24冊目 空想と現実の狭間で踊る
人が牛耳っている世界はあちらもこちらも、特に変わりはない。
いや、もちろん違うところは大いにある。元居た世界には魔法もなければ魔物もいないし、この間だってカラスは鳴かずに歌うものだと知って衝撃を受けたところだ。
それでも変わりはないと言い切れるのは。人の営みは向こうと同じように紡がれていて、そこに俺もよく知る一般的な幸せがあったり、小さな偶然から積み重なるよく聞く不幸なんかもある。
そうしたものを紐解いていくと、どこの世界も変わらないと思えてくるのだ。
そして何より。人が集まり、社会的な集団として共生していくと生まれるものがある。
実しやかに囁かれ、ある者はロマンを感じ、ある者は鼻で笑う。そう、陰謀論だ。別に俺はそういうのを信じているわけじゃない。けれどなんというかこう、そういう与太話を聞く度に番組編成の時期にやっていた特別番組を思い出すのだ。
今も徳川埋蔵金を探してショベルカーで掘り起こす企画をやってたりするんだろうか。
「魔法の勉強をしてたら本に出てきた年表がずれてたんですよね」
いつもの酒場でのんびりと酒と無駄話を楽しむ。以前はジルと二人で飲むのが普通だったが、いつの間にか間にエリカちゃんが挟まり、若い感性の話に雑にいらぬ知識を与えるのが常になってきた。
だからお嬢さんがそんなことを口にした時点でジルが妙な雑学を披露するのは決まっていたし、何も話さなくても知識を押し付けられていた気がする。
「元の世界で一か所だけ誤植を入れると本が売れるって聞いたことあるんですけど、こっちでもそうだったりします?」
「あるねぇ。誤植というか間違いを入れるとその筋の専門家がこぞって買ってくれるんだよ」
お嬢さんの問いかけにジルは頷くと慣れた様子で今日も度数の高いアルコールを嗜んでいる。
こっちでも向こうでも同じことが起こっているなら出版業界にはよくあるのかもしれない。俺はとことんこういった話には疎いのだが、やっぱり彼女は作家だしこういう話には強いよな。
ジルがふむと考え込んだ後、何かを思い付いたようににやりと笑う。
「虚構時間仮設って知ってる?」
なんか言い出した。
飲みかけの酒が気管に入らないようにゆっくりとグラスを下ろし、ジルに視線を向ける。全く聞き覚えがない。一体なんの用語だ。
「ある作家が唱えだした歴史に関する陰謀論だね」
「陰謀論って言いきってるじゃねぇか」
「実際そういわれてるんだから仕方ないさ」
けたけたと笑いながらジルは言う。曰く、歴史が意図的に歪められているんじゃないかという陰謀論の一種らしい。
それが事実かどうかはさておき、こういう話、皆好きだよなぁ。
やっぱり世の中が平和だとそういった非日常を感じられる都市伝説的な物が流行るのだろうか。
「なんでも人類史1000年の節目の年に自分たちを王位に君臨させようと考えた諸国の王たちが共謀し歴史を書き換えた。っていう与太話だよ」
俺はこの世界の歴史に明るいわけじゃないが、王侯貴族の陰謀としてはよくある部類な気がする。
箔を付けたかったのか、対外的なアピールなのかは知らないが、年表をいじった結果それ以前の主導者の即位がおかしくなっている歴史は確かにある。百二十年生きたとされる指導者なんかも記録上にはいるしな。
「対抗勢力への権威主張って論だったかな。それより前の三百年程度が全部偽史らしいよ」
「信じられてないから、陰謀論なんですよね?」
「まぁそうだね。主張している作家は記録や物証を改変、偽造したり、誤伝してその目的を達したと言っているようだけど基本的に歴史学者には受け入れられていない」
そりゃまぁそうだろう。一国だけならともかく、複数の国が同時にそんなことを行えば齟齬も出る。
いくら記録の書き換えや物の捏造をしようとも、記録の連続性まではどうしようもない。本当にその虚構時間仮説とやら言う通りであったとしても、他の国が世界を動かしているはずだ。そういうところでこの陰謀論は否定されているのだろう。
「ただその三百年の間に生み出された発明・建築・芸術が少なすぎるんだよね」
「消失してるって?」
「さぁ? 戦争によって失われたのか、元より生み出されなかったのか。はたまた本当にその三百年間はなかったのか」
訳知り顔で虚構を司る女がグラスを揺らした。
中の氷がグラスとぶつかって涼しげな音を立てる。
「真実は闇の中、ってね」
「いや、その陰謀は否定出来るだろ。天体観測の記録とかで」
「夢の無い男ねぇ」
相変わらず楽しそうに笑ったジルがナッツを一つ噛み砕いた。
戦争や改宗で国が衰退するなんてのは大いにある。確かにそうなってしまえば歴史失ったような状態にもなるだろう。
だがその間も他の国が時間を回し続けるし、時代のあれやこれやを書き記しもするさ。だからそう簡単に人の歴史はなくならない。と、思う。
世界は回っている。その良し悪しはわからないが、今日も世界の動きは観測され続けている。それなりに葛藤してここまで来たんだから、そう簡単に嘘にされてたまるかってんだ。
飲みかけのグラスを揺すれば、ウイスキーの中で泳ぐ氷がくるりと回ってみせた。




