表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王討伐の褒美に王座を要求した勇者の話  作者: 小鳥遊ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

7 勇者、王都で料理する


謁見の間を出た勇者は、王都の城門へ向かって足を進めた。豪華絢爛な王城の石畳から、活気に満ちた城下町の土道へと踏み出す。


行き交う人々、香ばしいパンの匂い、遠くから聞こえる鍛冶屋の槌の音。


慣れ親しんだ辺境の村とは全く違う、レンガで出来た建物が立ち並ぶ風景や行き交う人々の多さに、勇者は新鮮な感動を覚えていた。


(勇者召喚……前世で読み漁った本の中に、こんな話があったような気がする。まさか自分が、物語の登場人物になるとは。)


(たしか、主人公は特別な力を手に入れたり、すごい剣や魔法をもらったりするんだっけか? 俺にもそんな特別な力があるのだろうか?)


勇者はそう考えながら、自分の体に意識を集中させてみた。しかし体に変化は感じられない。剣を振るうような力も、魔法を使えるような感覚もない。ただ、辺境の村で日々の農作業や雑用をこなしてきた、自分自身の体があるだけだった。


(まあ、特別な力なんか、必要ないしな。)


勇者はそう結論づけると、国王からもらった地図を広げた。地図には王都といくつかの町、そして辺境の村が描かれている。勇者は地図を片手に、近くにいた商人に声をかけた。


「すみません、この村へ行くには、どうすればいいですか?」


商人は地図に書かれた村の名を見て、少し驚いた顔をした。


「こんな辺境の村へ行くんですかい? そこへ行く馬車は朝一にしか出てないんですよ。馬車で一週間ほどかかりますが、明日の朝までこの街で過ごすしかないでしょうな」


勇者は「ありがとうございます」と礼を言うと、馬車乗り場を確認しに向かう。そこで、少女の顔が脳裏に浮かんだ。


(そうだ、お土産を買っていこう。告白の返事、まだ聞けてないしな……急にいなくなって、心配しているだろうか。きっと、とても驚いただろうな)


勇者は少女の顔を想像しながら、街の賑やかな市場を歩いた。色とりどりの野菜や果物が並ぶ露店、焼きたてのパンの香りが漂うパン屋、きらびやかな装飾品を扱う店。それぞれの店主が威勢の良い声で客を呼び込み、買い物客たちの楽しそうな話し声が響き渡る。


「兄ちゃん、珍しい果物だよ! 異国の風味が楽しめるぜ!」


果物売りの男が、見慣れない赤い実を差し出す。勇者は笑顔でそれを受け取った。


「誰かへのお土産かい? こいつはきっと喜ぶよ」


勇者は、それから、宝石のような輝きを放つ砂糖菓子や、辺境の村では見かけないスパイスを買い求めた。


買い物を終えた勇者は、あたりが夕暮れに染まり始めるのを見て、宿を探すことにした。街行く人に声をかけ、いくつか候補を教えてもらった後、その中の一つに足を向けた。


宿の前に立つと、勇者は大きな看板を見上げた。「旅籠 木漏れ日の宿」と書かれた看板には、木の葉の紋様が描かれている。勇者が扉を開けると、かっぷくのよい中年女性が笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃい、坊や。今夜は泊まりかい?」


「はい、一泊お願いできますか?」


勇者が尋ねると、女性はにこやかに頷いた。


「もちろんさ。ちょうど空いてる部屋があるよ。旅は長いだろうから、ゆっくり休んでおくれ」


女性は、勇者の持つフライ返しに目を留めた。


「おや、珍しいものを持っているね。ひょっとして、料理人さんかい?」


勇者は、少し気恥ずかしそうに笑った。


「ええ、まあ。趣味で少し」


「そりゃあ、すごい。もしよかったら、後で腕を振るってくれないかい? 坊やの料理、食べてみたいね」


勇者は、女性の言葉に微笑んだ。


「機会があれば、ぜひ」


「いやいや、冗談だよ?」と女性は笑ったが、興味は尽きないようだった。「でも、どんな料理を作れるんだい? 」


勇者は少し考えた後、頷いた。


「わかりました。夕食の後で、よろしければ」


女性は「そうかい!」と嬉しそうに言うと、勇者の案内をした。部屋に荷物を置くと、勇者は夕食をとるために地下の酒場へ降りた。石造りの壁に松明の炎が揺らめき、木製のテーブルは客で賑わっていた。


