表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

選んだ地獄

作者: 雉白書屋

「さあさあ、どれにしますか? この中からお好きなのをお選びください」


 男は驚いた。地獄に落ちたことに対してではない。彼の人生は荒んでいた。人間関係に恵まれず、常にナイフを擦り合わせるような緊張感がつきまとっていた。人を傷つけ、また傷つけられてきた。仲間と呼べる存在ができたこともあったが、裏切られ、最後には背中を刺されて失血死した。

 だから死後、自分が地獄行きだと知らされても、特に驚かなかった。むしろ当然の帰結だと思った。ただ、どの地獄に行くかを自分で選べるという点に、少し驚いたのだ。

 赤黒い肌の鬼が巻物を手渡し、にやにやと口角を吊り上げながら言う。


「さあさあ、どうしますか? 地獄にもいくつか種類があることはご存じでしょう? あなたには選ぶ権利がありますよ」


 巻物を広げると、古風な文字とともに数々の地獄の光景が描かれていた。針の山、血の池、窯茹で――どれもが凄惨で、苦悶の表情を浮かべた人々の姿が細かく描き込まれていた。

 男はしばらくその絵図を眺めたが、やがてため息をついて言った。


「……なあ、誰もいない地獄はないのか?」


「え?」


「一人になりたいんだよ。俺はもう、人間ってやつにうんざりしてる。疲れたんだ、心底な。鬱病かもしれん」


「まあ、地獄に落ちた以上、気分が沈むのは自然だと思いますけどね」


「ほら、どの地獄を見ても人間同士で押し合いへし合い……はあ、地獄に落ちても争ってやがる」


「まあ、それも含めて地獄ですからね。ちなみにパワハラ地獄なんてのもありますよ。私がいるのもそこです。毎日、閻魔様に……おっと、失言でした」


 鬼は咳払いし、手元の巻物をめくった。


「ええと……あ、でしたら、お一人様用の地獄はどうでしょう?」


「え、そんなのもあるのか?」


「ええ、現世でも飲食店などでお一人様専用ブースを設けるお店や、独り身の方が増えているでしょう? 地獄も価値観をアップデートしていかないといけませんからねえ」


 鬼は真っ赤な口内を見せながら笑った。


「後者はちょっと違う気がするが……まあ、別にいい」


 男はその笑みに不信感を抱いたものの、結局一人用の地獄を選んだ。もう誰とも関わりたくなかった。一人でいることこそが平和に思えたのだ。


 こうして、男は一人用の地獄に放り込まれた。

 床に座り、ただぼうっと前を見つめる。時々、上を見上げ、横を向き、また前を向く。

 そこには人間も動物も、虫すらもいない。匂いも風もなく、自分が発する音すらも一切存在しない、完全な静寂が広がっていた。誰もいない。誰も話しかけてこない。まさに理想的だった。

 ただ、壁も天井も床も、すべてが鏡だった。


 やがて男は気づいた。自分自身からは決して逃れられないのだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
自己愛強ければワンチャン天国かもしれないが辛いやつ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