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その土地の酒を飲めば人の気質や地域の経済状況までわかる――とは、サエルの言である。そう言って酒を飲みたいだけだろうとアシュは思うのだが、まれに的を射るようなことも言うので侮れない。酒ばかり飲まないできちんと食事をとればいいのに。8年一緒に過ごしていて、彼が酒以外を口にしている場面をほとんど見たことがない。いくら彼が”悪魔”だからとはいえ、食は大事だと思うのだが。
大衆食堂の食事のほうがよほど街の経済状況がわかると、アシュは思うのだけれど、師であり保護者であるサエルに物申せるほどアシュも強くはない。黙って彼の言葉に耳を傾ける。
「街そのものは悪くねえな」
一応確認のためにとワインも飲んで宿に戻ったサエルの言い分を信用するのであれば、クロセリアの街は、やはり西部で聞いた噂と違ってそう悪い状況でもないようだ。
「酒に悪い原料は使ってねえし熟成もきちんとされてる。混ぜ物もされてねえ。エールもワインも真っ当で悪くない。ただ、交易が滞っているのは間違いないだろう。南部以外の酒を置いていなかった。おまえの飯にも、クロセリアで採れる食材以外使ってなかったしな……今はまだ取り繕えても、長期的に見ればクロセリアの弱体化は避けられねえ段階ってとこか」
見ていないようで連れの食事まできっちり見ているサエルの抜け目のなさが、ちょっぴり腹立たしいアシュである。
「……お酒、悪くなかったの? あれだけまずいって言ってたくせに」
「俺の好みは喉が焼けるような北部の蒸留酒だ」
「そうでした……となると、南部では喫緊の状況ってわけでもないのに調査隊を組んでるのか」
「逆だ、今はまだ余裕があるから調査隊を組めるんだろうよ」
靴を脱いでベッドに横たわったサエルは、真新しいシャツとトラウザーズをまとっている。断腸の思いで服を新調したアシュを後目に、魔術でさっさと新品をこしらえてしまった男を、アシュは椅子に腰かけてじろりと睨んだ。睨みつけたところで、人の少ないタイミングを見計らって風呂に入ったあとなので、どうにも気持ちがしまらない。久々の温かい湯のおかげですっかり心身ほぐれてしまっている。今すぐ布団に飛び込んで眠りたいくらいだ。
「前にもそういうこと言って、盗賊が出たじゃないか」
「盗賊なんてのはモノがあるところに集まる生き物だろ。村自体は潤ってたんだ、間違いじゃねえよ」
3か月前に訪れた西部のとある村での出来事である。この村は安定していると酒を吟味したサエルが言うので、アシュも油断していたところ、深夜に盗賊が村を襲撃した。宿に火をつけられたせいでアシュは私物の大半を持ち出せず、そのときの痛手が今の貧相な経済状態に繋がっている。それまではそれなりに真っ当な生活ができていたのに。
「今回の件、危険度はある程度、だな」
「なんで?」
「この街にゃ自前の兵がいる。にもかかわらず、ギルドを通しもせずに流れ者を雇うって裏を考えてみろ」言って、サエルは寝転がったまま行儀悪く足を組み替えて、「自前の兵をぶつけたくない程度には危険ってことさ。んで死人が出りゃギルドに賠償しなきゃならねえから、使い捨ての傭兵を募集してるわけよ。ここのボンクラ市長もその程度には情報を掴んでるってことさ。そのうえ魔術師は厚遇なんて噂まで流れてる。それでも行くか?」
にや、といやらしく笑うサエルに、アシュは思い切り舌を出した。
「明日の飯のほうが大事だ。とことん付き合えよ、大酒飲み」
「くっくっ、そんなことしなくてもおまえが俺に対価を払う決意をしてくれりゃ、お互いに苦労ないんだが。こっちに来いよ、添い寝してやるぜ?」
「うるさい。寝る!」
布団に頭までもぐりこんでサエルに背中を向ける。無精ひげの男は「おやすみ」と存外優しい声で言って、ランプの灯を落とした。