7
裁判の3年前(続き)
イニエスト王国には不思議な――よくよく考えてみれば不合理でさえある掟がある。ときの王の妃は、必ず4大公爵家の直系から選ばなければならないという規則である。最も貴く最も重要とされる憲法にそれを定めた条文があるほどだ。
公爵家は広義の意味で王族に含まれる家門であり、政治的なバランスを考えれば、公爵家ばかりから王妃を選出するのはよろしくないはずだ。しかし不思議なことに誰もそれに文句を唱えることもなく、王国は建国から来年で320年を迎える。血の濃さを保つためかと思えばそういうわけでもなく、むしろ薄めようとしている節さえある――4大公爵家の当主には、可能な限り一族の外から妻を迎えるようにと推奨されているのだ。
私の母親も、オランドール公爵家の陪臣である子爵家から迎え入れられた。身分を整えるためにわざわざ伯爵家の養子になってから輿入れしているが、そうまでしても彼女を娶る必要があったのだろう。母は美しい人ではあったが、父と恋愛感情を育んでいたかと聞かれれば首を傾げざるをえないし、子爵家との結婚は政略的にも意味がない。血の濃さを管理するための結婚であったと判断すべきだ。
王家と4大公爵家は婚姻を通して互いに親戚であるものの、しかし家系図をよく見れば、さほど濃い血縁関係ではないことがわかる。そうなるように、王家も公爵家も調整しているのだろう。私の父親は現王から見れば従兄にあたるため、ゼニス王子は私にとってはとこになる。比較的近しい間柄だが、他家の血が適度に混じりあっているせいか、ゼニス王子と私を並べても似ているのは髪の色くらいなものだ。
濃すぎる血が何を生むのか、平民でも多少教養があれば知っている程度の常識である。ゆえに王侯貴族が婚姻管理をするのは当然といえるものの、しかしならば何故王妃は4大公爵家、それも直系から選出されねばならないのか、私は知らない。家庭教師らも同様だ。一度だけ父親に聞いてみたことがあるけれど、「時期になればわかる」とだけ返された。必要以上に首を突っ込むなと牽制された気がしたのは、決して気のせいではないだろう。
今、王太子に指名されているゼニス王子には、3人の婚約者がいる。ランドスピア家の私の他に、ハウゼリック家のカトリーナ、ヴァルデモルト家のネレイア。もう1つの公爵家カルミレインにはアルディナという娘がいるが、彼女はゼニスよりも10歳年上ですでに結婚している。本来であればその下にいた妹が立てられる予定だったが、重い持病のために辞退したと聞いている。この3人の中から現在19歳のゼニスの正妃、すなわち将来の王妃が選ばれ、残る2名は側妃となる。決定されるのは3年後――私が18歳になる歳だ。
余談だが、この3年の間にゼニスが次期王でなくなった場合――たとえば薨去したり、何らかの理由で廃嫡されたり――、スライド式にゼニスの弟が私たちの婚約者になる。つまるところ私たちが婚約しているのはゼニスという個人というよりも、王太子という存在であり、そのため彼と個人的に友好関係を深めることは禁止されている。過去に王太子と仲を深めた令嬢がいたのだが、彼が廃嫡されたことに嘆き、次に選出された弟王子を嫌って自害してしまったという事件があったためだ。なんと愚かなと思うものの、恋とはそのように人を盲目にするものらしい。
私もゼニス殿下とはほとんど関わりを持っておらず、定期的に開催される婚約者3名とのお茶会くらいでしか話したことはない。結婚してからでも充分仲を深めることはできますよ、とは慰めを含んだ侍女の言葉だ。結婚するまで顔を知らないこともある婚姻も珍しくないと考えれば、私の立場は恵まれていると思うのだが、恋愛結婚をした侍女からみればそうでもないのだろう。