33冊目 たまには苦い肴もあるさ
独り身は気楽だ。
何もかも自分でやらなければならない責任はあるが、大抵は自分自身のみの采配で決められるし、他人に遠慮する必要もない。怠ければ自分に帰ってくるデメリットはあるものの、それを差し引いてもいいほどの気楽さがある。
一人暮らしの家というのはまさに自分の城だ。
俺の場合この世界には身内がいないのもあるかもしれない。そういう理由で余計に何もかも自分でしなければならないし、その分なんでも自分のペースで都合をつけて行える。
それに血の繋がりは鳴くとも気にかけてくれる人はいるし全くの天涯孤独ではなかった。だからつい、ジルから漏れ出る親族間の付き合い云々を聞くと尻込みしてしまうのだ。
「実家その他諸々の贈り物の返しが面倒臭い」
貴族だけではないんだろうが。やっぱり親族や家の繋がりが多ければ多いほどこういうやり取りが多く発生するんだなぁと。
もちろんそれによって得られる利益もあるんだろうし、助けられることも多いのだと思う。けどやっぱり面倒臭さが勝つんだよな。
俺もそうだがジルも大概面倒臭がりだし、そういう意見が出るのも納得できる。俺が直接かかわらないが、そういうシーズンが来ると旦那様や執事たちが忙しそうにしているのも知っている。
「良かれと思ってやってるのかもしれないが、贈り物は返すのが基本 。彼らがくれたのは義務感だけだ」
「嫌なもん送り付けられたな」
「本当にね、迷惑過ぎる」
家の繋がりってもの大変なんだなぁ。案外、ジルが実家を出たのも、そういうのが煩わしかったのもあるのかもしれない。
いや、まぁ。一番の理由は漏れ聞いている、義理の姉と相性が悪い点だろうな。
改めてそういったあれやこれやを考えると、俺は家同士の付き合いなどは不得手だろうなと実感する。そこで尻込みするから婚期遠退くのだろうが、生憎相手もいなければ浮いた話一つないし何も問題なかったな。
必要に駆られているわけではないし、どうしても結婚したいわけでもない。その点独り身だと、最悪自分のことだけ何とかしていれば問題ないしつい楽な方へ行ってしまう。悪い癖だな。治せるとも思わないが。
一つ息を吐き、氷を泳がせたウイスキーのグラスを揺らす。カラカラと心地よさげな音を響かせるグラスも今日は二人分。いつもなら隣で爽やかな破裂音をさせる炭酸水のグラスを持ったお嬢さんは、今日は不在だ。
この前散々騒いだが、果たして彼女はカニを口にすることが出来るのか。……ないだろうなぁ。
「送られた物と同等の価値を持つ贈り物を買って返し、彼らが込めたのと同等の気持ちを示すのが贈り物っていう慣習の本質だ。まったく何てことをしてくれたんだよ 」
芝居がかった調子でジルが肩を落とす。彼女は時々こういう話し方になる時があるが、そういう状態の時は多分酒の周りが早い時だ。最近やっとわかってきた。
不貞腐れてやけ酒しかかっている時なんかがこうなっている気がする。変に絡んだり、悪酔いして体調を崩してはいないようだし静観しておくか。
「なんかもう構わないでほしい」
極まってるなぁ。作家の生態について詳しいわけではないが、その職業の人種は部屋や自分のスペースに籠って創作に勤しむものだと思われる。ジルはそれに相まって、動物と同様に縄張り意識が強いのではなかろうか。
だから言い分は正しくとも何かとジルに構ってくる義理の姉とは相性が悪いし、縄張りの外とのやり取りである贈り物文化に気を立てているのかもしれない。
なんて、頭の中で彼女を動物に例えてみたが。うん、威嚇するばかりで可愛げもないな。かといって酒の席以外で誰彼構わず愛想を振りまくジルも想像できないが。
「なんで皆わざわざ面倒を好き好んでやるんだろう」
「それで得られるものがあるからだろ」
「私やっぱり貴族向いてないわ」
それは貴族と言うより社会的生活の間違いじゃないか? お前の言うことをまとめると仙人とか世捨て人みたいな生活になるぞ。
ぐだぐだと言っているジルを宥めつつ、酒を飲み進めるジルにサラミを勧める。まぁ興味が向いている方向の問題だとは思うんだがな。
縄張り意識が強いということは、外敵から身内を守る意識が強いことの現れだろうし。案外彼女の主義主張に反しなければ貴族としてもうまくやっていけるんじゃないだろうか。まぁその主義主張が自分に構うなというところまで来ているので何とも言えないが。
「気を使えって言ってるんじゃなくて、気を使うなって言ってるだけなのに」
「それはもう気を使ってるんだよ」
エリカちゃんが不在の今、ジルが普段より多弁なのはその現れか。ジルはお嬢さんがいる場だとあまり愚痴らないし、酒も控えめだ。別に隠すほどでもないだろうにと思うのだが、未成年の手前遠慮しているのだろう。
そういう辺り、すでにジルも気を使って生きてるんだよなぁ。酒のペースはそれなりだが、確かに普段よりは速いな。これもまたストレス発散の一種だろう。ジルが手を出してきたので、ナッツの皿もそちらに寄せてやる。
まぁこれくらいならいくらでも付き合ってやるがな。




