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5冊目 酒の席には与太話


「昼間門の前で警備見たよ」

「声かけてくれればよかったのに」


 珍しいこともあるものだ。いくらか職業による偏見も入っているが、ジルは家に引きこもって書いていると言えばいいのか、日中外に出ている印象がない。用事があるのなら日が暮れてからのそのそ出てきているイメージだ。失礼極まりないので口には出さないが。

 ただこれは当たらずとも遠からずな気がする。この世界の一般人女性はバリバリ外で活動しているせいか、そばかすがあったり水仕事で指先が荒れていたりする。

 それに対してジルはさすが家を出ても貴族の娘というべきか。ペンだこのようなものはあるが、ささくれなどはなく肌も白い。全くやらないわけではないだろうけれど、水仕事や洗濯などは通いのメイドがやるだろう。


 今日もいつもの様に酒場は活気で満ちている。他の席に料理を運んでいる女将さんは気立てもよく、ジルと比べるまでもなく世の中の荒波を乗り越えてきた女傑と言ってもいい。

 まぁ、俺もマスターと比べると人のことを言えないか。お互い人生の先輩を目標に頑張ろうや。


「私兵といえばさ」

「うん」

「貴族間でも仲の良い悪いってあるじゃない?」

「あるな」

「代理決闘的な物ってあるの?」


 何を言い出すんだお前は。


「お前の方が詳しくない?」

「家のことは兄様に任せてるし私はさっぱり」


 今度は何の話を書くのやら、気ままな作家ライフを送る貴族の末っ子長女は肩をすくめた。わからなくはないか。大事にされているようだし、貴族間のあれやこれやには触れてこなかったのかもしれない。

 しかし、代理決闘か。あるところには、あるらしいな。俺は経験はないが。

 いくら表面上は皆にこにこしていても、多少は仲の良い悪いはある。うちの旦那様は温厚な人だが、それでも仕事の関係上やりづらい相手というのはいるようだしな。


「代々仲の悪い家はあるだろ。で、そういう方々が表立ってケンカしたくない時には私兵同士でってのはあるな」


 若いご子息がいる家同士は偶発的な喧嘩もあるし、そういうやんごとなき方々に指示されて代理決闘をすることもある。

 うちの若旦那様はいらっしゃるが、あの方は俺より年上で三十を超えているし、何より落ち着いた方で若い頃からそういうのはされていない。思慮深く、インテリ気質な人。まぁ、締めるところはきちんと締める方でもあるけど。

 若旦那様ならわざわざ決闘なんてせずにもっとこう、周りにわからないように手を回す。言うならばインテリやくざみたいな人だ。

 不敬だとは思うがそれ以外にこの世界にやくざ屋さんがいないので耳に入ったところで、さすがに本職よろしく海に沈められることもないだろう。この街も内陸にあるし、あって山かな。


「決まりとかあるの?」

「まず手紙で予定を合わせるわな。日程とか、見届け人の有無とか」


 場合によってはなかなかお互いの予定が合わなくて、予定を合わせるのが難しい時もあるらしい。

 正直あほかと思うが、本当にそうなんだよ。そこまでするならもう、話し合いで手打ちにしろ。


「予定が決まったらお互いの身長と体重を伝えて、体格が合うように調整する」

「そこまでするの?」

「どっちかの体格がよすぎてもフェアじゃないからな」

「紳士じゃん」


 ケタケタと笑い転げるジルにつられて笑う。普通はそういう反応になるよな。

 仲が悪くて決闘をするってなってるのに、どこまで行ってもフェア精神を忘れないんだから貴族というのは難儀な生き物だ。裏でもっとすごいあれやこれやもしてるのに、どこまでも建前が大事なようだ。

 ここまで規定を決めるのなら親善試合とかに名前も変えてしまえと思わなくもないが、その辺りも俺たちには理解の出来ない貴族の誇りみたいなものがあるのかもしれない。


「あと道具も事前に伝えるし、勝負がついたら大抵、敗者が勝者に握手を求めて勝者を称える」

「仲良しじゃん」

「勝者も敗者を称えるぞ」

「もう決闘とかやめちゃいなよ」


 それはそう。後、相手の家に突然乗り込むとかはないし街中でイザコザがあったら、喧嘩する日を約束して一先ず解散。

 若い子息とかは家同士のメンツがどうのと言って決闘をするらしいが、やってることが健全なんだよなぁ。


 この話を教えてくれた先輩は「うちは滅多にないから安心しろ」って言ってたが、本当に俺が旦那様に仕えて以来そんなことは一度も起こっていない。

 その陰で若旦那様があの手この手を尽くしているのは見ないふりしておこうか。貴族の考えなんて雇われ兵士に過ぎない俺にはよくわからないしな。

 正直創作意欲に作用する話とは思えないが、こういう貴族の内情も酒の席で笑い飛ばしてもらえたなら本望だろうよ。拾ってもらった俺が面白おかしく語るのはいささか不義理なような気もしたが、旦那様方もその程度で目くじら立てたりしないだろう。


 ジルの手元にやってきた酒はもう残りが少ない。「今日はエールの気分だ」なんて言い出したジルに付き合って、二杯ずつとナッツをつまんだだけにしてはハイペースで飲んでいるな。

 手を上げてマスターを呼ぶ。頼むのはチェイサーと追加のエール、それからつまみを二人分。

 なにせまだ、夜は長い。


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