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7冊目 いつか神の子だった彼女らへ


 今日は確かに、昼以降何やら騒がしかった気がする。

 夜勤明けで頭が覚醒していなかったから、そのまま二度寝したわけだがどうやら何かあったらしく。酒場の雰囲気もピリピリとしていた。

 いつもは赤ら顔で酒を煽る男たちが一か所に集まって難しい顔で何やら話している姿は不穏というか、深刻な何かが起こったのではないかと思う。


「出直した方がいいか?」

「いや、構わんよ」


 マスターに声をかけていつもの席に座った。自分で了承を取っておきながら妙にそわそわした心持で酒を頼む。

 ぐるりと酒場を見回せば、いつもの顔ぶれが一か所に固まっているせいで、俺と同じカウンター席に着いたジルだけが目立っていた。お前、よくこの物々しい雰囲気の中飲めるな。


「何があったんだ?」

「魔物の討伐中に行方不明者が出たんだ」


 それは、なんというか。確かに、一度外に出れば安全は保障されない。その上魔物の討伐中に死傷者が出るのは日常茶飯事だ。

 だから冒険者連中はギルドを作りお互いに協力し守り合っているし、国に仕える騎士たちと合同で討伐や護衛などを執り行うこともある。少しでも被害が最小限にするための先人の知恵だが、それでも魔物による被害が完全になくなるわけではない。

 今回もその類かと思って聞いたのだがどうにも雰囲気が可笑しい気がする。

 年に何度か死傷者以外の行方不明者が出たりもするが、いずれも捜索が行われ生死にかかわらず発見はされている。そこまで深刻になるような事態ではないと思うのだが、さて。


「場所は西の森か?」

「いや、それが東の平野らしくてな」

「なんでまたそんなところで」


 それはまた、どういうことだ?

 西の森で行方知れずになったのなら、あそこは鬱蒼としていて視界も悪いし逸れるのも理解できる。しかし平野なんかの見晴らしのいいところで逸れるか? 例え隊列から反れてもすぐに見つけられそうなものなのだが。


「国の依頼だったから、一応騎士さんたちにも伝えたんだが向こうも妙な顔してたよ」

「まぁそうなるよなぁ」


 騎士たちでは手が回らない仕事を国がギルドに卸し、ギルドで人を募ってそれを熟すがある。今回もそういう依頼だったのだろう。

 東の平野なら街道があるし、繁殖期前に魔物の口減らしをしたかったというところか。だとしたら行方不明者もそれなりの腕が立つと思うのだが、そんな奴が平野なんかで迷子になるだろうか。

 もし仲間とはぐれてしまっても、見晴らしのいい平野部であるなら自力で帰ってきそうなものだ。にもかかわらずこの時間まで深刻な顔をして話し合っているところから、その人物は未だ帰らないとみえる。


「ある程度魔物を減らして、さぁ帰るぞと点呼したらいなかったんだとさ」


 少し目を離した隙に居なくなってしまうなんて、それはまるで。


「神隠しみたいだね」


 隣で飲んでいたジルが口を開いた。そう、それ。神隠し。まるで元々そこにいなかったかのように人が忽然と消えてしまう現象。

 元の世界でも言葉だけは聞いたことがあったが、やっぱり神様だの魔法だのと不思議な力が蔓延っている世界だとそういうのも起こりやすいのかもしれない。

 大抵の場合は鳥類型の魔物による連れ去りだとか、対象が子供であれば口減らしだとか後ろ暗い人の業が原因だったりもする。しかし今回に限ってはその大抵の原因ではないのだろう。


 だって、いくら何でも可笑しすぎる。平野部、それも街道の近くで行方不明だなんてあり得るだろうか。少なくとも俺は聞いたことがない。

 魔物は確かにいた。しかしそれを討伐するための部隊だった。もし鳥類型の魔物の仕業だったとしても、誰一人その魔物に気が付かないとかありえない。


「この件と関係あるかはおいておいて、女の子が神隠しに遭ったら櫛を隠せって言い伝えはご存知?」

「いや、初めて聞いたな」


 ジルは作家だけあって神隠しだとか伝承についても調べたことがあるのかもしれない。思い出すように言葉を選ぶ彼女に相槌を打ち先を促した。

 氷が溶け出したのを混ぜるようにグラス回して一口。甘さと香り、それからアルコールの苦みが口の中に広がった。


「本物の神隠しの場合はね、その子が隠されたのは神様の依代にされる為なんだって」

「なんで櫛なんだ?」

「櫛は嫁入り道具だからだよ」


 つまり櫛が見付からなければその子は役に立たなくなり返される。

 なんとも乱暴な話だ。勝手に連れ去っておいて、使えないなら返すとか。いや、こちらとしては返してもらえて万々歳なんだが。

 元居た世界よりもこの世界の人間はずっと信心深く、神様を崇め奉っているのに。どこに行っても神様って奴は理不尽な存在なのかもしれない。


「大昔は「あの子は神様のお嫁にいったのよ」なんてのがまかり通ってたんだろうね」


 どうやらジルは今回の事件にその神隠しの言い伝えを当てはめたようで。グラスを傾けつつ目を伏せて、ため息交じりにそんな事を言った。

 多分。そこに深い意味はない。ただ何かで読んだことを思い出したとか、酔って思いついたとか、そんな程度の事だ。酒の席のちょっとした話題だ。


 神隠しの伝承は案外どこにでも存在するのかもしれない。もしかしたら国とか世界の垣根を越えて。もっと別の、それこそ神様だとか宗教だとかそんな類が原因なのかもしれない。もしそうなら他所の世界から来た俺にはちょっと他人事ではない。

 もしかしたら消えた奴は、俺が元居た世界に消えていったのかもしれない。この行方不明の原因を探れば元の世界に帰れるかもしれない。なんて、ずいぶん昔に諦めたはずの感情が顔を出す。もう、何もかもあのころとは違うのに。

 息を吐いて思考を切り替える。それから、何を言うでもなく、隣でちびちびと酒を飲むジルの言葉には返事を寄越さず聞き流した。



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