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6冊目 ウイスキーと四方山話


 随分と長くこの街にいる気がする。別にどこか他の街に行きたいだとかそういう願望はないが、もうすっかりこの世界の住人になったなぁと思う今日この頃だ。

 最初の頃はその日一日を生きるので精一杯だったり、元の世界に帰りたいと願い夜もあったさ。それがいつの間にか、日が落ちる頃に重い甲冑を脱ぎ捨てて、等間隔に並ぶ街灯が足元照らす夜の街に繰り出すようになってしまった。

 そんな毎日を送れるのも、この街が平和な証拠か。一足街の外に出てしまえば自己責任なところがあるが、街の中にいる間だけでも安全が保障されているのは有り難いことだな。

 少し湿気を帯びた空気を吸い込んで石畳を踏みしめる。夕方に少し降った雨は、もうほとんど乾いていた。


 見慣れた夜の街を照らす街灯は元の世界にはない技術を使っているらしく、風よけのガラスの向こうでは謎の結晶体が夜の街を照らしている。

 この世界は電気が普及していない代わりに、魔法を駆使した生活用品が普及している。正直俺に魔法が仕えたなら、ああいった魔法道具の整備技師になりたかった。電気が普及しない限りは食いっぱぐれなさそうだ。

 狸の皮よろしく、魔法も使えないのにそんなことを考えながら目の前に見えてきた酒場の扉を開ける。


「おう。昨日ぶり」

「ああ、お互い体を壊さない程度に楽しく飲もうぜ」


 カランッ、と扉に付けられている小さな鐘が揺れれば目ざとく俺を見つけた顔馴染みが、赤ら顔で笑いかけてくる。夜勤の時以外は大抵来てる俺が言えたことではないが、この男たちもいつもいるな。

 アルコールの匂いがする店内には既に一仕事を終えた男たちがちらほらとテーブルを埋め、皆日々のあれこれを肴に話しているようだ。

 女将さんに何かつまみを頼んでいつもの様にカウンター席に腰を下ろす。さて、今日は何が飛び出してくるのやら。


「よう、セージ。ようやく仕事上がりかい?」

「まぁな」


 マスターが注いでくれたウイスキーを一口、なめるように飲めば女将さんが慣れた手つきで俺の前に皿を置く。薄切りされた生ハムにチーズ、それからナッツ類。腹はそこまで空いてないし丁度いい。

 ナッツを一つ口の中に放り込んだところで、こちらをじっと観察していたジルがゆっくりと口を開いた。


「夜に沈んだ酒場に二人、男女が今日も盃を交わす。グラスの中の氷が琥珀色の海を泳ぎ、爽やかな音を立てた。……と、ここから先の文章がまるで浮かばないんだけど何かネタない?」

「とりあえず俺を本のネタにするのやめてもらえるか?」


 職業病か? オンオフしっかりしてメリハリつけておかないとしんどくなるぞ。俺もおかしな動きしてるやつがいたら警戒するけど、休みの日までそんなだと疲れが取れないし。

 俺の隣でうんうんと頭を悩ませているジルは、どうやら筆の進みが行き詰まっているらしい。彼女がネタに困っているのはいつものことなので、俺はそのうめき声を肴に一杯やらせてもらうだけなのだが。

 だがまぁ、酒場で小説のネタを探すっていうのは賢いやり方だよな。以前ジルが酒場には英雄がグラスの数ほどいると言っていた。その時は何を言っているんだと思ったが、その辺のテーブルで飲んでる連中に一杯奢れば武勇伝が出るわ出るわ……。

 多少の脚色はご愛嬌。ジルはカウンター席にいても聞こえてくる自慢話をうまく整理して自分の話の中に落とし込んでいるのだろう。


「貴族の私兵なんてネタの宝庫でしょ? なんかおくれ。」


 なんか、と言われても世間一般が想像するような貴族のあれやこれやなんて一介の私兵が知ってるわけがないだろう。というか知っていたとしても、さすがにその類の話は外で話したら俺の首が飛ぶんじゃないか?

 少し考えてみるが特に話せるような貴族の内情は思いつかず。この前話した決闘云々もそういうのがあるって範疇の話だし。ジルは何かアイディアを出そうと唸っているが、結局彼女も思い付かなかったのか俺の前に置かれてるナッツを一粒口に入れて噛み砕いた。


 酒場は相変わらず穏やかな喧騒に包まれている。俺たちの隣で飲んでる男たちは酒にやられてけらけらと笑い、後ろのテーブルで飲んでる若者たちは今日の仕事でどれだけ体を酷使したかで競い合っている。

 いつも通り、平和そのもの。平和なのはいいことだ。そのおかげでジルは話のネタがなく呻いているのだが。

 ジルとはそれなりの付き合いになるのだが、そういえばこいつはどんな本を書いてるのか聞いた覚えがない気がする。本人も売れない作家を自称しているし、俺も本屋とは縁遠い性格だ。まぁ知らないお陰で気負わず適当なことを言い合えるともいうが。


「別にゴシップじゃなくていいのよ、古い習わしから明日の献立まで。なんでもいい」

「お前そんなに切羽詰まってるの?」


 さて、どうしたものかと俺もウイスキーを軽く口にしながら考える。目の前で唸るジルを横目で見つつ、チーズを一欠け口の中に放り込めば独特の風味が俺の口に広がる。

 とりあえず飲みながら話そうぜ。俺は明日は非番だし気の済むまで付き合ってやるよ。


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