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41冊目 猫と神様は気まぐれ


 世の中には色々な人がいて、それと同じように様々なことが起きている。

 そういう類の話をかき集めるのが趣味で、酒場で人に酒を奢りつつ話を聞いて回る奇特な奴もいるくらいだ。いつも酒場に屯している連中だけでは飽き足らず、ふらりと入ってきただけの客にまで絡んでいるのだから筋金入りだな。

 そんなことばかりしているので、それなりに噂にもなっているらしく時々身近な人間には話せないが誰かに話を聞いてほしい人間がジルを訪ねてくる。まるで懺悔室みたいだな。相手はジルで、ただ面白い話を聞きながら酒を飲みたいだけのやつなのに。


 そんな簡易懺悔室を不定期開催している女は、先日も少し大きめのヤマを片付けてきたらしい。俺が腹を下してエリカちゃん相手に管を巻いている間にそんなことをしてたのか。

 普段は守秘義務とまではいかないがそれなりに配慮していて。それでも時々一人で処理できない話を彼女は俺に溢す。まぁ、漏れ出てくるのを聞くくらいならいくらでも付き合ってやるが。


「ちょっと税金対策の話をしてきたのよ」

「本職じゃねぇか」


 こんなところで酒を飲んでだらだら喋っているが、ジルは貴族の娘だしな。上に二人兄がいるので実家を出て気ままに暮らしていると言うが、そういう資金などの転がし方は一般人よりはしっかりと学んできたのだろう。

 しかしなんでまた。市民向けにそういう新しい仕事でも始めたのか。


「女将さんに紹介されたんだが、大きな拾い物をしたらしくてね」

「納税が発生するタイプのやつか?」

「まんまこれだよ」


 人差し指を親指をくっつけて言うジルに思わずため息が出る。品がないからそのハンドサインやめなさいよ。

 ジルの話を聞くにその人は出先でちょっと人には言えない額のお金を拾ったらしい。幼い子供二人を抱え、出産や義理両親の介護など色々な出費が嵩み生活苦に追い込まれていたと言う。

 周りに一目はない。触ってみると固くて四角い。恐る恐る紙袋を開けてみると中には帯のついた札束が3つ手紙と入っていた。そこには「私の財産の一部。訳あって相続させたくない。拾ったあなたにもらってほしい。」と書いてあった。

 字は綺麗だが少しヨレていて、何かしらの何かしらの事情を感じさせられたらしい。これは、なんというか。正統派な後ろ暗い話だな。以前にも一度災害時に旦那を置いて行った奥さんの話を聞いたが、これもなかなか。


「それで、どうしたんだ」

「正直本気でお金がなくて困っていた様でね、有り難く頂戴することにしてその場を去ったらしい」

「大丈夫なのか? それ」

「本当は大丈夫ではないね」


 その人は旦那に言おうか迷い、結局金額を詐称し田舎の祖父母からの生前贈与的なものと話したそうだ。

 少なく申告した金額を生活にあて、その残りは、こっそりキッチンの戸棚の奥に隠してあるのだという。そしてあの時の手紙はお守りとして大事に持ち歩いているのだと。生活に困っていたその人にとっては神の慈悲にも近しいものだったのかもしれない。

 まぁこれは誰にも言えないな。向こうの世界でも宝くじが当選した人がトラブルに巻き込まれる事件をいくらか聞き及んでいたし、無いとは思いたいが剣や魔法が身近なこの世界ではどうなるかあまり考えたくもない。


 しかしこういうのってどうなんだろうな。譲ると書かれていた手紙があっても、黙って持って帰ってくるのは問題になるんだろうか。問題なんだろうな。

 下種な考え方をするなら何か犯罪絡みだったりやましいお金で、処分に困って置いてったのかもしれない。手紙の内容が真実だという保証もないしな。

 自分はこれで小心者だから、しかるべき場所に持っていくだろう。ただ届け出を出せば、置いた人が判明して返却される上に相続させたくなかったことが家族にも知られ針のむしろな結末が思い浮かぶ。

 どう行動してもいい結果にはならないだろうな。なら神様からのごほうびと、ありがたく受け取っておくのが一番なのだろうか。


「そんなわけで、納税だとか手続きに詳しい私が紹介されたわけだ」

「取得物の時効って何年だろうな」

「あー、三年から五年くらいじゃなかったかな」


 こちとら真面目に働いて納税義務も熟して来た側からすると随分とうらやましい話である。神様は見ていてくださる。地獄に仏。言い方は色々あるが、その人は救いの手が差し伸べられた側なのだな。

 僻んでいるわけではないが、救われる者がいるなら救われない者もいるわけで。

 そこまで考え、自分の考えを振り払うようにエールのおかわりを頼む。話のお供にちょくちょく口に運んでいたが、いつの間にかグラスに注がれた分を飲み干してしまっていたようだ。


「神様ってのはどういう基準で人を救ってるのかね」

「さぁ? それこそ猫の様に気まぐれなのかもね」


 グラスになみなみとエールが注がれた。泡が溢れて表面張力と戦っているのか、水面が静かに上下している。カウンターに並んでいるつまみを盛られていた皿の中身はいつの間にかジルの手によって寂しくなっていた。

 しかしまぁこの女も、話す方は話してすっきりするかもしれないが受け止める方は飲み込むのに一苦労。なんて話をよく引き当ててくるものだ。


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