えているんだ。どうだ?」
四角ダンジョン? 変わった名前だなと和浩はしばらく考えてから思い当たった。
「……確か、昔事故か何かで10人ぐらい死んでいる所だな。けど、幽霊話とかあるのか?」
「一応怪奇現象の報告はある。実は、四角村って今は廃村になってる村の中にあるダンジョンなんだよ」
「廃村に? それは初耳だな」
「だろう? さっき言った通り、報酬は相場で払うし動画配信の収益とかは全部お前のものにしていい。俺は心霊現象が映った動画や映像を好きに使って文章を書いて発表できればいいんだ。なあ頼むよ」
「ちょっと考えさせてくれ」
和浩は、冷めたコーヒーを飲みながら、日の暮れた窓の外を眺めた。
何十年も昔。世界の各地で突然ダンジョンが出現し、それからも出現し続けた。ダンジョンの内部に様々なモンスターが存在しているのが判明し、しばらくは大騒ぎになった。しかし不幸中の幸いで、どうやらモンスターはダンジョン外では生息が困難なようで、外部へ出ていこうとする様子は全く見せなかった。
やがて各国の研究機関や専門家による探索や研究が進み、現在ダンジョンは<各種装備が必要な少々厳しめの海外旅行>ぐらい馴染のある存在となっている。
この日本でも、色々な規模のダンジョンが数多くある。北海道の原野のど真ん中とか、とんでもない山奥とか辿り着くのが大変なダンジョンもあるが、都市部の近くにお手軽に訪問できるダンジョンもある。首都の行政部門が管理しているダンジョンパークという人気施設もあるほどだ。
そして、現在のネットにはダンジョンに関する動画や画像や読み物が、毎日のように投稿されている。
中でも【探検!深層!ダンジョン動画専門チャンネル】は老舗で一番利用者数も多い世界規模のダンジョン動画専門サイトだ。
特に人気なのはやはり巨大モンスターが登場する動画で、有名になった動画は何千万回もの再生数を誇り、配信者は再生数に応じた多額の収入を得られ(噂ではサイトからの特別ボーナスもあるという)、マスコミなどにも引っ張りだこの人気者となれる。当然、人気動画配信者を目指す人間は山ほど存在する。和浩もその一人だ。
しかし、和浩には、危険なダンジョンへの探索などはほぼ無理だった。準備や装備などにとにかく金がかかるし、探索のための申請なども手間がかかって大変なのだ。
それに和浩は複数の配信者とチームを組んでの探索はどうしても性格に合わなかったし、モンスターを攻撃したりする事にも強い忌避感がある。異世界の危険な存在でも、血や死体は極力見たくない。
という訳で、和浩のダンジョン配信は、ダンジョン内の奇妙な生物や珍しい地形などを紹介する「ダンジョン天然紀行動画」となっている。映像が美しい、癒される、見物気分を味わえる、とそこそこの人気はあるし固定視聴者もいる。が、やはり話題性のある派手な動画には負けている。このままでは先細りをしていくだけだ。今後の新しいダンジョンの出現にもあまり期待は出来ない。
そろそろダンジョン配信者としての方針転換が必要だな、と考えていたところに持ち込まれた心霊ダンジョン配信。
心霊ダンジョンか……確かに胡散臭いが、挑戦してみるのは面白いかもしれないと和浩は胸の内で考えた。新しい視聴者も十分に期待できる。
幸二は友人で気心が知れているし、ネットでは人気のあるブロガーだ。当然だが文章も上手いし、宣伝力も期待できる。組んでも大丈夫だろう。どうやら初めてのダンジョンでは勝手がわからず、動画などを自由に使えなかった不満があるようだから、ここで少しばかり恩を売っておくのも悪くない。
和浩自身は、幽霊などは全然信じてはいない。怪奇現象などは大体気のせいか、やらせだと思っている。
その分ダンジョンでは冷静に動けるし、怪しげな雰囲気の映像をそれらしく撮れる自信もあった。伊達に暗がりの多いダンジョンでの動画配信をやってはいない。
よし、と和浩は決心した。
「わかった。手伝ってやるよ。まずはその四角ダンジョンの事を調べてから日程を決めよう」




