ギルドマスターとの会話にて 1
ギルド【サイレンス】のとある一室。
ソファに対面で座るのはアインスカーラと、ギルドマスターであるシャーザン。その側に立つ受付の女性カリナ。
「………ちょっと待てよ? いま頭の整理してるからな」
アインスからイネルイオスの話を聞いたシャーザンは、蓄えた顎ひげを触りながら、眉間に皺を寄せて目を瞑っている。
「ゆっくりで良い。………黙ってからもう五分経ってるけど」
「みなまで言うな!」
ギルドマスターとして考える事が色々あるのだろう。 なんせこの数年、情報が途絶えていた魔物の件なのだから。
しかし、あからさまに悩んでます……と言いたげな恰好で五分も黙りこくられては、アインスとしても居心地が悪く、それはカリナも同じだったみたいで、ぎこちない笑みを浮かべる彼女に、アインスは微笑み返した。
「よーしよしよし、待たせて悪かったな!」
それからさらに五分。
シャーザンは手を叩いた。
「とりあえず……………えー、名前なんだっけ?」
「アインスカーラさんですっ、マスター! お連れした際にお伝えしたではありませんか…!」
「あは、は………、考え事してたら、ねえ?」
「ねえ?じゃないですよ。失礼がないようお願いします!」
「カリナ」
ピクっと肩が跳ね上がった受付の女性カリナは、対面に座るアインスを見た。
「アインスカーラじゃあ長いだろうし、アインスって呼んでくれ」
「っ、はい!」
「……………、」
今日はやけにカリナの当たりが厳しいと感じていたシャーザンは、自身とアインスの対応の違いに不満を溢しつつ、改めてアインスに向き直る。
「あー、で、………アインス。とりあえず聞きたいんだが」
「何だ」
「お前の話は、本当か?」
ボサついた前髪から覗く眼光。
睨んでいる訳ではない。アインスの一挙一動から真偽を見出そうとしている。
「本当だ」
「それを立証するための証拠は?」
「………あ、無い」
「………無い、か」
「ん」
「そっかぁ………」
再び生まれる沈黙。
シャーザンはポリポリと頭を掻いて、
「わざわざこうして言いに来てくれたくらいだ。意味もない嘘を付くようには思えないんだが………、おいそれと鵜呑みにする訳にはいかん」
「だろうな。まぁ、ギルドに共有しようと思っただけだから、頭の片隅にでも入れといてくれ」
用は済んだと席を立つ。
「あーっ、おい、待て待て!」
慌ててシャーザンは手を伸ばした。
「ん?」
「あれだあれ。ギルドカード見せてみ」
アインスは首を傾げながらギルドカードを取り出すと、半ば奪い取るようにシャーザンの手に渡った。
「証拠なんて仰々しいもん無くて良いんだよ。それっぽい要素があれば充分ってな」
部屋の角に置いてある装置。
四角の木枠にはめ込まれた水晶にギルドカードをかざすと、水晶には文字が浮かび上がった。
冒険者の記録。
アインスカーラが辿った道が記されていた。
「……へぇ。ギルドを転々としているところを見ると、アインスは旅人か」
「ああ」
「それもまだ初級ランクの身で旅に出るとは………、命知らずなのかお馬鹿さんか。はたまた、そうせざるを得ない理由があったか」
「昔の事だし理由は忘れちゃったな。 大した意味は無かったと思う」
「なるほど。命知らずなお馬鹿さんの方だな。……………ッ!!」
途端にシャーザンは目を細めた。
水晶を指でなぞっていると、そこにあった。
ーーイネルイオス討伐クエスト、失敗。
クエスト期間は二年。日にちを照らし合わせると、アインスがした説明と誤差はない。
「………なあ、アインス」
「?」
「お前、再挑戦しようと思わないのか?」
「ッ、マスター!!」
カリナは声を荒げた。 ギルドの者からクエストを提示する事は禁止とされている。
冒険者の死は自己責任なため、その一端でも加担するような真似をしてはいけないのだ。
だがシャーザンは聞く耳を持たず、アインスを見ている。
「ヤツの討伐に向かったうちの冒険者は帰って来ていない。城の部隊も連絡が途絶えたらしい。他の所も同じと聞いた。 しかしお前は生きて帰り、それもピンピンしている」
「…………、」
「昔はともかく現状は、イネルイオスが国や街を攻撃したという報告は無い。だが時間の問題だと思う。ヤツがその気になれば数えきれない人達が命を奪われるだろう」
シャーザンはアインスの目から一度たりとも外す事はしない。 逆にアインスも見つめ返している。
その傍でカリナは胸元を手で押さえ、声を発せずにいた。 一介の受付嬢に口を挟める内容ではない事もそうだが、こんなに圧力を放つシャーザンを見たことがなかったからだ。
その勢いが、いかに深刻なものだと裏付けている。
「……………俺が腕のある冒険者を集めてやる。相手がイネルイオスなら城からも助力があるかもしれん。 もう一度、ヤツを討ちにいけ。アインス」
とうとうギルドマスターは断言した。
しかし。
「悪いな、シャーザン」
アインスは即答する。
「どうしてもイネルイオスを倒したかったら、私はあの場所で死ぬまで戦ってる」
「………、味方を五〇人ほど集めてもか?」
「たとえ一〇〇人いても私は三人の仲間にしか命を預けられない。その三人と合流しないという選択をしたのが全ての答えだ」




