3 勇者と少女
ある日、村に一人の少女が現れた。
頭には小さな角を生やし、太陽の光を閉じ込めたかのように輝く銀髪が印象的な、可愛らしい少女。
彼女は純白の簡素なローブを身につけ、村人たちの様子を興味深そうに眺めた。
辺境の村には、時折、魔国から魔族がやって来る。少女もきっとそうなのだろう。村人たちは、少女を恐れることも、偏見の目で見るようなこともなかった。
勇者は、まるで彼女を守るように動物や鳥、小さな魔物たちが、ちらちらと木陰から少女を見ていることに気がついた。しかし、彼らは少女に害をなす様子はない。勇者はその光景を、ただ、微笑ましく思った。
少女は村を見て回り、珍しい物を見つけるたび、くりくりとした目を大きくした。勇者が考案した耕運機や水車に、興味津々のようだった。
そして、勇者の家を訪れた。勇者が奇妙な道具を考えたのだと、村人たちから聞いたから。
勇者は少女を家に招き入れ、話を聞くことにした。少女のためにと、前世の記憶の中にある、女の子が好きそうな料理を作ってみた。
「これ、なんていう料理? すごく美味しい!」
「オムライスっていうんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」
少女はそれから、週に一度、勇者を訪れるようになった。様々な奇妙な道具の話を聞くのが少女の目的だったはずが、いつしか出される料理の数々が、少女の目的になっていた。
いつも少女は、目を輝かせながら勇者の料理を楽しんだ。カレー、ラーメン、ハンバーグ。
(美味しそうに食べてくれると、こっちまで嬉しくなるな)
勇者も少女が来るのが、楽しみになった。だって料理を頬張る少女の笑顔が、とびきり可愛らしかったから。
少女のお腹と勇者の心は、毎週、満たされるようになった。
勇者と少女が庭に出したテーブルでお茶をしていると、通りかかった村のおばちゃんが、焼きたてのパンを差し入れた。
「あらあら、いつもの子が来てるじゃないか。はい、これ、焼きたてだよ。二人で食べな」
そう言って、にこやかに微笑む。
勇者が「ありがとうございます」と受け取ろうとすると、おばちゃんはパンを少女に渡し、そっと勇者の耳元で囁いた。
「勇者くん、あんたもいい歳なんだから、早くケジメつけな」
勇者は顔を赤らめたがおばちゃんは意に介さず、勇者の背中を大きく叩くと、笑いながら去っていった。
畑仕事帰りのおじさんたちが、村の小さな飲み屋で酒を酌み交わしながら、勇者の噂話に花を咲かせていた。
「いやぁ、勇者もやるもんだな。まさかあの魔族の娘っ子と、仲良くなるとは」
「様子を見ているが、どうやらただの友人同士ではないな。あの娘が来る日の前なんか、勇者がソワソワしているのがこっちにまで伝わってくる」
「ははは! 実はな、うちの娘を勇者の嫁にと思っていたんだが、どうも勝ち目がなさそうじゃわい」
「馬鹿者! うちの娘もだ! 勇者にはもったいないくらい、綺麗な娘なんだが、あの娘には敵わんよ」
「勇者もあの娘の前では、いつもと違う優しい顔をしているからな。あの二人、お似合いだ」
おじさんたちは、勇者がいつかふらりと村を離れてしまうのではないかと心配していたのだ。だけど少女が現れてからは、家庭を持って村に留まる勇者の未来を想像できるようになって、安心するのだった。
ある日の午後、勇者と少女はいつものように、庭のテーブルでお茶を楽しんでいた。そこに近所の女の子が、可愛らしい野の花を摘んでやってきた。
女の子は勇者の目の前まで来て、花を差し出した。勇者は自分がもらえるのだと思って、目を丸くして驚いた。
「えっ、僕に?」
すると女の子は、頬を膨らませて言った。
「そうじゃなくて! 勇者があの子にプレゼントするのっ!」
そして、少女の方を指さした。勇者は少し戸惑った表情で、その花を受け取った。
女の子は、腕組みをして、呆れたように勇者を見上げた。
「もー、勇者さんってば、全然女心が分かってないんだから!」
勇者はまさかの説教に、きょとんとした顔になった。
「え?女心?」
「そうよ!好きな女の子には、お花をプレゼントするのが当たり前でしょ!それを、自分がもらえると思ったなんて、鈍感すぎる!」
女の子は、小さな体で一生懸命に、勇者に恋愛指南をする。その様子はまるで、小さな恋のキューピッドのようだった。
少女は、そのやり取りにクスッと笑う。勇者は、女の子の勢いに押されつつも、なんだか温かい気持ちになった。
「そ、そうか。ありがとう、教えてくれて」
勇者が照れながら言うと女の子は満足そうに頷き、駆け出していった。
勇者は、女の子から渡された花を、少女にプレゼントする。
少女は受け取った花を大切そうに手に取り、勇者に微笑みかけた。
「ありがとう」
花よりも美しく、花の香りよりも甘い少女の笑顔に、勇者の心は温かい気持ちで満たされたのだった。
村人たちは皆、勇者と少女が結ばれることを心から願っていた。
前世の記憶を持つ勇者にとって。
それは間違いなく、かけがえのない安息の日々だった。