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その女、善か悪か……




「ギルドに入って来られた方をいきなり殴って……!!」



イネルイオスを相手にしたくらいだ。 どこか一癖あるだろうとは思っていたが、その程度の考えでは甘いと言われるかのように、容易く飛び越えて来た。



「ッ、お前らはここにいろ!」



女性二人を部屋に置き去りにして、シャーザンは駆け出していた。

階段を飛び降り、短い廊下を走り抜けて、扉をぶち破るように開ける。

そこは受付のさらに奥にある扉。

バンッ!!! という音が響き渡り、受付の子が肩をビクつかせて振り返る。



「どっ、どうしたんですか……!?」


「……………なんだ?」



シャーザンの胸中には得体の知れない違和感が蠢いていた。

どうしたもこうしたも、ギルド内で争いが起きたというから急いで来たんだ。

だがシャーザンと同じように焦っている者はいない。 大なり小なり修羅場を経験している冒険者達だから平然としているのか。

いや、そうではない。

ギルド内が、いつも通り過ぎる。



「あの、そういえば……」


「?」


「さっき先輩が、マスターを呼んで来ると言って飛び出して行ったのですが、何かありましたか?」


「……………………い、や…………だいじょーぶ! 俺が寝ぼけてただけだったわ! 心配無用っ!」



強引に笑顔を引っ張り出して受付の子に笑いかけると、シャーザンは客席の方に歩いて行った。



(勘違い、じゃないだろ。 一体何が起こったんだ?)



