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灰は眠らない  作者: 諒
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ようやく主人公登場

「部屋、空いてるかな」


 城郭都市クロセリアには、日々多くの商人が集まってくる。王国の各地からやってくる者もいれば、隣国やそのまた向こうの国、海を隔てた土地からやってくる者もいる。そういった客を相手にした宿のひとつ――中心地に近い一等地の宿屋2人組の客が飛び込んできた。いかにも旅人然とした風体の2人を、店主は愛想笑いを浮かべながら値踏みする。

 錆色の髪を後ろで束ねたやや小柄な青年と、短い黒髪を後ろに流したやせぎすの中年男という、よくわからない組み合わせだ。顔を見ても似ていないので、親兄弟という感じでもない。両者ともに腰に剣を携えているということは、先日出された傭兵募集の”おふれ”を見てやってきた連中なのだろう。気性が荒そうならば追い出すしかないのだが、さて彼らはどうか。着ているものは旅の埃にまみれているが、作りは悪くなく、確か数年前に王都で流行した型だ。靴はずいぶんと擦り切れており、2人がかなりの距離を旅していることが知れた。

 まあ、金持ちではなさそうだが、ここ最近押し掛けるようになった連中の中では、比較的大人しそうではある。黒髪の中年男のほうは額に大きな刀傷があり、無精ひげと相まって野盗のようだが、その程度の見た目ならばまだ荒くれ者の中では可愛いほうだろう。


「前払いでひとり1泊銀貨3枚、朝飯つきだよ」


 ややふっかけた宿泊費を告げると、青年が「風呂はあるのかな」と訊ねてきた。なるほどただの田舎者だ、と主人は少々緊張を解いて人当たりのいい笑みを浮かべる。


「お客さん、よほど遠いところからいらしたんだね。クロセリアは温泉の街だ。風呂がついてない宿なんて、出稼ぎ連中のドヤくらいなものさ」

「そっか。じゃあとりあえず2泊頼むよ。場合によっては連泊をお願いするかもしれない」

「そのときは早めに言ってくださいよ。ここんところ、なかなかどこも混みあってるもんだから」


 青年はあっさり頷いて、金貨をカウンターに出した。


「ちょいと失礼するよ」


 主人が秤を出して金貨を載せると、青年は切れ長の目を丸くした。


「贋金でも流行ってるの?」

「まさか。だが、旅の方ってのは色んなところから色んなものを持ち込むからね。用心のためさ。気を悪くしたかね?」

「いや。用心深いことはいいことだよ。ねえ、サエル」


 サエルと呼ばれた中年男はむっつりとしたまま返事もせず、主人の手つきを疑るように睨んでいる。この男の真っ黒な目に見据えられるのはどうにも落ち着かない。主人は早々に彼を視界から外した。釣りの銀貨を数え、アシュに手渡す。アシュは銀貨を受け取った右手にだけ、薄い革の手袋をはめていた。手袋には剣士特有の特徴的な擦り切れがあり、彼の腰に下げられた剣が、決して飾りでないことを示している。


「部屋に鍵はかかるが貴重品は自分で管理しとくれよ。どうにも最近、落ち着かなくてね」

「クロセリアは治安がいいと聞いていたけど」


 相変わらず応答するのは錆色の髪の青年だけだ。よくよく見れば猫のような目が可愛い顔立ちをしている、かもしれない。旅の疲れか皮膚にも髪にも潤いがなく年齢不詳だが、顔立ちや声から察するにまだ20代後半かそこらだろうか。つるりとした輪郭はたるんでおらず、もしかしたらそれより若いのかもしれなかった。


「治安は悪くないんだがねぇ。最近、ほら、瘴気がどうのと悪い噂が回ってるだろう? 市長様が調査隊だのなんだを作るとかで傭兵を募ってるせいで、ガラの悪いのも出入りするようになってね。多少は喧嘩だのなんだのと、騒がしくなってるのさ」

「ああ、そりゃ困ったね。と言いつつ、実は僕らもその傭兵募集の立札を見てやってきたクチなんだ」


 話しながら、青年が宿帳に名前を記載していく――「アシュ」と「サエル」。家名がないのは一般的な平民だからだろう。


「道理で、立派な剣を下げてなさる。ただ、腕っぷしの強いのなら掃いて捨てるくらい集まってるらしい」などと言いながら2人組を値踏みする。どちらもあまり体術が得意そうな体形ではないが、「あんたら、魔術は使えるかね。かなりの厚遇が得られるって噂だよ」


 その問いに青年――アシュがまるで少女のようにウインクをしてみせた。


「剣より得意だよ」

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