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灰は眠らない  作者: 諒
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 エドはクロセリア市庁で事務業務を監督する立場にある。クロセリア市職員は身分を問わない採用試験を行っているけれど、エドが識字率の低い寒村出身であることを考えれば、異例の出世を果たしたといってもいい。もちろん貴族が出てくれば、平身低頭すべてに従わねばならぬ立場であることには変わりないけれど、村に戻れば英雄的な扱いをされる身だ。その自分がなぜこんな仕事をしなければならないのか――などと内心で呪いながら、エドは朝から市庁舎に集まったならず者たちの審査を行っていた。


 事の発端は、市長の「調査隊結成」の一言にある。”例の件”の調査のため、外部から戦力を募ることになったのだ。面倒だと思わなくもないが、うっかりそんなことを口にしてしまば、自分が現場に送り込まれるかもしれない。平時は穏やかな市長も、最近はぴりぴりと張り詰めた空気を隠そうともしておらず、上司の気に障ってしまえば、自分のような平民などどうなるかわかったものではなかった。

 受付で魔術の素養の有無を確認し、素養があると申請した者は、エド自ら直接審査することになっている。彼に課せられているのは、この有象無象の輩の中から、”攻撃系の魔術の使える魔術師”を見つけ出すことだ。


 平民が市民の大多数を占めるクロセリアには魔術師が多くない。そもそも魔術を使うには、魔力を生まれ持つことに加え、術を発現させるための呪文や”陣”を覚える能力が必要であり、つまるところ文字が読めなければ、いくら魔力を持っていても魔術師にはなれない。さらに、二次性徴の始まる前に体内を巡る魔力回路を開く処置を行わなければ、その後魔術師になることは一生かなわない。そのためそもそも識字率の低い平民には魔術師が少ない――そのうえ魔力回路を開くのも、大きな街の教会に献金しなければやってもらえない。エドは幸運にも後見になってくれる親戚がいたため、魔術回路を開き教育を受けることができたけれど、そうでなければ今も生まれた村から出ることもなく畑を耕していただろう。そういった事情ゆえに、貴族か裕福な平民にばかり魔術師の出身は偏っている。世知辛いものだ。

 エドは数少ない平民術師であり、同胞たちの審査をするにはうってつけと判断されたらしい。だが、生活を多少豊かにする程度の魔術しか使えないエドが――それでも希少な存在であることに変わりはないので謙遜する必要もないが――、果たして攻撃系の魔術師を見極められるかどうかは疑問だ。


「使える魔術は?」

「水魔術ができるぜ」


 お伽話に出てくるドワーフのような外見の男は得意げに言って、手のひらからじょうろのように控えめな量の水を出してみせた。こんな見た目でも魔術を学べる程度には学があり、子供の時分に教会で施術を受ける程度には裕福な育ちなのかと思えば、何とも言えない気持ちになってしまうエドである。


「はあ、わかりました。ではあちらの扉から中庭に移動してください」

「おい、剣の腕は見なくていいのか?」

「それは次の審査で行いますので」


 ドワーフ男の口臭に顔をしかめながら笑顔で答えると、男は不満げに鼻を鳴らして部屋を出ていく。

 エドは嘆息し、男の名前の横にメモを書き込んだ。助手が濡れた床をモップで拭くのを横目で眺める。朝からこの繰り返しだ。エドの懸念とは違い、集まった志願者のうち、魔術が使える者はさほど多くなかった――それはそうだろう。ある程度の力量を持つ魔術師であれば、領主や金持ち商人のお抱えにでもなるのが普通だし、さもなければギルドに登録して真っ当に金を稼いでいるだろう。そもそも流れの傭兵もどきなどやる必要はないわけだ。そして魔術を使えると申告した者だって、今の男と同程度かそれ以下の、エドと大差ない力量の術者がほとんどである。エドよりも力量が上の術者は、これまでに2人だけ。そういった意味では、確かにエドはこの役割に適任であったのかもしれない。

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