必死に呼びに来てくれたギルド職員を疑いはしない。

見落としているものがないか。状況を探りながら客席を突っ切って入り口に向かった。

その時だ。



「探しもんかよ、マスター」



足を止めて、通り過ぎようとした席を見た。 男女の二人で円卓を囲っているのは二人ともが上級者ランクのパーティーだ。

シャーザンが反応したのにも関わらず、声を発した男はこちらに背中を向けていて振り返ろうとはしない。



「ごめんねぇマスター。こいつねぇ、さっき恥ずかしい事になったから機嫌悪くて…………ブハッ!」


「うっぜぇなあ……。揚げ足しかとらねぇなら黙ってろ」


「それじゃあ揚げ足以外に言うとぉ、マスターが探してるのって女の子?」


「お前達なにか知ってるのか!?」


「知ってるもなにもぉ……、」



ドンッ、と。

話を遮るかのように、背中を向けた男はビアマグを机に置いた。 あまりの衝撃に中の液体が数滴飛び散る。

女からはニヤニヤと気味の悪い顔を向けられていて、そのせいなのか男は舌打ちをした。



「殺気だ」


「……?」


「デケェ男が殺気を飛ばしやがったんだ。 何のつもりかは知らねぇが、魔法でもぶっ放そうとしたのかもな」


「なっ…!!」


「そんで、恐らくマスターがお探しであろう女が殴り飛ばして外に出た。 仲間らしき奴らも追って出て行きやがったし、今頃は場外乱闘でもしてんじゃねえの?」



そうは言うが、話の内容と目の前に広がっている光景とでは、まるで食い違っている。

事が起きたのはわずか三分ほど前だ。 男が言った事が本当ならば、卓上では酒の肴になっていても良いはず。 だが他の誰も面白おかしく外を気にしてる者がいない。



「一応言っとくけどぉ、気づいてる人はかなり少ないと思うよ。ほとんど一瞬の出来事だから、最初からその場面に目を向けてない限りは分からないかも」



チラチラの周りの様子をうかがうシャーザンに、女は言う。



「こいつが殺気に反応して席を立った時にはもう殴り飛ばしてたもんねぇ。先を越されたこいつときたら、もぉー最っ高にダサかった!」


「反応すら出来なかったテメェが言えた口かよ。そもそもまだ、やるかやらねぇかの瀬戸際なのにブン殴ったあの女がイカれてる」


「それこそ君が言うなでしょぉ。魔法ぶつけようとしたくせに」



身内で話をする二人。邪魔しないように、あるいは一刻も早くアインスの所につくように、シャーザンは駆け出した。

そしてギルドの外に出たら、アインスが交戦したであろう痕跡が色々あった。

話しながら指で差したり、つられように向ける好奇心満載な視線だったり、街ゆく人の反応でどこに行けば良いのかが分かる。



「あっちだな!」



シャーザンは確かめなければならない。

アインスの安否ではなく、このまま何事も無かったかのようにギルドでクエストを受けてもらい、寮に案内しても良いのかを。

もしも人を傷付ける事に何の抵抗もないのだとしたら、アインスカーラを危険な人物として認定してしまうだろう。

その時、

ドンッッッ、と大気が揺れた。



「今度は何だ!?」



肌に感じた振動。

そう遠くはない場所で何かが起こっている。何だとは言ったがシャーザンの頭には明確な光景が浮かんでいた。

アインスカーラが複数人を相手に戦っているんだ。

しかし、その考えはすぐに砕かれた。

一人、二人……。

柄の悪い恰好をした男が地面に倒れていた。出血はしているようだが、気を失っているだけだった。

近くには剣が転がっている。存在を誇示するかのように無駄に刀身が大きい。ここにいる人数より多くあるそれらの剣は全て、刃が折られていた。

こいつらは恐らく仲間だ。

シャーザンは無視して先を急ぐ。



「………、」



ここは賑わいがあったギルド周辺から少し離れた場所。 好んで来る場所ではないが、閑散としている訳ではない。

それなのに、普段に比べて圧倒的に人がいない。

シャーザンは、服の内側から小さな棒を取り出した。 先端が渦巻き状になっていて、小さな杖のようだった。

それはシャーザンが魔法に使う時に所持する魔具。握る手にグッと力が入った時だった。



「なんっなんだよ、クソがぁっ!!!」



建物を曲がった所から怒号が近づいて来る。

シャーザンが足を止めていると、すぐに男が飛び出して来た。

見覚えはある。

度々ギルド内で暴力沙汰を起こすため出入り禁止にしたヤツだ。喧嘩ではなく暴力。男が持つ剣から血が滴る事が頻繁にあった。



「………よお」


「ッ!! て、めェは、シャーザン……!」



シャーザンを見つけると、男は正気とは思えない狂った目をした。 憎しみを露わにして、頬が引き裂かれんばかりに笑っている。

その後ろにアインスもいたが、彼女は傍観に徹したらしい。



「邪魔しに来て追い出されたみたいだな。鼻血出てるぞ」


「オレに、クエストを寄越さないギルドなんてもういらねェんだよ……。中にいる奴らも全員ッ、オレの手で殺してやるぜ!!」


「逆恨みも甚だしい。元はと言えばお前が、」


「黙れ!」



男の顔が狂気に歪む。

対してシャーザンは冷静だった。



(アインスが殴って鼻血程度。それ以外に傷は無さそうだな。 コイツがかなり力を付けたのか…………もしくは、アインスが思ったより、なのか)



男のランクは初級だったはず。もう少しで中級に上がろうかいう所だった。

冒険者ランクは数をこなせば上がる仕組み。必ずしも強さが比例している訳ではない。



「殺す殺す殺す殺す殺してやる! 死にやがれェエエエエエエエエ!!」



露出している男の筋肉がわずかに膨れた。 単純な魔力運用の効果である身体能力の向上。

力任せに地面を踏み込んで、シャーザンへ迫る。



「バカが」



捕縛ではなく撃退するつもりで、シャーザンは詠唱を口ずさむ。

突然だった。


とてつもない動きで迫っていた男が真横に吹き飛んだ。



「訳があっての事だろうから話でも聞こうと思ったけど、必要無かったか」



言いながら、アインスはシャーザンの前に降り立つ。



(蹴った…?)



目の前で起きた情報が遅れて入って来た。

視線をずらして男を見る。 一〇メートルは飛ばされたらしい。うつ伏せで、手足が歪な形を保ったまま男はピクリとも動かなかった。

さっきは殴り飛ばしたと聞いた。今は蹴り。

アインスは素手で戦うのかと聞きたい所だったが、シャーザンには優先すべき事があった。



「殺したのか?」



率直に問う。

彼女は平然な様子で首を捻ると、自然な歩みで倒れている男の元へ向かい、そっと首筋に指を当てる。



「いや、生きてる」


「ッ…!!」



ぞわッッッ、とシャーザンは全身の血の気が引いた。

事後報告が如く呟いたアインスは、男の生死など心底気にしていないように思えたからだ。

人間の死に対しての喜怒哀楽がまるで存在してしない。



「それにしても、待っててくれって言われてたのに黙って出て悪かったな」


「あ、あぁ……。コイツがギルドの中で暴れようとしてたんだろ?」



アインスは頷く。



「なんだか凄い怒っててな。 話を聞こうにも怒鳴ってばかりで何言ってるか分からないし、シャーザンの名前が出て来てたから、シャーザンに任せようと思ったんだ」


「……その割には容赦のない一撃だったな」


「話をするだけ無駄って分かったらこんなものだよ。言葉が通じないヤツはどこにでもいる」



さらりと言うが、言葉には重みがあった。

冒険者の記録を見たシャーザンだからある程度は予想が付いた。

小さな頃から旅に出たアインスは、文字通り色々な人を見て来たのかも知れないと。



「でもあれだな………ふふっ。私も最初絡まれたし、今みたいな変なのも暴れ出すくらいなんだから、やっぱりギルドの名前は変えた方が良いのかも」


「変、えねえって、言ってんだろ! 俺のギルドは何があっても【エレガント】だ!」



クスクスと笑うアインスに、条件反射みたくシャーザンは叫んでしまった。 息切れのように肩が上下する。 それは次第に大きくなり、自覚した。

自分は楽しんでいるのだ。

この何をしでかすか分からない女と話していると。

ギルドマスターとして失格かも知れないが、新しい風を吹かしてくれる事に賭けてみようと、シャーザンは右手を出す。



「言い忘れてたな。ギルドを守ってくれてありがとよ」


「ああ。これから世話になる所だからな」



そう言ってアインスも右手を出すが、止まった。

微量だが手の甲に血が付いていた。 男の顔から鼻血が出てたから恐らくその時だろう。



「あ、と……、汚しちゃうから左手で」



引き下がっていくアインスの右手。 一歩踏み込んだシャーザンはガシッと右手を掴んだ。



「とりあえず、これからもよろしくとだけ言っとくわ」


「ん。……よろしく」



それからシャーザンは倒れた男を肩に担ぐと、アインスにはここで待つように伝えた。

当初の目的はアインスを寮に案内するためだ。 直に受付嬢のカリナが来るだろうからのんびりしてろと言われ、アインスは道の隅っこに腰を下ろした。




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