セイスの街。ギルド【エレガント】
「ここが、ギルド【エレガント】か」
アインスは冒険者ギルドの前にいた。
【セイス】の街に辿り着いた彼女は、まずは温泉で体を清め、身なりを整えてから真っすぐここに来た。
武装した人の出入りが多いためか、扉はかなり大きく作られている。 しかしなかなか年季が入っているせいで隙間からは内部の騒音が漏れ出ていた。
「………名前負けしたギルドだ」
彼女は呟く。その口元は弧を描き、扉を開けた。
想像していた通り、中の様子は街の酒場と変わりない。 円卓を囲う者達が飲み物を片手に騒いでいる。 赤く染まった表情を見ると、やはり酒を飲んでいるのだろう。
不規則に置いてある円卓だが、一応は人が通れるだけの空間があり、少し離れた奥の方には"受付"の板がぶら下がっていた。
「ん?おお、オイオイオイ! 姉ちゃんよお! ここを通りたかったら酒を飲まなきゃいけねぇって知らねえのか!?」
身を捩りながら歩いている所に、男の足が前を塞いだ。
机には四人。武器が置かれ、防具を身に付けているとなると間違いなく冒険者だ。
「悪いな。今はちょっと用があるんだ」
回り込むという選択は彼女には無い。男の足は跨いで強引に進んだ。
すると、
「へへへ」
服の裾を引っ張られていた。顔の前には剣先が向けられている。
「なぁ姉ちゃんよ、この酔っ払いは相手しないと逃してくれないみたいだし、酒の一杯くらい飲んだらどうだぁ?」
同じ円卓を囲う男が言いながら、机の真ん中に置かれた大きな樽に手を伸ばし、中に入っている酒を容器になみなみ注いだ。
「ほら! 良いとこ見せてやってよ!」
男は押し付けるように突き出すと、アインスは密かにため息を吐いて受け取った。
「大きなビアマグだな。それも………素材はカッタウッドか」
「おっ、…………おおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
一瞬だけ沈黙が訪れたかと思いきや、顔を見合わせた男達は興奮のままに叫んだ。
「良くわかったなぁ! 簡単には壊れないようにって、ここのギルドマスターがこだわったみたいだぜ! 金かけてるよな!」
「魔物狩る時の棍棒に使う素材だからぜーんぜん凹まねぇのよ! いっその事わざとぶっ壊しちまうかってか!?」
ギャハハハハ!!! と男衆が奏でる雑音。
このまま無視して行けそうな感じもするが、これ以上服を汚されては困る。 ただでさえ清潔とは言えない男に裾を握られているのだ。
刺激しないようにと、アインスは口を付けて傾けた。
「おーいっ! 姉ちゃんが頑張ってんぞぉ!」
「もちろん一気だよなあ!? 途中でやめやがったら興醒めだぞ!」
口の端から流れるのも気にせず、アインスは酒を飲み切った。
「っ……ふぅ、ごちそうさま」
「あん? 何言ってんだ、まだビアマグ持ってんじゃねーか。つーことは?」
「おかわりが欲しいって事に決まってんじゃんなあっ!」
再び男達は騒ぎ出す。
ビアマグを渡せと手を伸ばして来たが、
「ちょっと待て、後にしろ。 早めに事を済ませたいんだ」
アインスはビアマグを渡さないことで抵抗の意思を示した。だがそれは男達の反感を買ったようで、どこからか舌が鳴る。
据わった目が彼女を射抜いた。
「なぁ姉ちゃん。まだビアマグ持ってるからって俺達が気ぃ使ってやってんのに断んのかい?」
「おとなしく言う事聞いた方が姉ちゃんのためだと思うけどなあ…?オイ」
円卓を囲う男四人。正気とは思えない目。 カチャ、と武器が音を立てた。
「マグ持ってるから、か………」
アインスは円卓に近づいて手を伸ばす。
酔っ払い男にマグを渡すためではない。 真ん中に置かれた樽の上蓋を外し、その上に鷲掴みにしたビアマグを持っていく。
バキッッッ!!!! と、彼女は握り壊した。
マグの形は見る影もなく、木の破片と化した屑が酒の入った樽の中に落ちていった。
「あーあ、マグが無くなっちゃったな。 それに酒だってもう飲めない。………私はな」
これを飲むなら手伝うぞとばかりに、彼女は視線を向けた。
面白い事に男達の表情は赤から青へ変わっている。
黙りこくった男は、机に散らばった木の破片を恐る恐る取った。
「か、加工したカッタウッドが、片手で………」
「は、ははは……、す、すげーな、姉ちゃん」
男達も冒険者の端くれ。 余裕を見せるように笑いとばす。しかしぎこちない声。引き攣る頬に青ざめた表情。
酔いが覚めたであろう男達にアインスは、してやったりと言わんばかりに腰に手を当てて胸を張った。
「そもそも私は酒が得意じゃないんだ。 他の飲み物でまた誘ってくれ」
「あ、あぁ……」
「その時は酒を無駄にした礼を兼ねて奢るよ」
「かっ、勘弁してくれぇ! これ以上見せつけられたら男としての面子が丸潰れだ!!」
「ふふっ、そんなもの最初から無かっただろ」
笑いかけてそう告げる。早くどこかへ行ってくれと男達の手振りは激しさを増した。
『飲み過ぎには注意だな』と呆けている男の肩に手を置き、アインスは酔っ払い集団席を通り過ぎる。
そんな出来事はありきたりなもので、誰も気にしてる様子はなく周りの喧騒にのまれた……と、思われたが。
受付に立っていた女性は違うらしい。不安な面持ちだ。こちらに来ようかどうしようかという、気持ちだけが先走っているみたいな。
そんな彼女に向けてアインスが手をひらひらと動かすと、ハッと目を見開き、慌ててやって来た。
「も、申し訳ありません! お困りだとは分かっていたのですが…!」
受付は客席から少し離れた所にあり、その間はわずかに広い。そこで受付の女性は頭を下げた。
「いいよ、謝らなくて。 似た雰囲気のギルドにいた時があったから察しはついてる」
え……? と言う女性にアインスは小さく笑い、
「いざこざが起こる度に受付の人が仲介に入ってたらキリが無いからな。 余程の事じゃないかぎり無視したらいい。むしろ、気にかけてくれただけでも嬉しいよ」
「ぁ、いえ………そんな」
「ああ。そんなことはおいといて、一つ頼みがあるんだ」
「頼み、ですか? ええ、私でよければ伺いますよ」
眼鏡レンズの奥に見えるおっとりとした優しい瞳。
よくもまぁ、こんな治安の悪いギルドに純真そうな子がいるな、とアインスは思いながら、
「ギルドマスターに会わせてくれ。イネルイオスの事で話がある」
そう告げた。




