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34冊目 毒と薬は紙一重


「こっちきてからのギャップってありました?」


 お嬢さんがいつもの様に炭酸水をお供にフルーツを嗜む。

 今日はジルがいないから、エリカちゃんもそういう話を振ってきたのだろう。ジルとお嬢さんは仲がいいが、さすがにこういった話は出来ないらしい。

 それにしてもギャップ、か。ギャップだらけだな。この前もカラスの声の表現で衝撃を受けたし。


「ギャップしかないなぁ」

「ですよね」


 どうやら何やらあったらしい。お嬢さんはこちらに来てまだ一年足らずだし、驚くことも多いんだろう。十年近くいてもまだまだ戸惑うのだから無理もない。

 お嬢さんの持っているグラスと同じ色をしたアルコールを入れたグラスを傾ける。グラスの取り違えはないとは思うが、少し酒選びを間違えた気がしないでもない。二人の時はジントニックはやめてこうか。


「そういうものと言われればそれまでなんですけど、この世界の毒って緑なんですね」


 違和感があると呻くお嬢さんに苦笑いする。そういわれてもその辺りについてはわからないんだよなぁ。

 多分お嬢さんの話は魔法がかかわってくる。俺は魔法は使えないので聞き及んだ話になってしまうのだが、魔法を使える人たちの間ではそれによって行動が制限されている時の容体を確認出来るらしい。

 何がどうしてそうなったのかはわからないが、ゲームでいうところのステータスや状態異常のようなものだろうか。つくづくファンタジーだな。魔法が使えない俺には関係のない話かもしれないが。


「なんで緑なんだろう。全然慣れない」

「ああ、緑はカビだろ」

「カビってあの?」

「そう、あのカビ」


 あまりイメージしにくいかもしれないが、多分カビは一番身近な毒だと思う。カビた物を食べると腹も下すし。

 魔法が蔓延る世界でも傷んだ物を再生させる方法はまだ確立されていないようで。そういう意味でこの世界の毒の緑は、カビの色から連想されているというのは案外いい線いってるんじゃないだろうか。


「カビっていうと黒のイメージなんですが」

「それは湿気のやつだな。食べ物につくカビは大体緑色だよ」


 パンとかミカンとか、ああいう物に付くカビは緑だ。こういうのは土地環境の違いだな。

 日本は湿気の多い国だったしカビと言えば黒カビのイメージが強いのだろうが、この世界は乾燥した地域が多い。日本で緑と言えば森林をイメージする人が多いんだろうが、こっちだとカビの緑の方が身近なんだと思う。それもどうかって話だが。

 俺には魔法の才能はないし、容体を確認を確認した時の見え方がどうなっているかはわからない。ほぼ適当に言っているだけだ。

 ファンタジー世界の住人になってしまっているのに、ファンタジーとは無縁な生活をしているとはこれ如何に。まぁ別にそういう生活を望んでいないが。


「へぇ。じゃあ、なんで日本じゃ毒は紫色のイメージだったんでしょう」

「あー……、トリカブトじゃね? 後、アサガオも毒があるだろ」


 だからあっちじゃ紫のイメージなんじゃないだろうか。なすびやサツマイモと言った美味しく食べられる紫の植物もあるが、あれらの可食部は紫じゃないしノーカンだ、ノーカン。

 紫キャベツ? 知らんな、そんな物。


 まぁ総括するなら、紫色の花を咲かせる植物は毒を持っている可能性がある、と。もちろん例外もあるが、あくまで可能性の話だ。

 英語で紫を指すヴァイオレットはスミレの意味も持っているが、スミレも確か毒があった気がする。何ならスミレはトリカブト表す時にも使うんじゃなかったか。そう考えると紫は毒のイメージというのが浸透しているのも頷ける。

 ……なんで俺こんなに毒について詳しいんだろうな。別にそれで何かしらことを起こすつもりもないが、妙な気分になる。


「意外と毒のある植物って多いんですね」

「その分薬の開発も進んだんだろ」

「なるほど」


 同じ紫でも紫蘇なんかは漢方の逸話が名前の由来だ。食中毒で死にかけていた奴にシソの葉を煎じて飲ませたところ、たちまち元気になったことから、「紫の蘇る草」の意味で「紫蘇」といった話だったか。

 ああそうだ、思い出した。中学の理科教師だ。あの教師は授業の合間になぜかそういった毒の知識を生徒に披露する教師だった。生徒の気を引いて授業を聞かせるという意味ではありかもしれないがアプローチの仕方が独特すぎる。

 授業内容も教師も忘れていたのに、毒の知識だけ覚えていた俺の気持ちにもなってくれ。普通に暮らしてたら全く役に立たない知識だし、ファンタジーな世界に来た俺でも活用してないぞ。どれだけサバイバルを前提とした知識なんだよ。


「ま、紫も緑も。身近な物から毒をイメージした結果だろ」


 なるほど、とまた頷いたお嬢さんを横目にジントニックを一口。

 俺もやったなぁ、こういう知識のすり合わせ。こっちとあっちの違いを見付けては、何かしらの接点を探して安心する作業。そうして意図せずこちらに来てしまった嘆きを慰めた夜はもう随分と昔。

 俺とエリカちゃんは根本的に違う。出来ることも、考え方も。それでも、こうして話すことで彼女の慰みになれたなら。

 ……これはただのエゴだな。


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