勇者はカウンターに座り、店主にビールを一杯頼んだ。メニュー表を見ると、「森狼のグリル」「ドワーフ風ポトフ」「妖精の麦酒」といった、この店ならではの料理が並んでいる。


カウンターの隣には、大きなリュックを背負い、使い込まれた剣を腰に下げた旅人が座っていた。彼は店主と楽しげに話している。


「よぉ、マスター。噂は聞いたか? 魔王討伐の勇者が召喚されるんだってよ!」


店主は、にやりと笑った。


「ああ、聞いたさ。何でも、異世界から召還するっていうじゃないか。なんでも、とんでもない力を持っているっていうじゃないか」


「ま、所詮は王族の都合のいい道具ってことだろう。それでも、勇者とやらには頑張ってもらって、少しでも多くの魔族を退治してもらいたいものだな」


旅人は、ビールを一口飲んでから続けた。


「それにしても、魔族の被害はひどいもんだ。俺の故郷の村も、魔族に襲われて、全滅したんだ。あの化け物どもは、人間に生きる価値はないって、笑いながら村を焼き払ったんだ」


勇者は、静かにビールを飲んでいた。しかし、心の中では、旅人の話に複雑な思いを抱いていた。


(魔族は、本当にそんなに恐ろしい存在なんだろうか……)


酒場は、熱気と活気に満ちていた。勇者が耳を澄ますと、さまざまな噂話が聞こえてくる。


「おい、聞いたか? 北の森で巨大な魔獣が目撃されたらしいぜ。あれじゃあ、村の子供たちが危険だ」


「ああ、魔族の仕業だろうな。奴らは、人間を獲物としか見ていないからな」


別のテーブルでは、甲冑を脱いでくつろいでいる騎士団員たちが、大声で笑い合っていた。


「聞いたかよ、あそこの街の騎士団。魔族の女子供を見逃したってよ。そんな甘いことしてるから、いつまでも魔族の連中がのさばるんだ」


「全くだ。魔族は所詮、人間とは違う化け物だ。情けをかける必要なんてないんだ」


彼らの言葉は、まるで魔族を家畜や獣のように扱っていた。勇者は、思わず拳を握りしめた。


騎士団は、弱い者を守るための存在ではなかったのか?


勇者は、彼らの会話に違和感を覚えた。


魔族は本当に、彼らが言うような存在なのだろうか?


勇者がいた村では、魔族の少女は、人間と変わらない暮らしをしていた。彼女は人間のお菓子を心から喜んでくれたし、勇者が作る料理を美味しいと褒めてくれた。彼女の笑顔は、この酒場で語られる魔族の姿とは、あまりにもかけ離れていた。




勇者は静かにビールを飲み干すと、勘定を済ませ、厨房へ向かった。厨房は、酒場とは打って変わって道具は整頓され、清潔に保たれていた。


「さて、どんな料理を作ろうか……」


勇者は腕まくりをすると、棚に並んだ食材を吟味し始めた。


棚に並んだ食材を吟味しながら、勇者は思考を巡らせた。


(この食材は、村のものと似ているようで、少し違う。この野菜は、ジャガイモに似ているな。そして、この鶏肉も……)


勇者は、村でよく作っていた料理を思い出した。酒のつまみに最適な、あの料理だ。


勇者は手際よく鶏肉を一口大に切り、この世界の香辛料や、辺境の村でよく作った秘伝のタレで下味をつけた。その様子を、宿の女将が興味深そうに覗き込んでいる。


「坊や、それは一体、何を作っているんだい?」


女将の問いに、勇者は微笑んで答えた。


「唐揚げ、という料理です。この世界にはない料理だと思いますが、きっと気に入ってもらえますよ」


勇者は、鶏肉に粉をまぶし、油で揚げ始めた。ジュワッという軽快な音と、香ばしい匂いが厨房に広がる。


「これは……! なんていい匂いなんだい!」


女将は目を輝かせた。


勇者は、揚げたての唐揚げを皿に盛り付け、タルタルソースを添えた。


「これで一品目、完成です」


「坊や、本当に料理人だったんだね! こりゃあ、楽しみだ」


女将がそう言うと、勇者はもう一品、料理に取り掛かった。


「次は、この野菜を薄く切って……」


勇者は、ジャガイモに似た野菜を薄切りにし、油で揚げ始めた。


「これも、さっきの料理と同じで、揚げ物かい?」


女将が尋ねる。


「ええ。これは『ポテトチップス』と言います。とても薄く切ってあるので、サクサクとした食感になります。塩を振るだけでも美味しいですが、今回はチーズをかけて、酒のつまみに最適な味付けにしました」


