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裁判の3年前(続き)
ラヴィーナと義理の姉妹となってから10年ほどが経った。しかし私たちの不仲は、社交界でも有名だ。友人たちの中傷は、きっとそれを踏まえたものに違いなかった。
私はオランドールの至宝と呼ばれた母に似た美貌の持ち主で、当世の令嬢のお手本とまで呼ばれるほどの逸材である。たまたま授かった見目の良さはともかく、内面や身のこなしに関してはそう呼ばれるにふさわしいだけの努力を積んできたと自負しているから、謙遜をするつもりはない。
一方のラヴィーナといえば、黒髪に菫色の瞳。見目は良い――だいたいの貴族は美しい者を配偶者に選びがちだから、それは特段珍しいことでもない――のだが、内面が壊滅的だ。頭脳は優れているし朗々とした話しぶりも見事なもの。剣術や魔術の才もそこらの男を凌いで余りあるほどなのだけれど――少なくともそれは貴族の令嬢に求められる資質ではなかった。特に魔術はだめだ。いくら魔力があったとしても、魔術は男性の領域であり、貴族女性が学ぶことは”平民のようではしたない”とされている。貴族女性は男性に庇護され、使用人に世話をされるものであって、自ら力を振るうのは平民と変わらない――そういう価値観がこの国にはあるのだ。
しかしラヴィーナは13歳頃からドレスや刺繍を拒否し、お茶会を避け、騎士の訓練場へ入りびたり、父や兄と同じシャツにトラウザーズという服装を選択するようになった。父は彼女の”悪癖”に手を焼き、なんとか”更生”させようとしたが、それを強いるくらいならば出家するとまでラヴィーナが言い切ったため、ついには諦めてしまった。幸いといっていいのかなんなのか、彼女の才能が人並み優れたものだったため、王家に――特に、ゼニス王子に気に入られた。ラヴィーナは、今ではすっかり王子の側近か警護のように振舞う有様だ。
外からこの状況を見れば、姉妹の中が悪くなって当然と思われるだろう。親のない子を引き取って養育してやっているのに、なんという恩知らずと罵る者もいた。貴族の家門に生まれた娘の最も重要な役割は婚姻を通じて一族を栄えさせることであり、男勝りな振る舞いをするラヴィーナには、未だに婚約者の候補さえ現れない。彼女は自分の役割を理解していないと謗られても致し方ないのだ。
(くだらないわ)
とはいえ、ラヴィーナがいくら奔放に振舞おうと、庇護者であるランドスピアの家名を致命的に貶めているわけではない。常識のなさが誹謗の根拠になるのだとしても、ランドスピアに属する人間を攻撃する理由にはとてもとても足りはしない。ランドスピアには、オランドール公爵家には、周りを黙らせるほどの歴史と積み重ねがある。はりぼての虎などでは、決してない。先ほどの友人たちがそのあたりの匙加減を理解をしない限り、私としても今後の付き合いを考える必要があった。
それに――ゼニス王子がいくらラヴィーナを気に入っていたとしても、彼らにはその先がない。私はそれを理解しているから、2人の逢瀬を咎めていないのだ。
今は候補とはいえ、私がゼニス王子の正妃におさまることはほぼ確実だ。万が一正妃に選ばれなかったとしても、約定に基づき側妃になる。つまり立場はともかくゼニスの妻になることは確定された未来であり、傍流でしかないラヴィーナがそこに割り込む余地はどこにもなかった。もしもゼニスがラヴィーナを愛人として召し上げようにも、直系の娘を妻にしている状況でそんなことをすれば、ランドスピア家が黙ってはいないだろう。ゼニスに自分の後ろ盾を切って捨てる覚悟があるならば話は別だが、彼はそこまで愚かな男でもないと私は考えている。
そう、だからくだらない話でしかないのだ。2人がいくら相愛で、いくら互いを望んでいたとしても、最終的に彼の隣に立つのはエリシア・ランドスピアなのだから。たとえ彼の愛が自分に向かっていないのだとしても、王侯貴族とはそんなものだ。大勢の幸いのためにわずかな犠牲に目をつぶることができなければ、それは支配者の器ではない。それだけのことだ。