女将は、勇者の手元を食い入るように見つめた。


その時、厨房にいる勇者の耳に、酒場から激しい口論が聞こえてきた。


「魔族に情けをかけるなど、もっての外だ! 奴らは人間ではない!」


「しかし、罪のない女子供まで殺すのは……」


声の主は、先ほど魔族を蔑視していた騎士団員と、フードを深く被った男だった。フードの隙間から覗く、赤く光る瞳が、勇者には見えた。


勇者は静かに溜息をつくと、先ほど作ったポテトチップスを小皿に盛り付けた。


勇者は、小皿を持って酒場に戻ると、口論している二人のテーブルに近づいた。


「まあまあ、お二人とも。少し落ち着いて、これを食べてみてください」


勇者は、小皿を二人の間に置いた。


騎士団員は眉をひそめ、フードの男は警戒するように勇者を見た。しかし勇者はにこやかに笑うだけだった。


「これは、俺が故郷で作っていた料理です。酒のつまみにもなりますから、どうぞ」


騎士団員は半信半疑でポテトチップスを一枚手に取り、口に運んだ。するとその途端、彼の目が丸くなった。そしてフードの男も、恐る恐る一枚食べると、その赤く光る瞳が大きく見開かれた。


二人は言葉を失い、黙々とポテトチップスを食べ始めた。口論は、いつの間にか収まっていた。


勇者は、静かに厨房に戻った。そして、再び料理を作り始めた。





部屋に戻ると、勇者はドサリとベッドに飛び込んだ。ふかふかの布団に顔を埋め、大きく息を吐き出す。一日の疲れが、少しずつ体の芯から抜けていくようだった。


今日一日で起こったことが、頭の中を駆け巡る。少女への告白、突然の勇者召喚、豪華絢爛な王城や城下の街並み、そして、酒場での魔族をめぐる人々の争い。


(まさか、王都に来てまで、揉め事の仲裁をすることになるとはな……)


勇者は、酒場での出来事を思い出した。魔族を蔑む騎士団員と、フードの男。彼らの間にあった憎悪と、ほんの少しの理解。そして、自分が作ったポテトチップスが、その溝を一時的とはいえ埋めたこと。


(料理って、やっぱりすごいな)


勇者はそう思うと、少しだけ胸が温かくなった。故郷にいた時、少女が自分の作った料理を美味しそうに食べてくれた顔が、鮮明に蘇る。


(早く、あの子に会って、話の続きがしたい)


勇者は、ゆっくりと体を起こし、部屋の中を見渡した。石造りのシンプルな部屋には、ベッドと小さな木製のテーブル、そして椅子が一つあるだけだ。前世の記憶の中のホテルにあるようなバスルームやシャワーはどこにもない。


「風呂は、さすがにないか……」


勇者は思わず愚痴をこぼした。酒場の熱気と喧騒で、体のあちこちに汗をかいている。このまま寝るのは気が引けるが、仕方ないだろう。


勇者はテーブルに座り、さっき作った料理を思い返した。ポテトチップスを喜んでくれた客たちの笑顔。女将さんの「あんた、とんでもない腕を持っているじゃないか!」という驚きの声。


(料理で喜んでもらえるのが、俺は好きなんだな……)


勇者は思い出した客の反応に、自然と笑みを浮かべた。しかし、すぐに明日のことが頭をよぎる。


(明日の朝は早く起きないとな。馬車で一週間。その間、何事も起こらなければいいけど……)


勇者は窓の外を見た。月明かりに照らされた王都の街並みは、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っている。しかし、その静けさの中に、得体の知れない不安が潜んでいるような気がした。


勇者は、国王から手渡された書物を手に取った。小さなランプを灯し、その明かりで書物を読み始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